行かないと見えない景色を、見に行った
久しぶりに地元のマーケットへ出店する朝。
外は、朝からしとしと雨が降っていた。
天気予報を見たら、降水確率100%。
行きたくないなぁ。面倒だなぁ。
そんな気持ちが出てきたあと、身体の奥のほうから、もうひとつの声が聞こえた。
「でも、行かないと見えない景色が見たい」
私はニュージーランドで、お米から作ったグルテンフリーのカレーパンや豚まん、パンなどを、注文販売やマーケットへの出店を通して販売している。
その地元のマーケットには、以前は2年近く出店し続けていた。
でも1年前にいったんお休みして、今回は本当に久しぶりの出店だった。
しかも、以前とは違う場所。
どんなお客さんが来てくれるんだろう。雨の中でも人は来るのかな。久しぶりに、懐かしいお客さんにも会えるかな。
「行かないと見えない景色が見たい」
そう思ったとき、私が想像していた景色は、そんな外側の景色だった。
実際のマーケットは、小さな町の、小さな地元のマーケット。
雨は相変わらず降っている。
当然のように客足は鈍い。
私のブースも、驚くほど売れない。
まあ、人がいないのだから当然なのだけれど。
ところが、そこに立ちながら、ふと気づいた。
私、「売れてないなぁ」って思ってない。
もちろん、実際には売れていない。
でも、ほとんど人がいなくても、ゼロではない。
一組が通り過ぎて、しばらくすると、また一組がふらっとやってくる。
次の人は、どんな反応をするんだろう。
そんなことを思いながら眺めているのが、なんだか楽しかった。
そのうち、ぽつり、ぽつりと商品が売れ始めた。
でも、たくさん売れたわけではない。
それなのに、
もっと売れてほしい。せっかく来たのに。
こんなに作ってきたのに。
そんな私が、ほとんど出てこなかった。
焦ってもいなかった。
なるようになるだろう。
それよりも、久しぶりにここに立っていることがうれしかった。
そして私は、マーケットを眺めるのと同じくらい、そんな自分を眺めていた。
ああ。私は今、この景色をこんなふうに見ているんだ。
そのとき、朝の自分の言葉を思い出した。
「行かないと見えない景色が見たい」
私はてっきり、外にある景色のことを言っているのだと思っていた。
どんな人が来るのか。どんなことが起こるのか。どんなマーケットになるのか。
でも、もしかしたら私が本当に見たかったのは、
その場所に立ったとき、私は何を感じるんだろう。
そっちだったのかもしれない。
目の前の景色だけを見れば、雨が降っていて、人が少なくて、商品もあまり売れていない。
たぶん昔の私だったら、悲しい景色に見えていたと思う。
もっと人が来てほしい。もっと売れてほしい。
外側の景色が変われば、私も楽しくなれるのに。
そんなふうに思っていたかもしれない。
でも、その日の私は同じような景色を見ながら、楽しかった。
雨は晴れていない。
急にお客さんが押し寄せたわけでもない。
ものすごく売れたわけでもない。
外側は、それほど変わっていない。
なのに、見えている景色が違う。
景色って、外側にあるものだと思っていた。
でも、外にあるものを見て、自分の中に何が生まれるのか。
そこまで含めて、私が見ている「景色」なのかもしれない。
そんなことを考えていたら、ふと、ずっと行ってみたいと思っているアンコール・ワットのことを思い出した。
私はいつか、あの巨大な寺院を自分の目で見てみたい。
ただ見るだけなら、写真も動画もいくらでもある。
むしろ細部まで見るなら、画面のほうがよく見えることだってあるのかもしれない。
それでも、私は行ってみたい。
カンボジアまで行って、その場所に立ってみたい。
暑さや匂いや、そこに流れている空気。
目の前に本物があるという感覚。
画面越しではわからないものに身体ごと触れたとき、
私は何を感じるんだろう。
感動するのかもしれない。圧倒されるのかもしれない。もしかしたら、自分でも思っていなかったことを感じるのかもしれない。
それを、私は見てみたいのだと思う。
そして、いつか乗ってみたいファーストクラスも、考えてみれば同じだった。
実際にその席に座ったら、私は何を感じるんだろう。
特別なサービスを受けて、食事をして、長い時間をその空間で過ごしたら。
「うわぁ、すごい」と感動するのか。意外と「こんなもんなんや」と思うのか。一度知ってしまったら、もう戻りたくないと思うのか。
それは、乗ってみないとわからない。
アンコール・ワットとファーストクラス。
全然違うものなのに、私の中ではなぜか同じところにつながった。
私はきっと、まだ知らない景色を見たいだけじゃない。
その景色の中に立ったときに現れる、まだ知らない自分も見てみたいのだ。
私の目の前では、相変わらず雨がしとしと降っていた。
人影もまばらな、小さな町の、小さなマーケット。
しばらくすると、また誰かがふらっと私のブースの前にやってきた。
そしてまたひとつ、商品を手に取ってくれた。
朝、私が見たいと思った「行かないと見えない景色」は、
ちゃんとそこにあった。
