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「察してちゃん」って結局なんなんだ - バキ童の失恋動画を観て思ったこと

バキ童チャンネルのぐんぴぃ氏が失恋報告の動画を出していた。

韓国旅行中に「お腹空かない」と言った彼女に「サムギョプサル食ったら体治りますよ!」と言ったことが、きっかけの一つとなったらしい。(後に、彼女はお腹が痛かったことが分かり、胃腸炎と診断された)

これに対し、一部コメントでは

「彼女側がちゃんと体調不良だと言ってれば」
「察してちゃんかよ」

などと彼女側への批判が見られた。

※ちなみに彼女側が「お腹空かないってことは体調不良ってことじゃん」「それくらい察してよ」などと言ったなんてことは動画では一切言われておらず、彼女側が察してちゃんだったと勝手に断定することはできない。

まぁ~~~、恋バナなんて一方の話を聞いただけで原因を断定するのがお門違いだし、失恋に「どちらかが悪い」などと白黒をつける方が無理な話だということは、ある程度人間とのコミュニケーション経験があれば明確である。ので、どっちが悪いとかは論じない

私が気になったのは、「何が察してちゃんなのか」という部分だ。

「お腹空かない」は察してなのか

「お腹空かない」と言われたら、言葉通りに受け取れば「今はご飯を食べたくないのだな」と思う。

夫にも念のため「私が旅行中に食欲がないって言ったらどうする?」と聞いたら「じゃあご飯もうちょっと後でにする?って言うかな」と答えた。

男性である夫も、「お腹が空かない」は「(少なくとも今)ご飯を食べたくない」と認識しているようである。(ちなみに夫も30代中盤まで恋愛経験がなかった)

しかし、ぐんぴぃ氏は「お腹空かない」人に対して「サムギョプサルを食べる」ことを提案した。

彼女側を批判している人は、それを「励ましじゃん」と言っていたが、「お腹空かない」と言ってる人に「食べることを提案する」ことが"励ましだ"と主張する方が、察してちゃんではないか?

もちろん「お腹が空かない」と伝えずに「お腹空いてないの、見て分からなかった?」と言ったならば察してちゃんであろう。

しかし、「食欲がない」という意思表示をしたにもかかわらずそれを棄却されたら、自分の体調の訴えや、意見自体を全否定されたと感じるのは当然だ。

しかも、初めての恋人と、初めての海外、初めての1週間旅行の序盤の出来事である。
少なくとも「励ましてくれてるな♪」とポジティブに捉えられる人はなかなかいないのではないだろうか。

※ぐんぴぃ氏を責めているのではなく、ぐんぴぃ氏の発言を「励まし」とし、彼女の発言を「察して」だと断定することへの批判です

お腹が痛いと伝えるべきだったか

「お腹が痛いことをお腹空かないと伝えるのは察してだろ」

という趣旨のコメントもあったが、そもそも彼女側は「お腹空かないと言ったのは、お腹痛いことを察してほしかった」などとも言っていない(少なくとも動画では断定できない)のでこちらも勝手な憶測である。

結果的にお腹が痛かっただけで、どちらにせよ「お腹が空いていない」ことは伝えているし、それに対する「食べれば治る」が論理的な返答ではないことに変わりはない。

では、「お腹空かない」と言ったときに「お腹が痛い」と伝えるべきだったかといえば、確かに、べきではあった

でも、じゃあ、現実的に考えて言うか?という話になってくる。

腹痛は一過性のものもあれば、今回のように胃腸炎の場合もある。
トイレに行けば治る場合もあるし、おならを出せば治る場合もある。
腹痛といっても「ちょっと痛いかも?」という段階ならわざわざ言わない。
人によっては、すぐ治る腹痛が頻繁にやってくるから、いちいち言わない人もいる。
そもそも「下痢」を想起させる体調不良を、付き合いたての恋人に言えるだろうか。

以上もろもろを加味すれば、「お腹痛い」と言ってお騒がせする前に、いったん様子見ようとする人が(男女問わず)大半なのではないか。

※ちなみにうちの夫も「今日ずっとお腹痛かった」と夜になって言うことがある。これも、だいたいの腹痛はすぐに治るから、痛くなり初めに言わないというだけではないだろうか。

となると、わざわざ「お腹が痛い」とおおごとのように伝えるよりも、「お腹が空かない(だから今食べるのを避けたい)」といったん伝えるのがベストとも言える

これでも「今食べたくないのを『お腹が空かない』と言うなんて察してちゃんだ!」と言われたら、もう何も言えない。

「お腹が痛いと言えなかった」は"察して"か?

ぐんぴぃ氏は「彼女はお腹が痛いと言えなくて、言えないのも別れた原因らしいんだけど」と述べている。

私はむしろ、彼女が「察してちゃん」というよりも、彼女が体調不良を伝えられない関係になってしまったのだと感じた。

コメント欄でも指摘が多かったように、ぐんぴぃ氏は「男友達的」「芸人的」なリアクションがプライベートでも多いようだった。

印象的だったのが、女性への「女が泣いてるぞ♪」という励まし。これも、励ましだと主張するにはあまりにも意地が悪く、"察さなきゃ励ましだと分からない"ものである。

もし体調不良を気のせいかのように茶化されてしまったら、誰にとっても人格否定に近い、侮辱だ。

それを避ける防衛本能のようなもので、「本当はお腹が痛かったけど、言えなかった」のではないだろうか。

それは「察して」に見えるのかもしれないが、察してほしいというよりは、むしろ「察されないように」隠していた方が近い。

だから女はめんどくさい←そうだね

「察してちゃん」を指摘する人に多いのが、言えない状況を作っていないか?ということ。あるいは、言葉を言葉通りに受け取れないせいということもある。

当該動画でぐんぴぃ氏の口から語られる彼女さんは、かなり「良い人」に感じられた。それは、コメント欄でも多くの人が語っている。

これでも「これだから女は」「結局女は察してだから」という人は、うん、無理に女と付き合わなくていいのに、と思う。

だってどうあがいても、「女」をこき下ろしたいんでしょう?
彼女さんどころかぐんぴぃ氏の気持ちなんて考えもせず、ミソジニー信仰の材料にすることしかしてないんだから。

女ってめんどくさいね、察してだよね。
だから近づかない方がお互いのためだよ。

おまけ(普通に動画の感想)

ぐんぴぃ氏の平静を装い方の上手さとピエロのなり方はさすが30代、さすが芸人さんではあるんだけど、でも時折垣間見える失恋の苦悩が見ていてつらかった…。

コメント欄では「恋愛経験の差が出てる」とあったけど、恋愛経験がそれなりにある私でも、夫に気になることを指摘するのはかなり骨が折れた。

お互い大人だからこそ「怒る」のも違うし、価値観や人格を否定するのも絶対に違う。言葉を選ぶのは大前提として、言葉を選べるからこそ、無限の伝え方に悩んでしまう

だから彼女さんの気持ちも、勝手ながら想像できてしまう。

一方で、ぐんぴぃ氏の「ノリで乗り切る」「深刻な空気を笑いに変える」男性的な態度も、30代まで恋愛経験のなかった夫を見ていても分かるし、そこに悪気がないからこそ彼女さんも「指摘の仕方が分からない」「言っても分からないかも」と思ってしまったのかもしれないなぁ。

失恋ソングが一気に分かるようになったというのも、私が初めて失恋したときに思ったことと重なって、ああやっぱりだからこそ私はYouTuberとしてのぐんぴぃ氏が好きだなぁと思った。




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