【読書記録 -170】ハリー・ポッターと謎のプリンス
きっと魔法を使うんでしょ
ハリー・ポッターシリーズも、いよいよ6作目。
『ハリー・ポッターと謎のプリンス』を読み終えた。

ボクは小説についてはネタバレさせない主義なので、今回もストーリーについて詳しく書くつもりはない。だけど一つだけ言えることがある。
「なんだか急激に面白くなったなあ…」
これまで5作を通じて描かれてきた人物や出来事、何気なく登場した設定が、次々と現在の物語につながっていく。
「あれって、そういうことだったのか。」っていう伏線回収が、本作では何度も起きるのだ。
ローリングは制約を増やし続けてきた
以前、ボクは「美意識」という記事を書いた。
ボクは、この記事の中で「人は制約条件に縛られた上で、選択をし続けているが、美意識とは、その人が信じる自然条件と、その人を縛る制約条件の下で、その人が一貫した評価関数で選択を続けているかどうか」だと書いた。
どんな作品でも、第1巻は比較的自由に書ける。
だが、ローリングは巻を重ねるごとに、登場人物を増やし、魔法を増やし、人間関係や歴史を増やしてきた。それと同時に自ら制約条件を増やしてきたのだ。しかも膨大な数の…
ハリーポッターシリーズが一貫した様式美に彩られているのは、きっとローリングがそういった制約条件を増やし続け、そしてその制約条件を守り続けてきたからだろう。
アーティストのジレンマ
ローリングの記憶力はすごい。
あれだけの登場人物を、行動や背景まで含めてすべて把握し、齟齬が起きないように(成長させながら)描いていく。しかも、構想段階から考えれば20年近くにわたってだ。
だけど、もっとすごいと思うのは、自分が過去に書いたものを「制約」として受け入れ、その制約条件の中から新しい接続を紡いでいることだ。
これ、制約を楽しんでないと書けないと思う。
制約条件を楽しめるかどうかは、アーティストとしての優劣を分ける資質のひとつだ(とボクは思っている)。
シリーズものは、長く書けば書くほど難しくなる。
なぜなら、登場人物の性格や人間関係、過去に起きた出来事など。一度書いてしまったものは、後から簡単に変えることができないからだ。こっそり変えようとしても、熱心な読者は目ざとくそれを見つけ出すものだ。
書けば書くほど、自分が過去に書いたものが「制約」になっていく… それが「アーティストのジレンマ」なんだろう。
だが、ローリングはその制約に苦しんでいるようには見えない。むしろ、何作も前に自分で作った設定を引っ張り出してきて、新しい物語を作るための材料として使っている。
だから「制約」自体を楽しんでいないと、これだけの大作は書けないと思うんだ。
本当にあと1巻で終われるの?
本作『謎のプリンス』では、これまでの5作で張られてきた伏線が次々と回収されていく。
だけどその一方で「いやいや、まだこんなに宿題が残ってるんですけど…」という状態で本作は終わる。次作に続く構えであるのは明らかだ。
だけど、ハリー・ポッターシリーズは全7作。
ローリング自身もかなり早い段階で「ハリーポッターシリーズは7作で終わる」と公言していたようだ。
しかしローリングは、これまで6作にわたって散々寄り道してきた作家だ。特に後半はその巻の結末とは全く無関係(に思われるよう)なサイドストーリーにかなりのページを割いてきている。
今、ボクは第7作『死の秘宝』のページを開いたばかりだが、「本当にこの1冊で終われるの?」という若干の不安と期待を感じている。いや、ホントに回収しなければならない伏線(もうここまでくると伏せられてもないのだが…)が山積みなんだぜ。
だけど、きっと何とかしちゃうんだろうなあ。
ローリングのことだから、きっとなんか考えてるんだろう。ここまで読み続けていると、そんな謎の信頼を感じている自分がいるのだ。
さて、ハリー・ポッターシリーズもあと一冊。
そして、ボクの興味は「シリーズがどんなエンディングを迎えるか」よりも「この大量に残された宿題をどう片付けるのか」に傾いているような気がしている。
まあ、きっと最後は、ローリングが魔法を使うんだろうけどな。(笑)
