りくりゅう騒動で知った「パラソーシャル関係」
フィギュアスケートペア「りくりゅう」
(三浦璃来・木原龍一)が婚約を発表
五輪金メダル後に引退した
2人のめでたい報告に当初は祝福が多かったが
翌日以降SNSで「嘘つき」「騙された」
「交際を隠していた」との批判が急増
一部投稿は2000万回超の表示を集め話題に
これまで関係性を曖昧にしていたことへの
不満が主な理由
一方で「私生活の公表義務はない」
「詮索が気持ち悪い」との擁護も根強い
めでたいニュースが一部で
手のひら返しのバッシングに繋がった騒動
金メダリスト同士のおめでたい話で
最初はネットも祝福一色だったらしい
それが一変して「嘘つき」「騙された」
そんな言葉が並んでたようです
「10歳差キモい」とか
結構めちゃくちゃな批判も飛んでた
なんで批判されてるのか全然わからん
僕の感想はこれに尽きる
フィギュアスケートでのカップルなんて
普通に見てて微笑ましい
なにか悪い事したわけでもない
交際を聞かれても
「ご想像にお任せします」と答えてきただけ
婚約発表を経て同じ対応が急に
「隠してた」と読み替えられるという
なかなかカオス
逆に羨ましい
赤の他人のプライベートな交際に
そこまでエネルギー割いて
「気持ち悪い」まで言葉にできるのは
ある意味すごい熱量だと思う
僕には絶対にできないことだから
これだけ執着できるエネルギーがあるなら
他にも使い道あるだろうにって思ってしまう
そこまで他人の人生に
感情を預けられるの凄いって嫌味無く思う
僕は好きな人や身近な人には深く関わるけど
芸能人やアスリートみたいな
遠い存在に対してはそこまで
所有感を持たないタイプなのかも
パラソーシャル関係
最初は単純に妬みかなと思った
容姿も実績も相性も揃ってる2人に対して
羨ましいが気持ち悪いにすり替わった
そんな風に思ってたけど
これ心理学で説明できるらしくて
初めて知ったんだけど
「パラソーシャル関係」というものらしい
芸能人やアスリート、配信者とか
実際には一方通行の関係なのに
繰り返し見たり話を聞いたりすることで
「この人を知っている」「近い存在だ」
と感じる心理のことなんだそうだ
好きな芸能人やアスリートを見て
「頑張ろうと思える」
「元気をもらえる」
「孤独感が少し薄れる」
これくらいなら健全なんだけど
度を過ぎると
「ずっと応援してきたから知る権利がある」
「自分たちファンを裏切った」
「本人の選択で自分が傷つけられた」
になるとかなり危険な状態
さらにSNSがそこを増幅する
推し活って適度なら楽しいけど
この境界線を越えると急に怖くなる
心理的エネルギーは有限
世の中には他人の人生を
物語として楽しむ人もいる
ドラマを見る感覚に近い人もいれば
推しに感情移入する人もいる
そこ自体は良し悪しじゃないし
本人が楽しければそれでいいんだけど
心理的エネルギーは有限なんだから
もう少し自分のコントロールできること
仕事、身近な人、自分の生活
自分が変えられることに
リソースを割いたほうが良いと思うよ
他人の人生を眺めるより
自分の人生を動かすことにリソース使おう
今回僕はこの話題を見て
「そもそもりくりゅうって誰?」でした
彼らが婚約したことに1ミリも興味ないけど
なぜそれを騙されたと怒る人がいるのか?
そこの人間心理には興味が湧きました
気づけばパラソーシャル関係について
考察してるのは面白流れでした
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