不採用を願っていたら、なぜか採用された
私はずっと在宅で仕事をしてきた。
個人事業主といえば聞こえはいいが、実態はフリーターに毛が生えたようなものである。複数社から仕事を請け負い、自宅で働く。毎年きちんと確定申告もしているので、書類上だけ見れば「女性事業家」っぽく見えなくもない。なんかちょっと格好いい。知らんけど。
在宅勤務にこだわってきたのには理由がある。
少なくとも子どもが3歳になるまでは保育園などに入れず自分の手で育てたかったし、その後も、子どもがある程度大きくなるまでは、家にいて「お帰り!」と言ってあげられる生活がよかった。
そして、いよいよ末っ子が高校2年になった。
私の自由時間が一気に増えた。
そこで、今の仕事を続けながら、外でも少し働いてみようかなと思うようになった。外で働くの、楽しそう♪
私は、動けるうちは、そして必要としてもらえるうちは、生涯働いていたい派なのである。
そんなある日、仕事内容、勤務条件、通いやすさ、どれを取っても実に都合のいい求人を見つけた。さっそく応募。書類選考を通過し、トントン拍子で面接日時まで決まった。
案内には「面接時間30分程度」と書いてあった。私は結構そこで働きたかったので、なんとAIに面接練習まで付き合ってもらった。わりと本気だった。
そして面接当日。
そこは小規模な事業所で、入口には「マスク必須」と書いてあった。
もちろんマスクをして中へ入る。
面接室へ案内されると、机の上に紙とペンが置いてあった。
「もうすぐ参りますので、こちらに記入してお待ちください」
見ると、
子どもの有無。
子どもがいる場合は人数。
1年以内に医療機関を受診したか。
病院名。
疾患名。
症状。
そんなことを書く欄が並んでいた。
「まあ、健康状態とか気になるんだろうな」その時の私は深く考えず、普通に正直に書いた。しばらくして、経営側のお二人が入ってきた。
挨拶をして席につく。
すると、「マスク、取ってもらった方がいいな。顔が見えた方がいいから」と言われた。そして3人ともマスクを外した。
入口の「マスク必須」は何だったんだ。いいんかい。
そこからである。
私が「子どもあり」と書いた紙を見た女性が、
「えっーーーー! 子どもいるの!?」とかなり驚いた。
そして、「一緒に住んでるの?」と聞かれた。
……逆に、一緒に住んでいない前提はどこから来たのだろう。
さらに記入した既往歴について質問され、私が趣味で体を痛めた話をすると、そこから話はどんどん広がっていった。
履歴書の資格欄にも食いついた。
「えっ、こんな資格まで持ってるの? なんで?」
「興味を持っただけで取るの?」
「子どもいるのによくこんなに取れたね!」
そしてとうとう、
「逆に何かできないこととかあるんですか!?」
とまで聞かれた。
いやいやいや。完全に何かを勘違いしている。
資格というものにものすごく強い効果を感じるタイプなのだろうか。
資格なんて、試験に受かっただけである。
そこから先も質問は続いた。
高校でもPTAがあるのか。
今の地域にはいつから住んでいるのか。
なぜそこへ引っ越したのか。
その前はどこに住んでいたのか。
家を建てたのか。
なぜその時期に家を建てたのか。
夫はどう言っているのか。
猫はいるのか。
何猫なのか。
何匹いるのか。
もう、面接なのか雑談なのか、人生聞き取り調査なのか分からない。
とにかく怒濤の質問である。
途中で勤務できる曜日と時間について確認された。
これは非常にまともな質問だった。
むしろ、その質問が出てきた瞬間、
「そうそう! 面接ってこういうやつ!」
と心の中でちょっと安心したくらいである。
ようやく面接が終了した。外へ出て時計を見る。30分の予定だった面接は、約1時間になっていた。疲れた。とにかく疲れた。
面接の終盤に、
「準備として、うちのホームページを見ておいてもらえれば」
とも言われた。ホームページなら、面接前にとっくに隅々まで見ている。
そこで帰宅後、今度はGoogleの口コミを見てみることにした。
総合評価はかなり高かった。スタッフについては好意的な口コミが多い。
一方で、経営側との距離感や対応について、かなり辛辣な感想もいくつかあった。
それを読んで私は思った。ああ。今日のあれ、私だけじゃなかったのか。
妙に納得してしまった。
そんなこともすっかり忘れかけていたある日。Amazonプライムで何気なくドラマを見ていた。すると就職面接の場面で、
「採用面接で家族のことを聞くのは適切ではない」
という趣旨の話が出てきた。
えっ?
私、めちゃくちゃ聞かれたんだけど。
気になって調べてみると、厚生労働省は、公正な採用選考では応募者本人の適性や能力を基準とすべきとしており、家族や家庭環境など、本人の適性・能力と関係のない事項を応募書類に記載させたり、面接で尋ねたりすることは、就職差別につながるおそれがあるとしている。
既往歴についても、仕事をするうえで本当に必要なのか、合理的な理由があるのかを慎重に考える必要があるという。
……私、結構いろいろ聞かれてたんだな。
そう思ったら、面接直後には「変わった人だったなあ」で済ませていたものが、だんだん嫌になってきた。
特に私が引っかかったのは、質問そのもの以上に距離感だった。
面接だから何を聞いてもいい。相手が答えているから聞いてもいい。
そんな空気を感じたのである。
そしてもう一つ。入口には「マスク必須」と掲示してあるのに、面接では「顔が見えた方がいい」とマスクを外すよう言われたこと。
口コミにはスタッフの外見について触れているものまであった。
まさか顔チェックだったのか?
……いや、それは私の勝手な想像である。
でも、そう考えるとちょっと面白い。
そんなこんなで、面接前にはかなり働きたいと思っていたのに、今ではすっかり気持ちが変わった。私は今、不採用通知が届くことをひそかに願っている。理由は簡単。こちらから辞退メールを書く手間が省けるからである。
お願いだ。今回はご縁がありませんでした、と言ってくれ。
私はもう十分、労力を使った。
これを書いているまさにその頃。
「お前なんか要らない! 今回は不採用!」
……と言われるよりは、涙が出るほどありがたいことなのだが、なんと採用の連絡が来た。
しかも電話で。
私はてっきり、採否はメールで届くものだと思い込んでいた。
さらに勝手に「もっと若い人を採るだろうし、私はたぶん不採用」と予想していたので、完全に不意を突かれた。焦った。ものすごく焦った。そして、あたふたしているうちに、その場では辞退できないまま話が進んでしまった。
電話を切ったあと、「なんで私を採るんだよーーーーー!」
と、一人で騒いだ。
もちろん、採用してもらえたこと自体はありがたい。
だが私はその少し前まで、
「どうか不採用にしてください。そうすれば辞退メールを書かなくて済む」などと願っていたのである。人生、思った方向にはなかなか進まない。
その日のうちに、研修日程を知らせる丁寧なメールまで届いた。
すると今度は、猛烈に罪悪感が出てきた。ここまで準備してくれているのに、今さら断っていいのだろうか。いっそ、このまま働いた方がいいのではないか。でも面接で感じた、あの妙に近い距離感。もし働き始めても同じ調子だったら、私はずっと疲れるのではないか。頭の中で両方がぐるぐる回った。
そもそも、相手ではなく私の方に問題があるのではないか、とも考えた。私が人との距離を取りすぎるだけなのかもしれない。それなら、改めるべきは私の方である。家族にも相談した。AIにも相談した。それでも答えが出ない。
辞退メールだけは書いた。だが、送信ボタンが押せない。画面には完成したメール。私はその前で延々と悩んでいた。申し訳ないという気持ちと、
「働き始めたら、私生活についてもこの距離感で質問され続けるのではないか」という不安が混ざっていた。
もしそうなれば、そのたびに角を立てないよう、差し障りのないところで話をそらす必要がある。
本来の仕事とは別に、毎回そんな高度な会話術まで要求されたら、私はかなり疲れるだろう。
そこで、もう一度研修案内のメールを読み返した。そして最後に記された、担当者の署名が目に入った。役職名のあとに、下の名前らしき呼び名だけが添えられた、とてもカジュアルな署名だった。
もちろん、それ自体が悪いわけではない。むしろ親しみやすくて、そういう雰囲気を好む人もたくさんいるだろう。
でも私は、それを見て妙に納得した。ああ。やっぱり、ここは私とは距離感が違うのだ。良い職場か悪い職場かという話ではない。たぶん、相性なのだ。
そこでようやく覚悟が決まった。
私は送信ボタンを押した。
辞退のメールを送った。
すると、不思議なくらい気持ちが軽くなった。
さっきまであれほど申し訳なくて迷っていたのに、送ったあとは、急に目の前が明るくなったような気がした。
「ああ、これでよかったんだ」そう思えた。
仕事を探すとき、仕事内容や勤務時間や給料ばかりを見ていた。でも、人との距離感も勤務条件の一つなのだと思う。
近い方が心地いい人もいる。
少し離れている方が心地いい人もいる。
どちらが正しいわけでもない。
私はたぶん、仕事は仕事として、ある程度の距離がある方が楽なのだ。
今回、一つだけよく分かった。
求人票には書いていない条件もある。
そして、それは実際に会ってみないと分からない。
面接というのは、会社が応募者を選ぶ場だと思っていた。
でもどうやら、応募者が会社を見る場でもあるらしい。
今さら知った。
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