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高校で読むはじめての『源氏物語』17朝顔

           《第17回 朝顔》

1、源氏、朝顔姫君と和歌贈答

 今日は「朝顔」巻です。藤壺亡き後の光源氏の恋が語られます。源氏にとっての魂の双子の藤壺が亡くなったのですから、普通に考えて、源氏の愛はもう一人の魂の双子、紫の上に向かうはずですよね。前回の講義でも、源氏は紫の上を永遠に喪う前に、紫の上を取り戻すことができるのでしょうか?と私は言いました。
 ところが、作者紫式部には、光源氏の紫の上への「いろごのみ」の恋をハッピーエンドで終わらせる気などまったくないんですね。ハッピーエンドにするのだったら、「明石」巻で死と再生を果たして源氏が帰京した際に、源氏と紫の上が遠く離れていながらお互い同時に描き合っていた絵日記を見せればよかったわけですね。藤壺を喪った今この瞬間から源氏は全身全霊で紫の上を愛すべきだと私は言いましたが、当の源氏は紫の上の空っぽの魂と向き合うどころか、藤壺を喪った自らの魂の空白を埋めるかのように、朝顔姫君への恋に走ってしまうのです。
 故桐壺院の弟の桃園宮が亡くなります。この桃園宮の娘が朝顔姫君です。 源氏とはいとこ同士になります。「帚木」巻では、源氏が姫君に朝顔の歌を送った、つまり、二人は恋仲だという噂が、空蟬の女房たちの間で流れていると、語られていました。実質上の初恋である空蟬との恋以前に、源氏は朝顔姫君に強く惹かれていたわけなんです。
 朝顔姫君は天皇の孫にあたる身分であることから、冷泉帝即位の御代替わりで、賀茂神社の斎院に選ばれています。六条御息所の娘が伊勢神宮の斎宮になったところでお話ししましたが、斎院は都の守り神、賀茂神社の神に仕えます。ところが、お父さんが亡くなり、喪に服さなければならないので、朝顔姫君は斎院をやめて実家に帰っています。源氏は叔父さんに当たる桃園宮邸に弔問に訪れます。源氏は女房を介して和歌を詠みかけ、長年の思いを朝顔姫君に訴えますが、朝顔は返歌をしますが、その内容はまったくつれないものでした。二条院へ帰った翌朝の源氏の様子が次のように語られます。

 心やましくて立ち出でたまひぬるは、まして寝覚がちにおぼし続けらる。疾く御格子参らせたまひて、朝霧をながめたまふ。枯れたる花どものなかに、朝顔のこれかれにはひまつはれて、あるかなきかに咲きて、にほひもことにかはれるを、折らせたまひてたてまつれたまふ。(3-195)

 朝顔姫君に完全に無視された源氏は、気持ちの収まらないまま帰宅して、夜寝られないんですね。夜が明ける前から早く部屋の格子、蔀(しとみ)とも呼ばれる上げ下げする雨戸みたいなものです、それを上げさせて、朝霧のかかった中庭を眺めると、枯れた花々の中に朝顔が咲いています。朝顔は蔓が何かにまつわりついて、「あるかなきか」という状態で咲いています。「あるかなきか」というのは、咲いているんだけれども、今にも枯れそうという状態で、儚いんです。当時は、最も生命の短い虫が「蜻蛉」で、最も生命の短い植物が「朝顔」だと、考えられていました。この儚い朝顔の花を折って手紙につけて、源氏は朝顔姫君のところに送るんですね。
 ここで「朝顔」の花をめぐって、源氏と朝顔姫君の間で和歌の贈答が行われるのですが、和歌を詠む前に、当時の和歌の中で「朝顔」という言葉の持つ意味を確認しておきましょう。この時代、和歌の中で朝顔はたくさん詠まれているのですが、イメージは 二つしかありません。一つは「あるかなきか」という、儚く無常の様のイメージです。朝咲いたら夕方前に散ってしまう、そういう無常の象徴として朝顔は和歌に詠まれます。もう一つは朝の顔ですから、逢瀬の後の女性の寝起きの顔というイメージで、結構エロティックな意味なんです。私はあなたの寝起きの顔を見たよ、私たちはもう深い仲だね、そういう意味なんです。
 「朝顔」という言葉が喚び起こす二つのイメージを頭において、まず源氏の和歌から細かく読んでいきましょう。

 見しをりの つゆ忘られぬ 朝顔の 花の盛りは 過ぎやしぬらむ(3-195)

「見しをりの」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形ですね。ですから、あなたの顔を見たという意味で、この授業では何回も言っていますが、「見る」というのは顔を見るのですから、すでに逢瀬があったという意味なんです。「つゆ忘られぬ」の「つゆ」は、朝顔の露と、「つゆ~ず」で「まったく~ない」という強い否定を表す呼応の副詞が掛詞になっています。源氏は「朝顔」という言葉を、逢瀬の後の女の寝起きの顔というイメージで用いています。
 歌の意味は、「一度逢瀬を交わしたあなたの朝の顔がまったく忘れられない。あの時はとっても美しかった顔だけれど、今では手紙につけた朝顔と同じように、あなたの顔も美しさの盛りを過ぎて、ずいぶん衰えたのではありませんか」となります。結構失礼な歌を源氏は送っているのです。言いたいことは、私たちは一度関係を持ちましたねということなんです。
 一方の朝顔姫君の返歌は、つぎのようなものです。

  秋果てて 霧の籬(まがき)に むすぼほれ あるかなきかに うつる朝顔(3-196)

 「秋も終わって、霧の立ち込める垣根に張り付いて、咲いているのか枯れているのかわからないように色褪せた朝顔が私です」ぐらいの意味です。ここで「あるかなきか」という語句が使われている点が、極めて重要です。朝顔姫君は「朝顔」という言葉を、儚い無常のイメージで用いています。
 源氏は手紙につけた朝顔にかこつけて、あなたの朝の顔を見たよと、逢瀬を匂わせて歌っているのだけれども、あくまでも朝顔姫君は、「私はあなたとなんか関係を持っていない、『あるかなきかに』無常を感じている朝顔なの。この世は無常なんだから、あなたとの恋愛なんてまったく考えていません」と、完全に源氏を拒絶してるわけなんですよ。しかも、その根拠として、源氏が自邸の庭で見て朝顔の本質である「あるかなきか」と感じたことなど知る由もないのに、わざわざ「あるかなきか」を歌に詠み込むことによって、源氏の匂わす逢瀬を完全否定しているのです。これは、前回の「薄雲」巻の源氏の藤壺哀悼の和歌のところでも説明しましたが、お互いに知るはずもない「紅葉賀」、「花宴」の言葉たちを構造的に連関させ合いながら物語を組み立てていたのとまったく同じ手法で、どうもこういうやり方が紫式部が物語を構築する癖であるように感じます。いずれにしても、朝顔姫君の返歌は見事な切り返しです。
 ところで、源氏の和歌で、「見しをりの」と「あなたの朝の顔を以前直接見た」と歌っていることを根拠にして、大方の研究者は、源氏と朝顔は「帚木」巻のところで一度愛し合ってる、逢瀬があったと考えています。皆さんはどう思いますか?
 源氏と藤壺の密通を描いた「若紫」巻の「宮も、あさましかりしをおぼしいづるだに」(1-212)で、過去の「し」があるから、この逢瀬以前にも二人の逢瀬があって、ここの逢瀬は二度目の逢瀬だったという話が強烈な印象として残っている人も多いと思います。それを踏まえて、ここも過去の直接体験を表す「し」があるから、源氏と朝顔姫君の間には逢瀬があったと考える人が多いのではないでしょうか?でも、「若紫」の方は地の文なんです。語り手が客観的な事実として、源氏と藤壺の逢瀬は二回目だと語っているのです。
 それに対して、「朝顔」の方は、あくまでも源氏が和歌の中で、主観的に逢瀬があったと一方的に言い放っているにすぎません。源氏の歌だけでは、二人の間に逢瀬があったのかなかったのかは断定できないのです。高校生が一人で「俺の彼女だ」と言い張っているのと大差はありません。一方の当事者である朝顔姫君の歌は、逢瀬をまったく認めてはいません。
 和歌の中での「朝顔」のイメージは二つあると言いました。この場面とまったく同じように、男と女が「朝顔」の歌を二つのイメージで詠み合う場面が「宇治十帖」の「宿木」巻に出て来ます。「宿木」では、おそらく触れないと思いますので、少し話させてください。
 「宇治十帖」の主人公薫は、八の宮の長女大君を熱烈に愛します。亡き父の遺言を守って、宗教心で薫と共感している大君は、薫には妹の中の君と結ばれてほしいと考えます。その思いを知った薫は、親友の匂宮に中の君を譲り、二人を結ばせます。しかし、高貴な匂宮はめったに宇治へは来れません。妹の結婚は失敗だったと大君は絶望し、薫の求婚を拒否したまま、病死します。大君を喪った薫は、中の君を匂宮に譲ったことを後悔し、匂宮の子を懐妊した中の君に迫ってしまいます。危うく自制した薫でしたが、その翌朝、中庭で霧の中に咲く朝顔を見つけ、それを自分で直接中の君に手渡して、和歌を詠みます。「朝顔」巻の源氏とまったく同じ物語的構造です。
 
  よそへてぞ 見るべかりける しら露の 契りかおきし 朝顔の花(7-171)

 「あなたを大君だと思って結ばれるはずなのだなぁ、あなたとの逢瀬を大君は約束してくれていたではなかったか」ぐらいの意味です。薫の「朝顔」は、明らかに逢瀬のイメージです。しかし、中の君と結ばれたいというのはあくまでも薫の欲望に過ぎず、二人に逢瀬などありえません。
 一方の中の君の返歌は、次のような歌です。

  消えぬまに 枯れぬる花の はかなさに おくるる露は なほぞまされる(同上)

 「露の消えない間に消えてしまった姉大君の儚さよりも、消え遅れて後に残された私の方がずっと儚い存在です」ぐらいの意味です。中の君の「朝顔」は亡くなった大君を象徴していて、「あるかなきか」の「はかなさ」のイメージなのです。逢瀬を完全に否定しています。
 つまり、「朝顔」巻だけでは断定できませんが、この「宿木」の場面と構造的に連関していると考えるならば、男と女が「朝顔」の歌を詠み合って、男が逢瀬を臭わせたとしても、それが必ずしも二人の間に逢瀬があったことの証明にはならないということなのです。
 皆さんは「帚木」巻で、北村季吟の『湖月抄』の話をしたのを覚えているでしょうか?「帚木」と「夢浮橋」に共通する「ある物かとみればなく、なき物かとすればある」点こそが 『源氏物語』を読む上で一番重要なポイントだと北村季吟は言っていました。その時、これから『源氏物語』を読むうえで、「ある物かとみればなく、なき物かとすればある」帚木のような存在に、常に気を配りながら読んでゆくとよいと私は述べたのですが、朝顔姫君の言う「あるかなきか」の朝顔もまったく帚木と同じ性質のものだと思います。
 光源氏は誰からも愛される「いろごのみ」のヒーローだと言われます。しかし、実質上の初恋の相手である「帚木=空蟬」には「あるにもあらず消ゆる帚木」と拒絶され、「帚木=空蟬」と出会う前にその恋が噂されていた朝顔姫君には、「あるかなきかにうつる朝顔」と拒絶されるのです。二人の女性が源氏を拒絶する、共通する思いは、ともに対句的な表現である「あるにもあらず」=「あるかなきかに」という存在の根源的不安と結びついた「ある物かとみればなく、なき物かとすればある」無常観にあるという点が、『源氏物語』の主題とも関わる極めて重要な点だと思われます。

2、紫の上、源氏と朝顔姫君の噂を耳にする

 朝顔姫君自身が完全に源氏を拒絶しているのにもかかわらず、源氏と朝顔姫君がよりを戻しそうだという噂が都中に広まるんですね。その噂が紫の上の耳にも伝わります。紫の上は心の内で、「源氏が朝顔姫君と付き合ったら、私のことをもうすっかりお見限りだっていうようには扱わないにしても、自分は幼いころ、みなしごみたいに連れて来られたから、源氏から朝顔姫君と比べたら、妻としては軽く見られてるのではないか」と考え続け、さまざまに心が乱れていると語られます。
 通説では、この場面こそが、紫の上が真の女主人公へと大きく変貌するターニングポイントだと解釈されています。紫の上は朝顔姫君の存在によってそのアイデンティティを大きく揺さぶられ、これまでの何の苦悩もなく、光源氏の意のままに操られる生きた人形とでもいうべき理想的な女主人公から脱却し、普通の夫婦と変わらない現実感覚で源氏とつながる、物語の現実世界を生きる真の女主人公へと自立するのだというのです。
 確かに、朝顔姫君の存在は紫の上を大いに不安にさせたでしょう。しかし、これまでにも詳しく述べて来ましたように、紫の上の悩みの中心は、あくまでも源氏を信頼できない、源氏と魂がつながり合えないという点にあったのです。源氏の須磨流離は、紫の上にとっても死に直面する事態でした。その死から再生する唯一の可能性が、源氏と魂の底からつながり合える絵日記だったのです。ところが、明石の君との結婚、明石の姫君の誕生という源氏の裏切りによって、須磨の絵日記は不発に終わってしまいました。その時点から、ずっと紫の上の心は粉々に砕けてしまっているのです。朝顔姫君に関する思いも明石の君への思いの延長線上に過ぎません。中心はあくまでも源氏との魂の断絶にあるのです。
 そのことをはっきり示しているのが、紫の上が源氏と朝顔姫君との噂を聞いて思い悩む場面に直接続く、次の箇所です。

 ……さまざまに思ひ乱れたまふに、よろしきことこそ、うち怨じなど憎からず聞こえたまへ、まめやかにつらしとおぼせば、色にも出だしたまはず。
(3-198)

 紫の上はほどほどの身分の女性との恋愛沙汰では源氏に恨み言を言うけれども、朝顔姫君とのことは本心からひどいと思うので、顔色にも出さないと語られます。表情に出さないということは、魂の一番奥底にしまい込んで、言葉に出さないで、沈黙するということです。紫の上が魂の奥底に押し隠したものが、「つらし」という思いだったと語られている点が重要です。
 キーワードの「憂し」、「つらし」の「つらし」ですね。高貴な女性はつらい時には宿世でつらいという意味の「憂し」を使うのが一般的で、言葉にならない魂の底からの感情の爆発を示す「つらし」はまず用いません。実は、紫の上に「つらし」が使われたのは、これが二回目で、『源氏物語』全体の中でも二回だけです。一回目は「葵」巻の「新枕」の直後で、初めて源氏と逢瀬を交わした時に、紫の上は「つらし」と思っていて、今回が二度目なんです。
 つまり、「葵」巻の「新枕」の場面と「朝顔」のこの場面は、物語の構造として連関しているわけです。紫の上は初めて源氏と逢瀬を交わした時以来、源氏との関係を「つらし」と思っていました。そんな二人の関係が劇的に好転したのは、先ほど述べました通り、源氏の須磨流離という死にも等しい危機においてでした。二人は和歌を詠み合い、魂と魂、面影と面影がつながり合っていると実感し合います。
 ところが、明石の君との結婚という源氏の裏切りによって、二人の愛の象徴であった絵日記は不発に終わります。それ以来、ずっと魂の奥底にしまい込んで、我慢し続けていた「つらし」が、今ここで爆発しているのです。
 思い出してください。高貴な女性の魂の底から「つらし」という言葉が漏れ出るのは、「桐壺」巻で桐壺更衣の母が大事な娘の横死に接して正気を失ったとき、「夕顔」巻で六条御息所が生霊と化した時、それと以前「葵」巻で六条御息所の生霊の話をしたときについ口を滑らせて、「若菜下」で六条御息所の死霊が出て来て、「いとつらし、つらし」と魂の底からの感情を爆発させると言ってしまいましたが、いずれにしても、非常に限定的だということなんです。しかも、どの例も女性が「物の怪」化している状態で出てくる言葉なんです。魂そのものがぼんやりと漂う状態を意味する「物の怪」となることによって、高貴な女性が普段は魂の奥底に押し隠していた感情が爆発して、抑えきれずに自然と言葉となって溢れ出てきたのが「つらし」なのです。予告ですが、この「朝顔」巻の中に、もう一人「つらし」という言葉を発する人物が出て来ます。期待していてください。
 「つらし」を二度も使っている紫の上は、すでに物の怪と化しつつあると言ってもよいような状態なのです。すでに心が粉々に砕け散って、空っぽになっていた紫の上の魂を覆いつつあった暗黒の虚空が、今度こそ紫の上の魂全体を完全に覆い尽くしてしまったのです。紫の上の魂には、もはや一点の光も射し込むことはないのです。
 ですから、この場面について通説の言う、「生きた人形という理想的な女主人公」から「物語の現実世界を生きる真の女主人公」への変貌という解釈はまったくの真逆だと思います。この場面は、紫の上の真の女主人公への自立のスタートなのではなく、真の女主人公として生きることの終焉なのです。新枕で「雛遊び=おとぎ話」の世界を脱却し「物語の現実世界を生きる真の女主人公」として苦悩し始め、源氏の須磨流離を、遠く離れながらも「面影=魂」を共有し合いながら共に乗り越えた紫の上が、この場面では、心が粉々に砕けて空っぽになっていた魂の一番奥底に潜んでいた最後の思い「つらし」が爆発して限界を超えてしまい、この後の残りの物語空間では「暗黒の虚空に覆われた空っぽの死せる魂」として生かされるしかない、そういう大きな転換点としてこの場面はあるのだと思います。極めて、極めて重要な場面だったのです。
 その直後に、源氏はまたしても朝顔姫君邸を訪れます。暇乞いに来た源氏に、紫の上は視線を送ることもしません。源氏が出かけた後、紫の上は、「うらなくて過ぐしけるよ」(3-199)と思い続けます。紫の上が「うらなし」という形容詞を用いる場面は、これまでにも何度か出て来ました。「明石」巻で、手紙で明石の君との新枕を告げられた際に、源氏への返歌として「うらなくも思ひけるかな契りしを松より波は越えじものぞと」(2-293)と詠みましたし、「松風」巻では、源氏から明石の姫君の養育を打診されて、「うらなくやは」(3-144)とつぶやきました。いずれも紫の上に対する読者の抱くイメージ、純真無垢で素直な「うらなし」を紫の上自身が否定する文脈で使われています。
 では、ここが三度目かというと、そうではなく、実は四度目なのです。一度目は「明石」よりも前です。何と先ほど出てきた初めて紫の上が「つらし」と魂の底からの感情を爆発させた「葵」巻の新枕の場面でも、紫の上に「うらなし」という言葉が使われているのです。
 源氏との新枕の直後に、紫の上は「かかる御心おはすらむとは、かけてもおぼし寄らざりしかば、などてかう心憂かりける御心を、うらなくたのもしきものに思ひきこえけむ」(源氏にこんなことをなさるお心があろうとは、紫の上はぜんぜん思いつきもなさらなかったので、どうしてこんなにも不快な源氏のお心を、私は何の疑いもなく無心に頼りになるお方と思いさしあげたのだろう)(2-116)と、源氏の行動を意外なことで驚きあきれたことだと思います。これまでの「うらなく」源氏を信じ切っていた自らの「雛遊び=おとぎ話」の世界が完全に崩壊したわけです。この直後に、魂の底からの感情が爆発して、「つらし」という思いが湧き出てくるのです。
 『源氏物語』の中で、紫の上について二回しか用いられない「つらし」が共に「うらなし」とセットで登場する、明らかに「葵」巻の新枕の場面と「朝顔」巻のこの場面は、物語の構造として連関し合っているのです。紫の上の本質である純真無垢な「うらなし」が裏切られた時、紫の上の魂は「つらし」と叫び声をあげるのです。しかし、源氏も読者も紫の上のあげる魂の底からの叫びには無頓着であり続けるのです。
 新枕の時点ですでに、紫の上の源氏への思いはマイナスの極限に振れていました。それが源氏の須磨流離という死と直面する事態になり、紫の上の源氏への思いはプラスへと回復します。そして、遠く離れ合った二人が、お互いに知ることもなく同時にシンクロニシティ(同時性)として絵日記を描き合うことによって、二人は魂と魂でつながり合い、紫の上の源氏への思いはプラスの極限へと振り切れていたのです。その最中に源氏は明石の君と新枕を結んでしまいます。明石の姫君の誕生、明石の君母娘の大堰への移住、明石の姫君の養女としての受け入れ、そして今回の朝顔姫君との件を通して、紫の上の源氏への思いは、また新枕のスタートラインのマイナスの極限に戻ってしまいました。「葵」と「朝顔」の二つの場面は、「つらし」と「うらなし」という言葉を構造的に連関させて、以上のようなことを明示しているのです。
 それだけではないのです。須磨流離から帰った源氏が末摘花、帚木=空蟬との再会を果たした「蓬生」、「関屋」の巻を思い出してください。「蓬生」巻で末摘花は源氏の須磨流離で困窮し、ほとんど死に呑み込まれた状態で「つらし」と嘆き、「関屋」巻で空蟬は夫常陸介の死後義理の息子から懸想され「つらし」と思い、出家してしまいました。私は末摘花と空蟬の二人をそれぞれ「もう一人の紫の上」と呼んだ上で、「末摘花のように死に呑み込まれそうになり、未だに再生を果たせないままの紫の上は、空蟬のように無意識の出家状態です。紫の上の死と再生は完成されるのか、それとも、紫の上は空蟬のように出家してしまうのか」と問いかけをしておきました。その答えが「蓬生」、「関屋」巻と物語の構造として連関し合う「朝顔」巻のこの場面なのです。未だ再生を果たせない紫の上は、空っぽの魂を暗黒の虚空に覆われてしまって無意識の出家状態を続けているのです。

3、源氏、朝顔姫君と再び和歌贈答

 先ほど源氏は朝顔姫君に和歌を送りましたが、完全に拒否でしたよね。それで、もう一回源氏は朝顔姫君に和歌を送ります。

 「つれなさを 昔に懲りぬ 心こそ 人のつらきに 添へてつらけれ

 心づからの」とのたまひすさぶるを、「げに、かたはらいたし」と、人々、例の、聞こゆ。

 「あらためて 何かは見えむ 人のうへに かかりと聞きし 心がはりを

 昔にかはることはならはずなむ」と聞こえたまへり。(3-204~205)

 まず源氏の和歌です。「昔に変わらぬ冷たいあなたの仕打ちに、いまだに懲りない私の心が、あなたことをつらいと思われるのに加えて、我ながらつらく思われます」ぐらいの意味ですけれども、ここに「つらし」が二回出て来て、下二句が対句になっていますね。これは「若紫」巻の源氏と藤壺の二度目の密通のところでも触れたことですが、高貴な女性が「つらし」という感情をダイレクトに口に出すことを抑制するのとは対照的に、男はその甘えから「つらし」を普通に口にします。
 ですから、この歌で源氏は朝顔から完全に無視された魂の底からのうっぷんを甘えて爆発させているだけなんです。つまり、源氏が「つらし」を繰り返せば繰り返すほど、かえって源氏は紫の上の魂の底からの悲痛な叫びである「つらし」を全く理解していないという事実を露呈してしまっているのです。紫の上の「つらし」に対する源氏の鈍感さを引き立たせるかのように、紫式部はわざと紫の上の「つらし」の直後に、源氏に「人のつらきに添へてつらけれ」を歌わせて、二つの場面を構造的に連関させているわけなのです。ここも絶妙です。
 源氏の歌に対する朝顔の返歌が、これまたすごいんです。「人のこととしては心変わりということもあると耳にしましたが、私はあなたとは昔から付き合おうとは思っていなかったし、今だってその決心を変えようとは思わない」ぐらいの意味で、もう源氏を完全拒絶なんですね。ただ一人朝顔姫君は『源氏物語』の中で一貫して源氏を拒み続けています。ですから、源氏は一度も彼女と逢瀬は交わしてないと思います。朝顔姫君は儚い「あるかなきか」の無常の女をずっと貫き通しているわけなんです。

4、雪降る夜、源氏、紫の上に女性を語る

 光源氏は朝顔姫君の冷たい態度が癪にさわります。でも、このままこの恋が終わってしまうのは残念だけれども、一方では、政権を担うほどの地位に就いた自分が色恋沙汰に走っていると世間で噂されるのは「人笑へ(=身の破滅)」(3-207)だろうと躊躇もされる、そんな板挟みの心理状態が原因で、源氏は紫の上のもとをしばらく訪ねませんでした。久しぶりに源氏が訪れた際の紫の上の心の内が次のように語られます。

 二条の院に夜離(よが)れ重ねたまふを、女君は、たはぶれにくくのみおぼす。忍びたまへど、いかがうちこぼるるをりもなからむ。「あやしく例ならぬ御けしきこそ、心得がたけれ」とて、御髪をかきやりつつ、いとほしとおぼしたるさまも、絵に描かまほしき御あはひなり。(3-207)

 「夕顔」で六条御息所が生霊となって夕顔を取り殺す原因となった「夜離れ」です。源氏の夜の訪問が途絶えるのを、紫の上は「たはぶれにくし」と思っています。「薄雲」で紫の上が明石の姫君に乳房を含ませるシーンに出てきた「たはぶる」とつながる「たはぶれにくし」です。紫の上は源氏の「夜離れ」を冗談にもならない常軌を逸した行為だと思っているというのです。紫の上は我慢しているけれども、「どうして涙がこぼれる時がなかろうか、いやあるに違いない」と語り手は想像しています。源氏との隔絶で魂に暗黒の虚空が拡がっている紫の上ですが、源氏との夫婦の絆はまだ求めているということなのでしょうか?
 しかし、紫の上は涙をこぼしているのではないかと想像している語り手の言葉に直接続いて、「妙にいつもとは違う様子は、納得できませんね」という「夜離れ」がちだったはずの源氏の発言がいきなり飛び出し、紫の上の髪を撫でてやりながら、愛おしいと思っていると語られ、最後は「絵に描いてみたいほど理想的な夫婦の御関係である」と語り手はまとめるわけです。これでは紫の上は「雛遊び=おとぎ話」の世界に逆戻りです。
 そもそもこの一連の語り方は、相変わらず「いろごのみ」の恋に邁進する光源氏、それに嫉妬しながらも涙を流す純真可憐な紫の上、そんな二人は理想的な夫婦なのだと、語り手がいかにも強引に印象操作をしているという感じがしませんか?
 そもそも語り手が想像しているように、魂が空っぽになっている紫の上が涙を流すのでしょうか、それが私の最大の疑問です。皆さんは「葵」巻で源氏の正妻葵の上が肉体を六条御息所の生霊に占領されて、涙を流すシーンを覚えていますか?あの場面でも、語り手は源氏と葵の上の今生の別れのシーンだという強引な印象操作を行っていました。葵の上の流す涙も、葵の上本人が流す涙なのか、六条御息所の生霊の流す涙なのか未分化の状態でした。そうであるなら、紫の上はほんとうに源氏の夜離れがつらくて泣いているのでしょうか?この点については、この直後に出てくる、紫の上の和歌を通して改めて考えましょう。
 この後源氏は紫の上の髪をなでながら、追い打ちをかけるように、「長く夫婦を続けてきた今となってはいくらなんでも、心変わりをすることはないから安心してください」と言って、紫の上を慰めます。理想の夫像が強調されています。
 外には雪がしんしんと降っています。『源氏物語』で雪が降る場面は、どれもが重要な場面ばかりです。「末摘花」で源氏が末摘花の象のように長い赤鼻を見たのも雪の朝でしたね。今回もとんでもないことが起こるのです。
 源氏は紫の上を慰める話の流れで、藤壺、朝顔姫君、朧月夜、明石の君、花散里について語るんですね。源氏は自分の女性遍歴を自慢して話すわけではけっしてなく、今、雪が降っているんですね。そういえば藤壺は、雪が降った時に、仕えている女の子たちに雪山を作らせなさったというような話をして、あの藤壺くらい文化的な人はいなかったみたいな流れから、藤壺ほど素晴らしい女性は私の生涯の中でいなかったと源氏が絶賛して、その流れで朝顔姫君はこうだったとか、六条御息所はこうだった。それに比べて朧月夜はこうだみたいな形でつながっていて、別に自分の恋愛遍歴を自慢しているわけではないんです。
 ところで、光源氏が自分の女性遍歴を語るのは、全物語の中で二回だけですが、その二回ではとんでもないことがどちらでも起こります。源氏が自分の女性遍歴を紫の上に語る二回目はどこか、頭の片隅に記憶しておいてください。源氏の話を聞いていた紫の上の魂の底から、ふと言葉が和歌になって漏れ出ます。

  氷閉ぢ 石間の水は ゆきなやみ 空澄む月の かげぞながるる(3-212)

 目の前の庭の情景を客観的に詠んだという説もありますが、氷で閉ざされ、流れることができない石の間の水は、身動きが取れない紫の上を象徴しているでしょう。一方の空で澄んでいる月影の「かげ」は光の方ですから、これは光源氏を象徴していると思われます。「あなたはさまざまな女性の間を好き勝手に渡り歩くことができるけれども、私は二条院という石の宮殿に囲われて、じっとしているだけだわ」。先ほどの「絵に描いてみたいほど理想的な夫婦の御関係である」という語り手のイメージを粉々に打ち壊す、「いろごのみ」の恋における光源氏と紫の上の関係を象徴的に示す歌だと思います。こんな絶望的な歌がありますか? もう紫の上の絶望が氷となって凝縮し、暗黒の虚空に覆われた空っぽの死せる魂そのものから漏れ出たような和歌だと思います。
 ここで、先ほど源氏の「夜離れ」を嘆いていた紫の上の心情について、考えてみましょう。これほどまでに源氏に絶望している紫の上が、それでもなお源氏との逢瀬=夫婦関係は求めて涙を流している、そんなことがあり得るのでしょうか?これまでにも見てきたように、恋の物語である『源氏物語』には、逢瀬の場面がたくさん出て来ます。そして、「女性の、女性による、女性のための物語」として『源氏物語』を書き続けている作者紫式部は、逢瀬を描くこと通して女性における「身体と魂の二元論的対立」ということを一貫して問題にしているのだと思われます。
 紫式部のように、女房となって高貴な女性に仕えるくらいしか、女性が自立して生きる道が限られていた平安時代において、女性の幸せは、出会った男に愛されるかどうかにすべてが掛かっていました。『源氏物語』の桐壺更衣、現実の中宮定子のように、帝に愛されるかどうかが后の人生のみならず、その一族の命運をも左右するのです。天皇の孫でさえ同様です。みなしご同然の紫の上、零落しきった末摘花は、源氏に発見されなかったならば、おそらく悲惨な人生になっていたでしょう。女性の内面を描くことにおいて、『源氏物語』に最大の影響を与えた『蜻蛉日記』全編を貫いているのは、夫藤原兼家から顧みられない第二夫人藤原道綱母の悲しみです。つまり、この時代の女性にとっては、夫との逢瀬が途絶える「夜離れ」、夫が自宅を素通りして別の女性の家へ向かう「前渡り」こそが最大の屈辱であり、魂をぺしゃんこに押し潰す行為なのです。逆に言えば、夫との身体的なつながりを確かめ合う逢瀬が、この当時の女性にいかに大切であったかを物語っていると言えましょう。
 「いろごのみ」の恋で限りなく死と隣接する恋人たちにとっては、逢瀬こそが一回性の今として生を感じられる瞬間なのだと、これまでにも繰り返し述べて来ました。光源氏の「いろごのみ」の恋で最大のものは、魂の双子である藤壺との恋です。しかし、源氏は生涯三度しか藤壺と逢瀬を交わしていません。そうであるからこそ、藤壺は「花宴」巻で紅葉賀で源氏が舞う青海波に逢瀬を重ねて「失われた〈一回性の今〉を求めて」和歌を詠むのだし、藤壺を失った源氏は、「薄雲」巻で「入り日さす」と藤壺追悼の和歌を詠むことによって、藤壺との逢瀬という一回性の今が「見出された時」になるのです。源氏と藤壺の魂と魂は深くつながり合っているのです。
 それとは真逆で、源氏にとってのもう一人の魂の双子である紫の上は、夫婦であるので日常的に逢瀬を重ねています。しかし、今二人の魂は深くつながり合っているのでしょうか?
 皮肉なことに、源氏の魂と紫の上の魂が一番つながり合った瞬間は、源氏の須磨流離でお互いの身体が物理的に遠く隔たり合っていた時であったのです。死に呑み込まれそうな命がけの「いろごのみ」の恋の中で、源氏と紫の上は今は失われてしまった〈一回性の今〉としての逢瀬の復活を求めて、魂の底からお互いを思い合っていたのです。ところが、めでたく源氏が明石から帰京し、日常的に逢瀬を重ねるようになると、逆に紫の上の魂は源氏からどんどん乖離してゆくという二律背反的な状況が進行しているのです。
 なぜでしょう?「明石」巻の源氏が帰京して紫の上と再会した際に、源氏が絵日記のことなどおくびにも出さないで明石の君を思い出している場面を説明した時に、「この瞬間こそが光源氏の紫の上に対する『いろごのみ』の恋の生死を分けた最大の分岐点、フォッサマグナなのだ」と述べました。つまり、帰京した源氏と再会した時点で、紫の上の魂は完全に空っぽになっていたのであり、源氏の「いろごのみ」の恋も終わっていたのです。ですから、紫の上にとっての逢瀬は、もはや一回性の今ではありえないのです。
 その後、朝顔姫君との噂を耳にした紫の上は、魂の奥底の感情「つらし」を爆発させ、「暗黒の虚空に覆われた空っぽの死せる魂」と化してしまいました。紫の上の逢瀬とは、たった三度でも生涯お互いの魂がつながり合う藤壺の逢瀬とは真逆で、魂不在の「空っぽの身体」での夫とつながりにすぎないことを露呈しているのです。
 そんな中で、朝顔姫君は源氏と一度も逢瀬を交わすこともなく、「あるかなきかにうつる朝顔」と無常を梃子に源氏を完全に拒絶し続けます。まだまだ『源氏物語』は続きますから、一番幸せな女性は誰なんだろうと考え続けてほしいのですが、平安時代を生きる女性にとっては一番不幸であるはずの生き方にもかかわらず、かえって朝顔姫君が一番幸せのように見えますね。源氏と関わらなかったために、彼女は平穏でいられるんですね。紫の上と比べると、天と地の差があります。そういう恋愛もあるということを、一つ紫式部は描きたかったのではないでしょうか。
 これから先の『源氏物語』では、「宇治十帖」まで逢瀬が描かれ、「身体と魂の二元論的対立」が一貫して問題になりますので、ぜひ覚えておいてください。
 物語に戻ります。そんな和歌を独り言のように呟いて庭を眺める紫の上の顔を見て、源氏は「恋ひきこゆる人の面影にふとおぼえて」と、何と先ほどの話題に出した藤壺を思い出します。その時夫婦仲の良い象徴の鴛鴦(をし)が鳴きます。源氏が紫の上に返歌します。

  かきつめて 昔恋しき 雪もよに あはれを添ふる 鴛鴦の浮寝か(同上)

 「あれもこれも昔のことが恋しく思われる雪の降る中に、魂の底からの共感を募らせる鴛鴦の浮寝であることよ」ぐらいの意味で、「鴛鴦の浮寝」は紫の上との夫婦仲を指しています。それが魂の底から「あはれ」だと源氏は言うわけですが、源氏の思いは紫の上に向かってはいません。「昔恋しき」という藤壺への思いがこの歌の中心です。ですから、紫の上と源氏の和歌は贈答歌としての形はとっていても、お互いが全く別方向を向いてしまっています。その証拠に、二人の和歌には一つの言葉すら共通する言葉はありません。源氏と紫の上の魂の断絶を象徴する贈答歌になっているのです。
 源氏は藤壺のことを思いながら寝てしまいます。すると、とんでもないことが起こるのです。

 入りたまひても、宮の御ことを思ひつつ大殿籠もれるに、夢ともなくほのかに見たてまつるを、いみじく恨みたまへる御けしきにて、「漏らさじとのたまひしかど、憂き名の隠れなかりければ、はづかしう、苦しき目を見るにつけても、つらくなむ」とのたまふ。御いらへ聞こゆとおぼすに、襲はるるここちして、女君の、「こは、などかくは」とのたまふに、おどろきて、いみじくくちをしく、胸のおきどころなく騒げば、おさへて、涙も流れ出でにけり。(3-212~213)

 藤壺の死霊が出て来ます。そして、「二人の秘密は誰にも漏らさないようにしようとあなたはおっしゃったのに、私の辛い名前がもう隠しておけなくなったのが、恥ずかしい、こんな苦しき目を見るにつけても魂の底からつらい」と源氏に語ります。なぜ藤壺は死霊となって出てきたのか?それは先ほどの紫の上との会話を藤壺の死霊が聞いていたということなんです。
 源氏は紫の上に、「藤壺様は最高の女性だった。こんなに素晴らしい女性を私は見たことがない」と言っただけで、関係を持ったなんて一言も言っていないのです。それなのに、話で名前を出しただけで藤壺は化けて出てくるわけです。宇宙でたった二人っきりの魂の双子とは、こういうものなのです。二人きりの秘密は、二人以外の誰一人にだって知られてはいけないのです。なぜなら、生きていようが死んでいようが、魂と魂がつながり合った間柄だからです。命がけの「いろごのみ」の恋とは、そういうものなんです。それを源氏はまるでわかっていないと、藤壺の逆鱗に触れたのです。
 ところで、ここで藤壺は「憂き(名)」と共に「つらし」という高貴な女性が絶対に用いない言葉を口にしています。藤壺に関して「つらし」が用いられるのは、ここの一回だけです。逆鱗に触れられた藤壺は、魂の底からの生の感情が爆発しています。なぜでしょうか?先ほどの紫の上の「つらし」のところで予告したように、藤壺が物の怪と化しているからなんです。
 つまり、「朝顔」巻の藤壺の「つらし」と紫の上の「つらし」は物語の構造上、連動しているのです。紫式部は、紫の上が朝顔姫君との噂を聞いて漏らした「つらし」と藤壺の死霊の「つらし」を連動させて、光源氏の「いろごのみ」の恋の実質を明るみに出そうとしているのです。
 「あはれ」が魂の底からの言葉にならないプラスの感情を示す記号であるのに対して、「つらし」は魂の底からの言葉にならないマイナスの感情を示す記号で、どちらも「もの=魂」と密接に関わり、魂の奥底から湧き上がってくる感情と結びついた言葉です。生きている紫の上も物の怪と化した藤壺も、源氏に対して「あはれ」ではなく「つらし」と魂の底から思っているということは、もはや源氏には、「いろごのみ」で相手の魂を領有する力は残っていないということを示しているのです。
 「朝顔」という巻は、源氏が十代のころから恋焦がれていた朝顔姫君には完全に拒絶され、魂の双子であった藤壺と紫の上のふたりには「つらし」で「あはれ」の魂の共感を否定されてしまう、そういう光源氏の「いろごのみ」の恋の終焉を描いているのです。
 手に入れたと思った瞬間に儚く消えてしまい、後にはただ空っぽの抜け殻だけが残った帚木=空蟬との恋、結ばれたと思った直後に儚く死んでしまった夕顔との恋、須磨流離の死と再生と結びついた藤壺との恋からわかるように、光源氏にとっての「いろごのみ」の恋とは、すべて命がけのギリギリの恋であり、常に死と隣り合わせのものでした。その結果、源氏の魂に拡がったブラックホールから逃れるために、源氏は出家を強く願うようになりました。その出家を阻止するために、物語に要請された主人公が紫の上であったのです。
 つまり、光源氏の「いろごのみ」の恋とは、恋と死と出家の三位一体として現れるのです。帚木=空蟬、藤壺は出家してしまい、夕顔、藤壺は死んでしまいました。光源氏の出家を阻止するはずの紫の上も空っぽの魂を暗黒の虚空に覆われて無意識の出家状態です。光源氏の「いろごのみ」の恋は、この「朝顔」巻で完全に終焉を迎えたのです。その意味で、この「朝顔」巻は源氏の「いろごのみ」の恋へのレクイエム(鎮魂歌)の巻であったのだし、その巻末は、『源氏物語』自体にとってもフォッサマグナとでもいうべき大きな断層になっているのです。もちろん、先ほど言いましたように、紫の上の「いろごのみ」の恋は、「明石」巻でとっくの昔に終わっていたのですけれども……。
 しかし、そんなことには少しも気づいていない「いろごのみ」の恋の裸の王様の源氏は、夢に見た藤壺の面影に囚われたまま、和歌を二首詠みます。
 
 とけて寝ぬ 寝覚さびしき 冬の夜に むすぼほれつる 夢の短さ(3-213)

 「安らかに眠ることができないで、目覚めてしまって寂しく思われる冬の夜に、結ばれた夢があっけなく消えてしまった短さよ」ぐらいの意味です。

 なき人を ă—ăŸăľĺżƒăŤ まかせても かげ見ぬみつの 瀬にやまどはむ(3-214)

 「亡き藤壺を慕う心のままに冥界に赴いても、あなたの面影が見えない三途の川のほとりで、私は途方に暮れるだろう」ぐらいの意味です。どちらも藤壺への思いを歌っていて、逢瀬を象徴する「夢」、「瀬」という言葉が散りばめられています。特に二首目は、当時、女性は初めて契りを結んだ男に背負われて三途の川を渡ると信じられていたことから、ほんとうは藤壺と一緒に三途の川を渡りたいが、私には藤壺と一緒にわたる資格がないのが悲しいという源氏の本音が漏れ出た歌になっています。源氏にとっての藤壺との恋が命がけの「いろごのみ」の恋だったことは間違いないです。しかし、それもおしまいです。紫の上の魂も暗黒の虚空に覆われてしまった今、光源氏の「いろごのみ」の恋は完全に終焉を迎えたのです。


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