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レベル1の勇者

その国には、勇者がたくさんいた。

剣を振れば岩を割れる勇者。

魔法を使えば、空に虹をかけられる勇者。

走れば誰よりも速く、計算すれば誰よりも早く答えを出せる勇者。

そして――

何をやっても、なかなかレベルが上がらない勇者もいた。

少年の名前は、カイ。

カイは、ずっとレベル1だった。


「また失敗したの?」

町の人たちは言った。

「もう少し頑張らないと」

先生は言った。

「みんなできているよ」

仲間たちは言った。

カイは、頑張っていた。

剣を振った。

何度も振った。

けれど、木の棒すらうまく扱えない。

魔法の練習をした。

何度も呪文を唱えた。

けれど、小さな火すら出せない。

走っても遅かった。

計算しても時間がかかった。

だからカイは、自分には才能がないのだと思っていた。

「僕は、勇者じゃないのかもしれない」

ある日、カイは一人で町を出た。


森の奥に、小さな小屋があった。

そこには、白い髭を生やした老人が住んでいた。

「こんなところで何をしている?」

老人が聞いた。

「勇者になるのをやめに来ました」

カイが答えると、老人は首をかしげた。

「どうして?」

「僕はレベル1だから」

「それで?」

「レベル1じゃ、何もできない」

老人は少し考えた。

そして、

「なるほど」

と言った。

「では、今日は何をした?」

「え?」

「朝から何をしたんだ?」

カイは考えた。

「……起きた」

「それから?」

「朝ごはんを食べた」

「それから?」

「ここまで歩いてきた」

老人はうなずいた。

「では、今日は三つも冒険をしたな」

「……そんなの、冒険じゃないよ」

「誰が決めた?」

カイは答えられなかった。

老人は笑った。

「明日も来い」

「え?」

「小さな冒険を、一つずつやってみるんだ」


それから毎日、老人はカイに小さな冒険を与えた。

靴ひもを自分で結ぶ。

森の小道を一人で歩く。

転んでも立ち上がる。

できないことを「できません」と言う。

わからないことを誰かに聞く。

昨日できなかったことを、もう一度やってみる。

失敗したら、何が難しかったのか考える。

カイは、一つずつ挑戦した。

そして、そのたびに老人は言った。

「経験値、ひとつ」

最初は笑っていたカイも、いつしか本気でその言葉を聞くようになった。

「今日は何の経験値?」

「それは、自分で考えてみろ」

そんなやり取りを繰り返すうちに、

老人はいつしかカイの師匠になっていた。


不思議なことが一つあった。

師匠は、カイに剣を教えるときも、

魔法を教えるときも、

「もっと力を出せ」

とは言わなかった。

代わりに、

「よく見ろ」

と言った。

「相手はどう動いている?」

「自分は何ができる?」

「できないなら、どうすればできる?」

「一人で難しいなら、誰に頼ればいい?」

カイは少しずつ、

「強くなる」ということの意味がわからなくなっていった。

そして同時に、

「強くなる」ということが、少しだけ面白くなっていった。


ある日。

師匠は森の中で、一本の木を指差した。

「この木を切ってみろ」

カイは剣を振った。

ガツン。

剣が跳ね返った。

「もう一度」

ガツン。

「……無理だよ」

カイが言った。

師匠は笑った。

「では、どうする?」

カイは木をじっと見た。

太い幹。

根元。

枝。

そして、地面。

しばらく考えたあと、カイは剣を置いた。

近くに落ちていた小さな石を拾う。

木の根元の土を掘り始めた。

「何をしている?」

「木を倒すなら、切る必要はないんじゃない?」

師匠は笑った。

「正解だ」

その日、カイは初めて、

剣を一度も振らずに木を倒した。



そして、ある日。

町に大きな魔物が現れた。

町の勇者たちは剣を抜いた。

魔法使いたちは呪文を唱えた。

けれど、魔物は強かった。

一人、また一人と倒れていく。

カイも逃げようとした。

怖かった。

自分には何もできない。

そう思った。

そのとき、師匠の言葉を思い出した。

「よく見ろ」

カイは魔物を見た。

大きな身体。

長い腕。

そして――

右足を引きずっている。

「……あ」

カイは気づいた。

魔物は右足をかばっている。

そのせいで、右側への動きが遅れている。

「みんな! 右に回り込んで!」

誰も動かなかった。

「早く! 右足をかばってる! 右からなら、動きを止められる!」

カイは一人で魔物の右側へ走った。

魔物が振り向こうとする。

けれど、右足がうまく動かない。

「今だ!」

仲間たちが一斉に駆け出した。

魔物が大きくよろめいた。

その隙に、勇者たちの攻撃が一斉に入った。

魔物は倒れた。

町に歓声が上がった。


その日の夜。

カイは師匠のもとへ走って帰った。

「師匠!」

老人はいつものように、薪を割っていた。

「なんだ?」

「僕、町を守れた!」

「そうか」

「みんなが僕の言うことを聞いてくれた!」

「そうか」

「僕、強くなったのかな?」

老人は斧を置いた。

そして、カイの頭をぽんと撫でた。

「少しな」

「少し?」

「だが、強くなったというより――」

老人は笑った。

自分が持っているものを、使えるようになったんだ

カイは嬉しそうに笑った。


それからしばらくして。

カイは、師匠の家で一枚の古い絵を見つけた。

そこには、一人の若い勇者が描かれていた。

手には剣。

背後には、燃え上がる魔王城。

そして、その足元には倒れた魔王。

カイは絵を見つめた。

「これ、誰?」

師匠は答えなかった。

「……師匠?」

老人は、少し困ったように笑った。

「昔の話だ」

「すごい勇者だね」

「そうか?」

「うん。魔王を倒したんでしょ?」

「ああ」

「どんなレベルだったんだろう」

老人はしばらく黙っていた。

そして、

「……レベル1だ」

と言った。

カイは笑った。

「またまた」

「本当だ」

「だって、魔王を倒したんだよ?」

老人は窓の外を見た。

遠い町の向こうには、大きな城が見える。

「あの頃はな、みんながレベルを上げることに夢中だった」

老人は静かに話し始めた。

「レベル10になれば強い。
レベル20ならもっと強い。
レベル50なら、誰も敵わない」

「でも、私は違った」

「剣はそこまで強くなかった。
魔法も使えなかった。
走るのも速くなかった」

「だから、ずっとレベル1だった」

カイは目を丸くした。

「じゃあ……」

老人は笑った。

「そうだ」

「この国で誰もが知っている、魔王を倒した伝説の勇者――」

老人は自分の古びた手を見た。

「それが私だ」


カイは言葉を失った。

目の前にいるのは、

森の中で薪を割り、

毎日「よく見ろ」と言ってくる、

ただの優しい老人だと思っていた。

けれど、この老人はかつて、

たった一人で魔王城へ向かい、

魔王を倒した勇者だった。

しかも――

最後まで、レベル1のまま。

「どうして……?」

カイが聞いた。

「どうしてレベル1なのに、魔王を倒せたの?」

老人は少し笑った。

「レベルが低かったからこそ、考えたんだ」

「どうすれば勝てるか」

「どうすれば仲間を守れるか」

「どうすれば自分にできないことを、誰かに助けてもらえるか」

老人はカイを見た。

「私は、レベルを上げることより、冒険をすることを選んだ」


翌朝。

カイはいつものように師匠の前に立った。

「今日の冒険は?」

老人は笑った。

「今日は、自分で決めてみろ」

カイは少し考えた。

そして、町の方を見た。

「じゃあ――」

カイは歩き出した。

昨日より、ほんの少しだけ胸を張って。


この国には、今もたくさんの勇者がいる。

レベル100の勇者もいる。

レベル50の勇者もいる。

そして、

レベル1の勇者もいる。

けれど、

レベル1だから、勇者になれないわけじゃない。

最初の一歩を踏み出したその日から、

もう冒険は始まっている。

強さとは、

レベルの数字では測れない。

誰かより強いことでもない。

できないことが、なくなることでもない。

自分にできることを見つけ、
できないことは誰かに助けてもらい、
昨日よりほんの少しだけ前へ進むこと。

それもまた、

勇者の力なのだ。

そして――

今も森の奥の小さな家では、

かつて魔王を倒した伝説の勇者が、

今日もレベル1のまま、

次の勇者を育てている。


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