【lifestyle】倫理観
私は建築の設計を生業としている。
昨今の物価高騰、金利上昇、土地価格高騰などにより、建築業界は厳しい状況にある。家を建てたいと考えている人もタイミングを見計らっているのかもしれないが、この価格高騰で二の足を踏む方が少なくない。ゆえに家を建てたいという方をめぐって仕事の取り合い合戦が繰り広げられている。
家を建てる側も、いくつかの会社から提案を受けてから価格を比較しないと決められないというケースは多くなっているように感じる。いわゆる『相見積り』というやつである。
『相見積り』は今に始まったことではないが、クライアントの中には『相見積り』を前提に依頼してくることもあれば、何も言わずに相談を持ち掛けてくることもある。別に明確な決まりがある訳ではないが、他にも話を聞いている会社があるのであればそれは正直に伝えて欲しい。それはそれで構わないことだし『相見積り』は法的に禁止されているものでもないのだから。
むしろ、あたかも『相見積り』はしていないような素振りをしておきながら、実は裏でいくつもの会社と同時併行で話を進めているケースの方がどの会社になったにせよ後味が悪いことになりやすい。
このような事が起こってしまうのには業界全体の構造にも原因がないとも言えない。基本的に日本のハウスメーカーは提案をしてもらうまでは無料としているところがほとんどである。しかも建築の価格についても無料で見積りをするところがほとんどだ。ゆえに色々な会社から気軽に提案を依頼する構造が出来上がってしまっているのも仕事の依頼を受ける側の落ち度と言えなくもない。住宅の提案は無料ではあるが、立案や見積りには多くの人が労働時間を割いて行われる。この仕事が取れなければ今までやった仕事は全てパーとなってしまう。この構造は如何なものかと思ってしまうのは私だけだろうか。
最近では、初回の提案時に提案費用をもらう設計事務所や工務店も出てきている。当然と言えば当然の流れではないだろうか。一定の労働をして成果を提出するわけなので費用をもらうのは当然なことである。費用を頂いて提案をするからには、法的な確認、構造的なある程度の裏付けなどを行い、いい加減な提案はできない。
しかし、初期段階で提案費用を要求するのは少しハードルが高いのが現状だ。無料提案が一般化している業界を崩すのはなかなか勇気のいることだ。費用をもらってする以上は、法的な問題や構造など実際に建築可能なのかなどミスがあってはならない。無料であれば資格もなにも持っていない営業マンが気軽に図面を書いて提案しても対価をもらっていない分、ミスがあったとしても、その仕事を失う程度で済むだろう。無料提案の背後には『責任回避』の逃げ道をつくっている側面も否めない。
最近の傾向なのか否かはわからないが、『相見積り』をする際に平気で他社で提案された図面を見せてくるクライアントが増えているように感じる。
無料で提案されたものであったにしろ、図面の著作権は提案した会社にあると考えるのが当然であろう。どのような意図でその図面を見せて来たのかは分からないが、もし逆の立場で私の書いた図面が他所の会社に無断で持ち込まれているのは気持ちの良いものではない。たとえ私の書いた図面が気に入っているがこれを他社で見積をしたらいくらになるか知りたいという内容であったとしても、そこに元々の設計者の意図を汲み取るほどの図面内容までは出来上がっていない。価格的に安かったとしても実際に出来上がるものは私が考えたものとは違ったものが出来上がるだろう。
他社の図面を持参するクライアントに対しては、私は正直に言って倫理観を疑ってしまうので事情次第だが、仕事は受けないようにしている。同じように私の書いた図面が他社に出回る可能性もあるからだ。
私はすることはないが、逆に平気で他社で提案を受けている図面を見せて欲しいと依頼する営業マンも少なくないのが現状だ。こういった営業マンも倫理観を欠くケースが多いので注意が必要だと私は思う。
また、見積りの際に元請けのハウスメーカーや工務店から下請け業者に図面が渡されることになる。この時に個人の情報が下請け業者によって他社に流れてしまうこともあるようだ。下請け業者から聞いた他社の会社が、その個人を特定して営業をかけてくるケースもある。下請け業者は数十社にも及ぶためその特定がしにくいこともあって、裏で情報が流れていても特定するのが難しいのがこの問題を根深くしている。
以前noteで『タダより高いものはない』という記事を書いたことがある。
無料の商品にも『0円の商品』と『責任を伴わない商品』という二足の草鞋があるようにも思う。無料というのは取っつきやすいが注意も必要なのだ。
今の建築業界の一般化した慣習の中では、建設会社にも仕事を依頼する側にも倫理観が求められる。
この倫理観は『明文化されていないルール』である。
あまりにも倫理観が逸脱されていくと慣習として成り立たなくなる時がくるだろう。
建築業界は古い慣習の塊と言っても過言ではない。そう簡単に個人が返られる世界戦ではない。大きなトラブルにならないうちに法整備などをしなくてはならないのかもしれないが、そのくらいの倫理観は個人として持ち併せていて欲しいというのが私としての意見である。
ではまた。
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