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小説『まだ、名前で呼べない-カメラ外-』①

この話は『まだ、名前で呼べない』の本編で語られないところを書いています。

第1話 突発的飲み会


 定時を過ぎてしばらくして、ハルが帰った後の話。

「小宮さん、今日はもう上がります?」

 そう声をかけたのは、吉川だった。
 蓮は持っていたファイルを置いて。

「いえ、これから打ち合わせが一件入っています」
「そうですか。急遽飲み会になったんですが」
「……松下さんは?」

 蓮の声がわずかに低くなった。
 このメンバーなら、ハルを除外するようなことはしないだろうが、それでも心配になる。
 あの無邪気な笑みを浮かべる彼女が、仲間外れにされたことに気づいて悲しそうな顔をするのは良くないだろう。

「ハルちゃん、ご飯誘ったんだけど予定があるって。だから、私が吉川君たちに声をかけて、急遽飲み会になったの」

 菫が横から口を挟んだ。
 けれど、その内容に蓮は安堵する。自分が管理する広報グループの中で、特定の人間だけを除外するような空気は好ましくない。

「そうですか」
「小宮君はどう?」
「先ほどの通り、これから打ち合わせです」
「じゃあ、欠席?」
「はい。すみませんが」
「わかったわ。お仕事頑張ってね」

 菫はそう言うと、手をひらひらとさせた。
 蓮と菫は同年代のため、菫だけは蓮にも気軽な口調を使っていた。

「それじゃ、お先に」
「楽しんできてください」

 そう言ってパソコンを持って立ち去った蓮を見て、前田が「また駄目かぁ」とぼやく。
 吉川が「それなら前田が代わりに行ってください」とすかさず言う。
 菫がくすっと笑う。

「ふふっ。今年の新人はいろいろ引っかき回してくれそうね」

「ハルちゃんですか?」と沙織が尋ねる。

「そう。なんだか広報グループに入ってから空気が変わった気がしない?」
「確かに、明るくなりましたね」
「前田君と吉川君も硬くはないけど、小宮君が真面目すぎるし。ちょうどいい風が入ったのかも」

 菫の言い分に、吉川が「仕事ですから」と言う。
 その言葉は、よく蓮が使う言葉だ。
 それにしても。

「風ですか」
「そうよ。……それに」

 菫が意味ありげに笑う。

「今日のお昼、小宮君、楽しそうだったもの」
「へぇ?」

 前田が反応する。
 遅れてきたのは珍しいが、楽しそうだったか――そこまで前田には分らなかった。

「そうでした?」
「ええ。本の話なんでしょう? あんな顔するのねって思ったわ」
「蓮さん、あれで楽しそうだったんですか?」
「前田君、あの人の表情の基準は低いのよ」
「なるほど」
「小宮君、ちょっと人間らしくなってくれるといいんだけど」

 真面目過ぎるのよ――と、菫はぼやいた。
 その言葉に、残りの三人は素直に頷いた。

「ま、それは置いといて、お腹もすいたから移動しましょ」

 ***

 火曜日にもかかわらず、店内はにぎやかだった。
 とはいえ、満席ではない。四人は一つのテーブルを囲んで、その上に乗った皿にそれぞれ手を付けていた。
 店員が新しい料理を持ってきて、近くにいた吉川が受け取ったのだが、一瞬で手が止まる。

「……チーズが入っています。誰ですか、またチーズが入ったのを頼んだのは」

 手に取った料理は、『はんぺん納豆フライ』。はんぺんに納豆とチーズを入れて、揚げてある料理だ。
 この料理を頼んだのは菫だった。

「私が食べたくて。何か言いたいことがあるのかしら?」
「……大塚さん、このにおいの暴力のようなのは、やめてくださいと前回も言いましたけど」
「だって好きなんだもの、はんぺん納豆フライ。吉川君も好きなの頼みなさいよ」

 はい――と、メニュー用タブレットを渡される。
 吉川はため息をついて、タブレットを受け取った。
 スクロールしてはタップして、またスクロールしてと繰り返し、注文し終えてタブレットを置いた。

「何頼んだの?」
「タコの唐揚げと、もつ煮込みを一つずつ」
「もつ煮込み? また分けにくそうなものじゃないですか」
「チーズはいらないので、俺が一人で食べます」
「ちょ、横暴。私だってもつ煮込み好きなのよ」

 吉川の頼んだものに対して、前田と沙織が反論する。
 が、吉川はしれっと「頼むならどうぞ」とタブレットを見せた。
 さすがにかなりの料理を頼んでいたので、前田と沙織は少しばつが悪そうな顔をしながら、タブレットを取ることはなかった。

 

「で、なんで急に飲み会なんです?」

 前田が唐揚げを箸でつまみながら、訊ねた。

「今日、小宮君がいつもと違っていたでしょ?」
「ああ、昼休憩後に遅れて戻ってきたんですよね」
「そ。ハルちゃんと」
「松下ちゃんと?」

 確かに意外だ――と前田は思うが、その前に。

「前田さん、ハルちゃんのこと、『松下ちゃん』なんて呼んでるの?」

 訊ねたのは沙織だった。
 前田は「あー……」と言いながら。

「なんか、松下ちゃんって、妹っぽいからかなあ。『松下さん』より『松下ちゃん』の方がしっくりくるって言うか」

 ここにもハルの影響が――と、菫と沙織は二人で顔を見合わせた。
 でも、前田の言うことは一厘ある。どうもハルは危なっかしくて、しっかりした姉という感じではない。甘えん坊ではないが、どちらかというと末っ子気質だろうか。

「……まあ、確かに」
「でしょ。本人にはさすがに言えないけど」
「私たちはハルちゃんって呼んでるけどね」

 と、沙織が言う。
 前田かすかさず「同性と異性じゃ、言いやすさってのがあるんです」と、少しむくれた顔で言う。
 前田こそ、末っ子気質の弟ではないか――と、誰もが思ったが、そこにツッコむような野暮な人間はいなかった。

「話を戻して。ハルちゃん、お弁当を作って来てるから、公園でどうかなって勧めたのよね。で、今日は公園に行った。そしたら戻ってくるのが遅れて、しかも小宮さん付き。ビックリしたわ」
「それは驚きますね」

 沙織の説明に、いつの間にか届いていたもつ煮込みを、抱えるようにして食べている吉川が頷いた。

「小宮さん、俺から見てもなんでも卒なくこなす感じで、たった一歳違うだけでこんなに差があるのかって、落ち込んだんですよね。広報グループのリーダーになった時」
「ああ、そうね。私は同期として知っていたけど、涼し気な顔してなんでもやってしまうのよ」
「へぇ」
「そんな感じしますね」

 前田と沙織がうんうんと頭を縦に振る。
 そんな小宮が今日、ハルと喋っていて、昼休憩から二十分ほど遅れて来たのだ。
 四人にしたら、それは驚きものだった。

「だからね、ちょっと気になって。ハルちゃんが小宮君を振り回してくれたら面白いなって」
「ハルちゃん、それでなくてもそそっかしいから、いろいろやらかしてくれそうだけどね」
「松下さんならあり得そうです」
「蓮さんを振り回す松下ちゃん……見てみたいなぁ」

 それぞれが二人の様子を思い浮かべ、笑いがあふれる。
 なかなかに、いい人材が入ってきたものだ――というのが、四人の一致した意見だった。


本編を最大26話と決めているので、本編で語られない、言ってしまうと「カメラが回っていないところ」をスポット的に書いていく予定です。
ただ、ネタバレなども含んでくるので、数話できたらメンバーシップで始めたいと思っています。

一例
📷 牛丼屋に入ってみたいハル
📚 大学の学食で元カレと食事
🎨 幼いハルの落書き
🍺 男性陣の飲み会
🛒 姉と二人で買い物
🍳 姉と一緒に料理
etc

#小説
#まだ、名前で呼べない-カメラ外-

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