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選択式小説『まだ、名前で呼べない』第7話

第7話 初めての図書館で


 社会人になったのをきっかけに、ハルは一人暮らしを始めた。自分の性格を考えて、会社に近い駅近のアパートを借りている。
 家とアパートは隣の市なので近いのだが、家の方針なので仕方ない。
 今日は土曜日。
 ハルは朝から荷物をまとめた後、ノートPCで図書館への道のりを調べていた。
 はじめて行く図書館前まで、迷わず行けるように何度も画面上の地図を確認する。電車で一駅分。降りたら南口から出て、バスに乗って移動。そして、歩いて五分くらい。おそらく実際に歩けばもう少し時間がかかるだろう。
 メモ帳を取り出して、簡単な地図を描いた。

「さて、行こうっと」

 本を借りてもいいように、頑丈なトートバッグを折りたたんで入れたのを再確認したあと、玄関に向かった。

 ***

 この市の図書館は初めてで、どんな場所なのか楽しみで仕方ない。
 できればもっと早く来たかったが、研修期間は覚えることがいっぱいで、広報グループに配属されてからは慣れるまでは余裕がなかった。
 広報グループは居心地が良く、意外と早く慣れたと思える。
 それでも、いつもは乗らないバスに乗り、知らない場所に行くのはドキドキした。
 そして、今、目の前に図書館がある。
 ハルの目がキラキラと輝いていた。
 図書館自体は、古い建物で壁にひび割れがあるくらい年代を感じさせた。館内に入ると、規則正しく配列された本棚にぎっしり詰まった本。
 利用者は少なく、各々、本を探したり椅子に座って読書をしている人たちがいる。

 ハルは先に図書館利用カードの作成を行い、それから館内の地図を見て、見たい本がどこに置かれているかを確認する。
 そういえば――と、デザイン関係の本があるところに先に行き、良さそうな本を探した。
 デザイン関係の本は手元に置きたいので基本的に購入するけれど、何を購入するかを先に決めておこうと思ったのだ。

(わぁ、この本の装丁、すごくいいな。中は……)

 表紙を開いて中身を見た。

 一冊目から見入ってしまった。
 ハルはとりあえず――とスマートフォンを取り出して、表紙を撮影する。
 それを何冊か繰り返しながら、その中でも今すぐ読みたいと思った本だけを借りることにした。
 そのあとは、児童文学のコーナーに移り、絵本を見る。絵本は温かい絵柄で描かれているものが好きで、図書館に行った時には必ず絵本を手に取っていた。
 いくつか絵本を見た後、次は小説のコーナーに行った。昼休みに読む本を借りたかった。とはいえ、梅雨入りで公園に行く機会は減っていたけれど。

 小説は縁だとハルは思っている。
 数が多い分、気になって手に取ったところでその作品と縁ができる。さらに読みやすい文章なら、そこから作家読みが始まる。人気があるかないかという先入観はなく、興味を惹いたかどうかだった。
 そうして、いくつか手に取って、数ページ読んで、面白そうだと思ったのをいくつか選ぶ。推理ものに偏ってしまうのは、引き込まれる感覚が強いからなのかもしれない。
 そうこうしていると、いつの間にか八冊選んでいた。上限までまだ少しあったけれど、持って帰るのを考えて、ここで終りにしようと決めた。
 デザイン関係の本は、大きいしカラーのためいい紙を使用している分、小説より重くなる。
 本を抱えてカウンターに行き、借りた後バッグに入れていると後ろから声をかけられた。

「松下さん?」
「……はい?」

 呼ばれて振り向くと、そこにはラフな格好をした蓮の姿があった。

「あ、小宮さんっ。お疲れ様です」

 仕事の時のように思いきり頭を下げてしまった。

「あの、松下さん、ここは職場ではないので」
「あ、そうでした。では、……こんにちは?」

 すでに十一時過ぎ、おはようございますではないだろう。
 そう挨拶すると、蓮は苦笑した顔で。

「そうですね。こんにちは。松下さんも本を借りに?」
「はい。いろいろと」

 そう言って、本を入れたバッグを少しだけ持ち上げた。

「……重そうですね。たくさん借りたようで」
「ちょっとデザイン関係の本を借りたので。小宮さんは……意外に少ないですね」

 蓮の手元を見ると、新書サイズの二冊の本だけだった。

「見る分しか借りないので」
「……」

 ハルもきちんと読む気はあったけれど、蓮の計画性を考えたら、少し恥ずかしくなった。

「それじゃあ、私はこれで」

 プライベートで会社の人に会うのは初めてで、何を話していいのかわからず、ハルは早々に切り上げることにした。
 蓮も「それでは」と言い、話を続ける気はなかったようなので、そそくさと出入口に向かう。
 けれど。
「松下さん」と、また呼び止められてしまう。
 なんなの――と思いつつ、振り向くと。

「もしかして、車で来たんですか?」
「え?」
「駐車場へ行く裏口です」
「……あ」

 やってしまった。
 アパートから図書館までの道のりはしっかり調べたけれど、図書館内は把握していなかった。
 少し気まずい状態で「間違えました」と、ターンしようとする。

「松下さん、その……送りましょうか?」
「え?」
「その、本が重そうなので」
「でも」

 仕事で蓮が面倒見がいいのは知っていたけれど、プライベートまで面倒見がいいとは。
 けれど、蓮の顔を見ると、思わず言ってしまった――というような感じで、口元を押さえていた。

「あの……」
「すみません、急でしたね。でも、バスに乗って移動だと本が思ったより重いかと思いまして」
「……そう、ですね」
「でも、いきなりでした」
「いえ。その……お願いしても、いいでしょうか?」

 図々しいかな、と思いつつも、ハルは蓮にお願いした。
 行き方は把握したけれど、帰り道は順序が逆になる。急に不安になった。

「構いません。言い出したのは、自分ですから」
「ありがとうございます」

 それから、蓮に促されてハルは本を後ろの座席において、助手席に座った。
 蓮も同じように借りた本を後ろの座席において、運転席につく。
 ハルからアパートの住所を聞き、ナビを設定した後、車は緩やかに動き出した。

 所要時間はおよそ二十分。
 最初はぎこちなかったものの、借りた本の話になると互いに饒舌になった。

「ミステリー好きなんですか?」
「はい。ドキドキして次へ次へと行くような感覚がいいんですよね」
「それはわかります。他のジャンルより物語の没入感が違います」
「でも、犯人を予想するんですけど、いつも違うんですよね。なんていうか……最後に、騙されたって感じで」
「叙述トリックはそんなものでしょう」
「叙述トリック?」
「作者が読者に対してミスリードを仕掛けるトリックのことです。作者が意図して別の人物を犯人のように思わせるんです」
「ああ、だから騙されるんですね!」

 話に花が咲いたころ、ナビが『目的地に到着しました』と案内が出た。

「ここですか?」
「はい」

 アパートは駐車場付きで、ハルは契約していないがいくつか空きがある。
 ハルが頷くと、蓮は空いている場所に車を停めた。

「ありがとうございました」
「いえ。本の話、楽しかったです」
「私も! そうだ、お礼にコーヒーでもどうですか? ちょうどお姉ちゃんから美味しいドリップ式のコーヒーをもらったんです」
「え? 松下さん?」

 ハルは最初のぎこちなさが取れて、完全にプライベートモードになっている。
 屈託ない笑顔で言われて、蓮は固まった。


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次回の選択:ハルに「コーヒーどうですか?」と誘われた蓮。どうする⁉

A:一人暮らしの女性の家に上がるわけには…と断る。
B:ハルの笑顔に負けてコーヒーをもらう。

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