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高校で読むはじめての『源氏物語』11明石

            《第11回 明石》

1、須磨=世界の終わり
 
 須磨は現在の神戸市内にあって、摂津の国の一番外れです。ここまでが近畿圏内なんですね。その国境に須磨の関という関所があって、関所は別世界との境界ですから、その隣の明石はもうまったくの別世界みたいな位置関係にあるんです。今日は明石というところに源氏が移動するんですが、前回、「須磨」巻の最後のところで須磨の源氏を暴風雨が襲っていました。雷も鳴り響いていました。「明石」巻の冒頭は、次のように始まります。

  なほ雨風やまず、雷鳴りしづまらで日ごろになりぬ。(2-259)

 須磨では、まだ雨風も雷も収まりません。ここで「日ごろ」という古文単語に注目してください。「年ごろ」が「何年も」という意味の重要単語でしたね。「月ごろ」は「何ヶ月も」、「日ごろ」は「何日も」という意味になります。雨風が止まなくて、雷も鳴り止まないのが何日にもなったというのです。これはもう明らかに異常気象です。
 そんな状況下で、「明石」巻で真っ先に源氏を思いやる存在として出てくるのが紫の上です。二条院の紫の上から、源氏を思いやる和歌が届きます。

 浦風や いかに吹くらむ 思ひやる 袖うち濡らし 波間なきころ(2-260)

 紫の上は今、この瞬間の源氏の安否を心配して、京で泣いているというのです。「らむ」という現在推量の助動詞が使われている点に注意してください。「源氏のいる須磨では、今頃どんなに風が強く吹いているだろう」。前回の「須磨」巻で、源氏が須磨へと旅立つ直前に、「惜しからぬ命にかへて目の前の別れをしばしとどめてしがな」(2-225)と詠んで、死に呑み込まれる寸前の一回性の今というギリギリの生へと開かれた紫の上は、その時以来ずっと、源氏と遠く離れても、今、今、今……という一回性の今で、源氏との魂のつながりを求め続けているのです。死と直面し続けているのと同時に、紫の上は源氏との「いろごのみ」の恋のど真ん中にいるわけです。マルセル・プルーストをもじって言えば、紫の上が源氏に和歌を詠みかけるのは、もう二度と源氏とは再会できないかもしれない「失われた〈一回性の今〉を求めて」の行為なのです。そして、歌を詠むこの瞬間に、紫の上は源氏と魂の底からつながっているという「見出された時」を発見しているのです。
 源氏の返歌は記されていません。返歌できるような状況ではないからでしょう。逆に言えば、そんな状況でも、京からわざわざ和歌を送ってくる紫の上の源氏への魂の底からの愛情が際立つ和歌なのです。

 かくしつつ世は尽きぬべきにや、とおぼさるるに、そのまたの日の暁より、風いみじう吹き、潮高う満ちて、波の音荒きこと、巌も山も残るまじきけしきなり。雷の鳴りひらめくさま、さらに言はむかたなくて、落ちかかりぬとおぼゆるに、ある限りさかしき人なし。「我はいかなる罪を犯してかく悲しき目を見るらむ。父母にもあひ見ず、かなしき妻子の顔をも見で死ぬべきこと」と嘆く。君は御心をしづめて、何ばかりのあやまちにてか、この渚に命をば極めむと、強うおぼしなせど、いともの騒がしければ、色々の幣帛(みてぐら)ささげさせたまひて、「住吉の神、近き境をしづめ守りたまふ。まことに迹(あと)を垂れたまふ神ならば、助けたまへ」と、多くの大願を立てたまふ。(2-261~262)

 「こうして世界は終わってしまうのか」と源氏が思っています。「須磨」の巻末では、周囲の家来たちが世界の終わりと感じていましたが、ここでは「おぼさるる」と尊敬語が使われていることからもわかるように、源氏自身が世界が終わってしまうと感じている点が重要です。この瞬間こそ、源氏は死に最も近づいているのです。もうここで源氏は死ぬ、もう死に呑み込まれようとしている瞬間が「明石」の最初なんです。
 側に仕えている家来が、「私は一体どんな罪を犯してこういう悲しい目を見るのだろうか。父、母、妻、子の顔を見ないで、死ななければならないと」と嘆きます。源氏には、藤壺との密通が原因で須磨へ流されるんだという意識が十分にあるにもかかわらず、「この海辺で命を終わらせるほどの過ちは犯していない」と一貫して言い張ります。それで住吉神社の神様になんとか私を助けてくださいと祈りますが、嵐の勢いは収まらず、雷が源氏のいる寝殿の廊に落ち、炎が燃え上がります。「空は墨をすりたるようにて、日も暮れにけり」(2-263)と、空がすり立てのどろどろの墨のように一点の光も射さない暗黒だと描かれます。「須磨」巻の終わりにあった、「海の面は、衾を張りたらむやうに光り満ちて、雷鳴りひらめく」(2-255)同様、ここも紫式部の描く終末の世界像そのものです。
 ところで、「若紫」の源氏と藤壺の密通の場面でも触れましたが、天延三(975)年の皆既日蝕について、『日本紀略』という歴史書には、「卯辰の刻に皆虧(か)く、墨色のごとくにて光なし」と記されています。ここの「空は墨をすりたるようにて」という表現で、紫式部は日蝕による世界の終わりをイメージしているのではないでしょうか。須磨を襲った嵐は、世界を暗黒に染める日蝕のヴァリエーションだと描くことで、須磨流離の原因がやはり光源氏と藤壺の密通なのだということを、紫式部は強調しているのだと思われます。

2、桐壺院現れる

 ところが、暗黒に包まれた直後、世界はまるで死と再生を実践するかのように、回復しだします。星の光が見えます。雲間から月も出て来ます。一日中ずっと鳴り止まない雷の騒ぎに、ずっと張りつめていた気持ちが緩んだのでしょう、何かに寄りかかって源氏はうとうととします。

 終日(ひねもす)にいりもみつる雷の騷ぎに、さこそいへ、いたう困じたまひにければ、心にもあらずうちまどろみたまふ。かたじけなき御座所なれば、ただ寄りゐたまへるに、故院、ただおはしまししさまながら立ちたまひて、「など、かくあやしき所にはものするぞ」とて、御手を取りて引き立てたまふ。「住吉の神の導きたまふままには、はや舟出して、この浦を去りね」とのたまはす。(2-264)

 するとそこに「故院」が立ちます。亡くなった父桐壺院が源氏の夢枕に立つんです。明らかに桐壺院の死霊です。それが生きていた時の姿そのままで源氏の側に立つわけですよ。怖いですね。もうぞわぁという感じですけど、源氏にとっては父ですから、お父さんが来てくれたという感じなんですね。桐壺院の死霊は「どうしてお前は、都ではなくて、このようなむさくるしい田舎にいるのか」と語りかけ、源氏の手を取ります。そして、「住吉の神のお導きのままに、須磨を去れ」と言います。
 源氏はもううれしくてたまらないんですね。それで本音を漏らします。

 いとうれしくて、「かしこき御影に別れたてまつりにしこなた、さまざま悲しきことのみ多くはべれば、今はこの渚に身をや捨てはべりなまし」と聞こえたまへば、「いとあるまじきこと。これは、ただいささかなるものの報いなり。われは、位にありし時、あやまつことなかりしかど、おのづから犯しありければ、その罪を終ふるほど暇なくて、この世をかへりみざりつれど、いみじき愁へに沈むを見るに、堪へがたくて、海に入り、渚にのぼり、いたく困じにたれど、かかるついでに内裏に奏すべきことのあるによりなむ、急ぎのぼりぬる」とて、立ち去りたまひぬ。(2-264~265)

 「お父さんと死別して以来、もう悲しいことばかり多くありますので、今はこの須磨で命を終わろうと思います」と、源氏は言うんですね。これが源氏の本音です。繰り返し、源氏は死に呑み込まれる寸前にいるのです。それに対して父桐壺院は、「こんなところで死ぬなんてとんでもないことだ」と、一喝したうえで説明します。「あなたが須磨に流離しているのは、ちょっとしたものの報いだ」と。ちょっとしたものの報いとは何でしょう。大したことではないと言っていますから、おそらく桐壺院は藤壺との密通には気づいていないのだと思われます。
 続いて桐壺院は、重要なことを語ります。「自分は帝の在位中、別段の失政はなかったけれども、知らず知らずのうちに犯した罪があったので、死後その償いをするために忙しく、他に手が回らなくて、現世を顧みる余裕がなかった」というのです。死んだ後、ずっとそれを消すために暇がなかったという桐壺院の「犯し」とは、何でしょう?
 そのヒントは、次の文章にあります。「あなたが大層な悲しみに沈んでいるのを見ると、もう我慢できなくて、海に入り、渚に上り、あなたの窮地を救いに来た。それで大層疲れたけれども、こうした機会に、息子の朱雀帝に申し上げるべきことがあるから、これから都へ上る」と、桐壺院の死霊は語って、去って行きます。
 桐壺院が海に入って、渚に上って、須磨の源氏のところへやって来たということは、桐壺院は自分の「犯し」を消し去るために、現実世界からは遥か彼方の海の向こうにいたことを意味します。「桐壺」巻で桐壺更衣が亡くなった時に、白居易の「長恨歌」が引用されていました。「長恨歌」で玄宗皇帝は、楊貴妃の魂を探しに道士を冥界に派遣しますが、道士が楊貴妃の魂を発見した冥界は、「海上の仙山」だと書いてあります。楊貴妃の魂は海の遥か彼方の「仙山」にあるのなら、桐壺更衣の魂も海の彼方にあると、玄宗皇帝=桐壺院が考えるのは当然です。桐壺院も、桐壺更衣の魂を探しに「海上の仙山」へ行っているのではないでしょうか。つまり、桐壺院の「犯し」とは、桐壺更衣を死なしたことだと、私は考えます。「桐壺」巻のところでも述べましたが、「いろごのみ」の恋で愛する桐壺更衣を死なせてしまった桐壺院は桐壺更衣が死の直前に「いかまほしきは命なりけり」と訴えた「失われた〈一回性の今〉を求めて」、死んだ後もずっと冥界を彷徨っていたのです。
 ですが、失われた一回性の今である桐壺更衣の魂が見いだされることはないみたいなんですよ。桐壺院に「見出された時」が訪れれば、その瞬間に桐壺更衣の魂は救われるはずなんですけど、いくら探しても見つからないので、桐壺帝は冥界のあちこちを彷徨っているのでしょう。そして、都へ上って、朱雀帝に遺言違反を叱責したら、すぐまた桐壺更衣の魂を探しに戻るのでしょう。でも、おそらく桐壺更衣の魂を見つけることは永遠にできないのでしょう。それは「長恨歌」に記されているように、楊貴妃=桐壺更衣の「恨み」は永遠に消えないからです。
 そんな合間を縫って、今源氏が死にそうだからと、桐壺院は助けに来たわけです。源氏は桐壺院と離れるのが満たされなく悲しいので、「一緒に連れて行ってください」と言うんですね。桐壺院は死んでますから、一緒に死にたいという感じなんです。だからもうずっと源氏は死に呑み込まれているようなものなんですね。
 源氏が泣きじゃくりながら、見上げると、そこにはもう誰もいないんです。 空には月だけがきらきら光っている。この怪奇現象は、いったいどういうことなんでしょう? しかし、源氏には夢だとは思えないし、まだこの辺に桐壺院がおられるような、そんな気配が残っている気がします。源氏は「ほのかなれど、さだかに見たてまつりつるのみ、おもかげにおぼえたまひて」(2-265)と感じます。故桐壺院は「おもかげ」なんです。ここにも「面影=もの=魂=死霊」という関連がはっきり示されているのです。つまり、桐壺院の死霊出現という怪奇現象とは、光源氏と桐壺院の「面影=魂」での強い結びつきを示し、その絆が源氏の死を寸前で救うのです。

3、明石入道の迎えの舟
 
 これが三月十三日の夜なんですね。 まあ、満月に近いような時なんです。 先ほどの「日ごろ」の何日もというのは、三月一日から暴風雨が続いてますから、本当かどうかわかんないんですけど、二週間くらい暴風雨が続いていたというんです。驚きです。
 須磨の隣の明石に、「若紫」巻で良清の噂話に出てきた元播磨国守の明石入道という人が住んでいました。その明石入道の三月一日の夢に住吉の神が出て来て、「三月十三日にあらたかな霊験をお前に知らせる。雨風が止んだら、須磨の海辺に舟を送れ」と告げるのです。お告げ通りに三月十三日の夜に雨が上がるんですね。それで明石入道は翌日の三月十四日の明け方に須磨へ迎えに行って、「住吉の神様のお告げがあったから、あなたを迎えに来ました」と、良清を通して源氏に言うわけです。源氏の方も、桐壺院の死霊に「住吉の神の導きで須磨を去れ」と言われていたから、何にも疑わないで、明石入道の迎えの船に乗って、明石へ行って、明石入道の屋敷でもてなされるわけなんです。

4、藤壺、紫の上への手紙

 こうして源氏は、死に呑み込まれるギリギリのところで、桐壺院の死霊=住吉の神=明石入道によって救われたのです。そのタイミングで、源氏は早速、京の人々に手紙を送ります。

 さるべき所々には、このほどの御ありさま、くはしく言ひつかはすべし。入道の宮ばかりには、めづらかにてよみがへるさまなど聞こえたまふ。二条院のあはれなりしほどの御返りは、書きもやりたまはず、うち置きうち置き、おしのごひつつ聞こえたまふ御けしき、なほ異なり。
「かへすがへすいみじき目の限りを尽くし果てつるありさまなれば、今はと世を思ひ離るる心のみまさりはべれど、『鏡を見ても』とのたまひしおもかげの離るる世なきを、かくおぼつかなながらやと、ここら悲しきさまざまのうれはしさは、さしおかれて、

  遥かにも 思ひやるかな 知らざりし 浦よりをちに 浦伝ひして

 夢のうちなるここちのみして、さめ果てぬほど、いかにひがこと多からむ」(2-270~271)

 源氏は都の人々へ、須磨で暴風雨に遭っての死と再生の経緯を詳しく報告した手紙を送るわけなんですが、真っ先に出てくるのが出家した藤壺なんです。源氏はいの一番に藤壺に手紙を書きます。藤壺にだけ、限定の副助詞「ばかり」が用いられている点が重要です。藤壺だけには不思議な巡り合わせで甦った様子を知らせるわけです。ここに「よみがへる」という言葉がありますが、この語は本来は「黄泉(よみ)」から「帰る」という意味なんです。この黄泉というのは『古事記』の神話にも出てきて、イザナミが火の神を産んで大やけどをして、そのまま行く死の世界なんですね。
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 しかし、藤壺に関しては、「入道の宮ばかりには、めづらかにてよみがへるさまなど聞こえたまふ」の一文だけです。続いて紫の上への手紙について語られます。源氏が結局書き切ることができなかったという「二条院のあはれなりしほどの御返り」というのは、「明石」巻冒頭の嵐の中紫の上から届けられた「浦風やいかに吹くらむ思ひやる袖うち濡らし波間なきころ」の和歌への返事です。筆を休め休めし、涙を何度も払いながら返事を書くんですね。どんな手紙を書くのか?手紙の内容です。
 「繰り返し繰り返しもうこれ以上ないほどつらい目ばかり見尽くしてしまった私の有様なので、今はもう俗世を離れて出家してしまおうという気持ちばっかりがまさるけれども」と、源氏は書いているんですね。藤壺への須磨流離の死からの「よみがへる」に対して、紫の上には、藤壺に対して同様死ぬほどつらい目を見たと言いますが、「世を離る」=「出家」なんです。紫の上には「よみがへる」とは言わないのです。あくまでも源氏にとっての須磨流離の死は、藤壺との関係だからです。
 紫の上への「世を離る」は、これも繰り返し述べて来ましたように、源氏にとっての紫の上の役割が、「若紫」の登場以来一貫して藤壺ゆえの出家願望を阻止するストッパーだということを示す記号なのです。ここでもそれが踏襲されているように見えるのですが、「はべれど」という逆接で、それが大きく転回するのです。
 前回の「須磨」巻で、紫の上が源氏に「鏡を見ても」と和歌で詠みましたね。この紫の上の返歌のきっかけになったのが、源氏の「身はかくてさすらへぬとも君があたり去らぬ鏡の影は離れじ」(2-212)という和歌でした。源氏の「影=魂」は都の紫の上のもとに残して置くというのです。それに対応するかのように、源氏が須磨へと旅立つ直前に、紫の上は、「惜しからぬ命にかへて目の前の別れをしばしとどめてしがな」(2-224)と詠みました。「あなたと私の生は、今、この一瞬にしかない」。紫の上の魂の底からの叫びでした。詠まれた源氏の方は、「道すがら、面影につと添ひて」(2-225)と紫の上の「面影=魂」をぴったりと身にまとって、須磨へと旅立ったのでした。つまり、この「須磨」巻における光源氏と紫の上の二組の和歌贈答によって、二人の魂は相手の身体にぴったりと貼りつき、二人の愛は頂点を迎えたのです。光源氏と紫の上も魂の双子だと言いました。
 その紫の上の「面影=魂」が、須磨流離で死に呑み込まれそうなギリギリの間中ずっと源氏の身から離れることはなかったというのです。ですから、「不安な気持ちのままに、このまま出家してしまおうかという今現在の様々なつらい気持ちは二の次という気がして」と、源氏はここで、出家への思いを放棄しているのです。
 そして、死と再生を果たし、出家願望からも解放された今、源氏は和歌で、高らかに宣言するのです。「知りもしなかった別世界の須磨の浦から、さらに遠いこの明石の浦に移って来たけれども、今、遠い遥か彼方のあなたのことばかり思っています」と。もう光源氏の魂は、紫の上への愛で溢れているのです。
 藤壺は?そう思う人がたくさんいますよね。源氏の中で、藤壺への思いと紫の上への思いは、今拮抗しているのだと思います。ですが、どちらかが一番で、どちらかが二番ということではないんです。ここが近代的な思考では理解できないところなんですが、古代的な「いろごのみ」の恋では、源氏の藤壺への愛と紫の上への愛は、何ら矛盾葛藤することなく、同居しているわけです。ただ、源氏の思いのウエートが大きく変わるのです。
 これまでにも何回も、光源氏と藤壺が、そして同じように光源氏と紫の上も魂の双子なのだと言ってきました。須磨流離という試練の中で生と死が激しく交錯し続けた光源氏にとっては、藤壺と紫の上の存在も、光と影とが激しく明滅を繰り返すように、源氏との関係においてめまぐるしく移ろいゆくのだと思われます。源氏の意識の中で、今、死から「よみがへる」ことによって、藤壺との密通を原因とする死と再生の物語は完結しました。藤壺は出家しています。もう藤壺と恋することは不可能です。二人の息子、皇太子の後見に源氏は専念することになるでしょう。つまり、この瞬間に、光源氏の「いろごのみ」の恋の中心は、藤壺から紫の上へとコペルニクス的に大転回するのです。
 そのことを象徴するかのように、「京のこと、かく関隔たりては、いよいよおぼつかなく思ひきこえたまひて、いかにせまし、たはぶれにくくもあるかな、しのびてや迎へたてまつりてましと、おぼし弱るをりをりあれど……」(2-285)と、源氏が京に置いてきた紫の上と離れていることに、耐えられず、こっそり明石に呼び寄せようかと、不可能だとわかっているのに、源氏は常軌を逸するくらい紫の上を魂の底から求めているのです。

5、桐壺院の死霊、御所に現れる

 次に都の様子が語られます。ゆっくり読んでみましょう。

 その年、朝廷(おほやけ)に、もののさとししきりて、もの騒がしきこと多かり。三月十三日、雷鳴りひらめき、雨風騒がしき夜、帝の御夢に、院の帝、御前の御階(みはし)のもとに立たせたまひて、御けしきいとあしうて、にらみきこえさせたまふを、かしこまりておはします。聞こえさせたまふことも多かり。源氏の御ことなりけむかし。いと恐ろしう、いとほしと思して、后に聞こえさせたまひければ……(2-285)

 その年、朝廷に「もののさとし」が盛んだとあります。「もののさとし」というのは、神仏のお告げなんです。神様が朝廷に何かメッセージを送ってくるというのですけれども、どんなメッセージなんでしょう?
 次に、三月十三日と出て来ますが、覚えていますか?三月十三日というのは、故桐壺院が須磨で源氏の夢に現れた日なんです。この日の夜は、都も暴風雨なんですね。桐壺院は、須磨で源氏の前に現れた直後に、朱雀帝に言うことがあるから、都へ上ると言っていましたが、その場面に直接続いた場面がここなんです。物語を遡って、語り手が三月十三日の夜の御所の様子を描くわけです。
 その夜、朱雀帝の夢に桐壺院の死霊が現れるのですが、とても機嫌が悪い。怒っているんですね。じっと睨んで、息子の朱雀帝にいろいろ言うわけです。帝はただただ恐縮して聞いているんですね。語り手は源氏の事であったのだろうと想像します。つまり、桐壺院の死霊は、「源氏のことをあれだけ政権の中枢に据えろと遺言したよね。お前、何やってるんだ」という感じで朱雀帝を叱責しているわけなんですね。
 朱雀帝は恐ろしいけれども、父院がおいたわしいと思って、母の弘徽殿大后に報告するのですが、母大后はそんな夢を見るのは、暴風雨を怖れる思い込みが原因だと否定するんですね。ところが、桐壺院に睨まれたと思ったせいか、この後朱雀帝は目を患います。弘徽殿大后はそんなこと気にしてはダメと励ますのですが、弘徽殿大后の父であり、朱雀帝の祖父である元の右大臣が亡くなります。さらに弘徽殿大后自身も病気になってしまいます。もう右大臣方が総崩れという感じなんですが、それは全て桐壺院のたたりのせいなんですね。

6、源氏、明石の君と新手枕

 都ではこんな大変なことが起こってるのですが、では明石に移った源氏はどんな感じかというのを見てみましょう。
 そもそも、なぜ明石入道は源氏を須磨へ呼び寄せたのかというと、もちろん住吉の神のお告げがあるわけですが、それ以前に「若紫」巻で少し語られていたんですけれども、自分の娘を高貴な人の妻にさせたいという野望があるわけなんですね。
 それで、明石入道は源氏に娘明石の君のことを熱心に語るんですね。うちの娘はこんなに教養があって、可愛いということを必死に語ります。分かったよと源氏は思って、もう田舎の女の子ですから、正式な結婚ではなくて、源氏の身の回りのお世話をする召人(めしうど)という女房扱いならと源氏は言うんです。源氏にしてみれば、明石にいるときだけ限定の、一時的な恋人くらいに思っているわけです。ところが、明石の君はプライドが高くて、絶対そういう女房扱いは嫌だと言って源氏のもとには来ないんですね。明石入道の力も影響しているのかもしれません。それで源氏が明石の君のところへ通わなければいけなくなるわけです。
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……御馬にて出でたまふ。惟光などばかりをさぶらはせたまふ。やや遠く入る所なりけり。道のほども、四方(よも)の浦々見わたしたまひて、思ふどち見まほしき入江の月影にも、まづ恋しき人の御ことを思ひ出できこえたまふに、やがて馬引き過ぎて、おもむきぬべく思す。

  秋の夜の つきげの駒よ 我が恋ふる 雲居を翔(かけ)れ 時の間も見む

 と、うちひとりごたれたまふ。(2-289)

 明石の君の住まいは、少し遠いので、源氏は馬で出かけます。ところが、入江の美しい月影を眺めると、 まず「恋しき人の御こと」を思い出してしまうというのです。この「恋しき人」というのは誰ですか?明石の君ではありません。「きこえ」と謙譲語を使っていますので、身分の高い紫の上のことなんです。
 これから明石の君と初めて結ばれるという現実が近づくと、先ほども確認した源氏にとって一番恋しい魂の双子、紫の上のことが面影に浮かんでくるのです。源氏と紫の上をつなぐチャンネルが「月影」です。
 前回の「須磨」巻で、月を見た源氏は、月が遠く離れた者同士の心をつなぐという漢詩の発想から、都にいる藤壺に思いを馳せていましたね。死と再生を果たした源氏は、明石では月を見て都の紫の上に思いを馳せているのです。しかも「月影」です。月の光の中に紫の上の「面影=顔」を思い浮かべているのです。なぜなら、紫の上の「面影=魂」は源氏の身にまとわりついていると源氏は確信しているからです。月を見て、都の紫の上の魂と明石の源氏の魂はつながり合っているのです。ここでも、源氏にとっての魂の双子が、藤壺から紫の上へと変わったことが見て取れます。
 源氏は紫の上への魂の底からの思いをそのまま和歌に詠みます。都まで届けと、魂をほとばしらせるのです。
「この馬よ、空を駆けて私を都まで連れて行っておくれ。今、ほんの一瞬でも、紫の上と抱き合いたいんだ」。魂そのものの叫びです。明石の君のところへ行く、まさにその寸前で、この馬でこのまま都まで駆けて行って、紫の上に今すぐ会いたいという歌を源氏は詠んでしまうのです。「時の間も見む」、一回性の今で紫の上とつながりたい。源氏のこの和歌は、「明石」巻冒頭の紫の上の和歌の「浦風やいかに吹くらむ」と一回性の今で構造的に連動し合っているわけです。紫の上の魂と源氏の魂は、遠く離れていても、今この一瞬でつながり合っています。失われた一回性の今を求めることこそが真の「いろごのみ」なのです。先ほどのプルーストをもじって言えば、源氏が遠く離れた紫の上に和歌を詠みかけるのは、今は逢えない紫の上との「失われた〈一回性の今〉を求めて」の行為なのであり、歌を詠むこの瞬間に、源氏も紫の上と魂の底からつながっているという一回性の今を「見出された時」として体現しているのです。
 つまり、明石の君と結婚しても、源氏が魂の底から思っているのは、紫の上ただ一人で、紫の上こそ、源氏にとっての世界でたった二人きりの魂の双子だということを、紫式部はここで明確に示しているのです。源氏の紫の上に対する最大の裏切りである明石の君との結婚の直前に、わざわざこんなことを挿入する作者紫式部の意図を想像しながら、続きを読んでください。
 この後、源氏と明石の君はめでたく結婚します。明石という別世界で、源氏は新たな奥さんを持つことになるわけなんです。
 その時の源氏の心情が、次のように語られます。「二条の君の、風のつてにも漏り聞きたまはむことは、たはぶれにても心の隔てありけると思ひうとまれたてまつらむは、心苦しうはずかしうおぼさるるも……」(2-292)。源氏と明石の君が結ばれたことを、風の噂でも紫の上が耳にして、「冗談にもせよ、心の隔てがあったのだと不愉快な思いをさせるのは、心苦しいし、恥ずかしいことだ」と源氏は思うわけです。紫の上に思いを馳せることによって、はじめて明石の君との「新枕」が常軌を逸した紫の上を傷つける行為だったということに気づき、紫の上に手紙を送ります。

 しほしほと まづぞ泣かるる かりそめの みるめは海士の すさびなれども(2-293)
 
 明石の君とのかりそめの逢瀬は私の慰みごとのようなものだと、源氏は和歌で言い訳をするのです。
 これに対して、紫の上も返歌を送ります。

 うらなくも 思ひけるかな 契りしを 松より波は 越えじものぞと(同上)

 この「うらなし」が重要です。この「うら」は表と裏の裏です。中西進氏の『ひらがなでよめばわかる日本語』を思い出してほしいんですけど、表というのは「おもて=面」で顔の表です。顔の表に現れた表情を見れば、相手の気持ちはわかるとよく言いますけど、裏は心なんですよ。相手が心の奥で何を思っているのかは、普通は見えません。ですから、占いというのは普通には見えない相手の「裏=うら=心」を見る特殊能力なんです。そこからわかるように、「うらなし」というのは相手には見えない隠れた心が無いということですから、「無心、無邪気、素直」という意味になります。源氏と結婚する以前の「雛遊び=おとぎ話」時代の紫の上にぴったりの言葉が「うらなし」なのです。その「うらなし」で、無邪気に、100%全面的に源氏を信じ切っていた心を、紫の上は今ここで否定しているわけです。
「何の疑いもなく、あなたを信じ切っていたことです、末の松山を波が越えることがないように、あなたの心が変わることはないと約束したことを」ぐらいの意味です。紫の上の言う「契りし」というのは、須磨へ旅立つ前に源氏が歌った「君があたり去らぬ鏡の影は離れじ」(2-212)を承けてのものでしょう。あんなに魂と魂でつながり合っていると約束したのに、あなたが裏切るなんて。紫の上は「面影」と「面影」、魂と魂でつながり合えていると全面的に信頼していた源氏に対して、疑問を持ち始めているのです。
 前回も言いましたが、家来はいますけれど、紫の上はたった一人で二条院を守っているわけですね。しかも新婚ホヤホヤで。夫はいない。須磨に退去して、いつ帰ってくるのかわからない。いや、このまま死んでしまって二度と会えないのかもしれない。つまり、紫の上自身も死と直面してるのです。
 必死に自らも死と闘いながら、源氏は今生きてるかしら?生きて戻って来てほしいと、毎日心配しながらも、いや、「面影」は通っている、源氏と私は魂と魂で、一瞬一瞬つながっていると思っていたら、源氏は向こうで別の女性といい感じになっていたわけですよ。こんなに心が押しつぶされることはないと思うんですね。
 ですから、暴風雨に襲われ、世界全体が墨色の暗黒に染まった時の源氏と同じように、紫の上もここで一番死に近づいているのです。明石の君と結婚したと聞いた瞬間に、紫の上の心は粉々に砕けてしまったのだと私は思います。

7、須磨の絵日記

 ところで、須磨流離という貴種流離譚を通して、光源氏の死と再生は完成しました。それでは、今、死と直面している紫の上の魂が再生される機会はないのでしょうか?おそらく次の場面が、光源氏と紫の上の関係を考える上で、『源氏物語』全体の中で一番大事なところだと思います。ゆっくり読んでいきましょう。主語は源氏です。

 あはれとは月日に添へておぼしませど、やむごとなきかたの、おぼつかなくて年月を過ぐしたまふが、ただならずうち思ひおこせたまふらむが、いと心苦しければ、独り臥しがちにて過ぐしたまふ。絵をさまざま書き集めて、思ふことどもを書きつけ、返りこと聞くべきさまにしなしたまへり。見む人の心にしみぬべきもののさまなり。いかでか空に通ふ御心ならむ、二条の君も、ものあはれになぐさむかたなくおぼえたまふをりをり、同じやうに絵を書き集めたまひつつ、やがてわが御ありさま、日記のやうに書きたまへり。いかなるべき御さまどもにかあらむ。(2-294~295)

 源氏が月日が経つのにつれて「あはれ」と思う相手とは、明石の君です。新たに夫人になった明石の君への愛情が月日に添えて深まるというのです。「やむごとなきかた」というのが紫の上です。紫の上が一人都で不安な気持ちで何年も過ごしていると、源氏は紫の上が死と直面していることを十分理解しているのです。それなのに、自分が明石の君と結婚したために、心穏やかでなく自分のことを思っているであろうことがとても心苦しいと、源氏は紫の上の苦しみも十分に理解しているのです。それで、明石の君のところにはあまり会いに行かないで、一人横になりがちで過ごしています。
 次が大事なんですけど、「絵をさまざま書き集めて、思ふことどもを書きつけ、返りこと聞くべきさまにしなしたまへり」というのは、源氏が流離の間、絵日記を書いているということなんです。源氏は絵が上手いんですね。この絵日記に源氏は和歌を書くんです。そして、一番重要な点は、源氏が和歌を書いた横にスペースをわざと空けて置くということです。なぜなら、このスペースは、あとで紫の上にここに和歌を書いてもらい、二人の魂が重なり合うための場所だからです。つまり、源氏がやはり一番思っているのは、紫の上なんですよ。そしてこの絵日記は、見る人の心にしみいるに違いないほどの素晴らしい出来栄えだというのです。
 「いかでか空に通ふ御心ならむ」以下は、語り手が物語に介入する草子地です。どうして空を隔てても通じ合う源氏と紫の上の心であるのだろうかと語り手が想像して、作中人物たちにはまだ知られていない真実を明かします。その真実とは、紫の上も「ものあはれ」で、遠く離れた源氏のことを魂の底から思って心の晴れようもなく思われる時には、源氏とまったく同じように絵日記を描いているというのです。以心伝心で、遠く離れていても、二人の魂と魂は共鳴し合っているというのです。源氏と紫の上は、別々の場所で、お互いを思いやって絵日記を描いている。完璧なシンクロニシティ(同時性)です。この場面ほど、光源氏と紫の上が真の魂の双子だということを示している場面はありません。
 源氏が許されて京に戻ってきたら、これまで書き溜めてきた絵日記をお互いに見せ合いますよね。こんなに準備してるわけですから。そして源氏は、「須磨ではこうだったんだ」と自分が描いた絵と自分が詠んだ和歌を見せ、「ここに返歌を書いておくれ」と紫の上に渡しますよね。「あら、私も絵日記を描いていたの」。「え~、なんだ、お前もか」。こんな会話を交わした時点で、これで紫の上の死と再生も完成です。遠く離れ離れでいた者同士が、お互いの魂を思って「見出された時」、一回性の今、今、今…が絵日記上で反復再現され、二人の愛が頂点に達するのですから。
 光源氏と明石の君の新枕によって、紫の上の心は粉々に砕けてしまいました。そういう紫の上がまさに死にのみこまれようとする今を、作者紫式部はその直前に源氏の都の紫の上に魂を飛ばした和歌を挿入し、その直後には二人同時に描き合う絵日記を挿入して、二つで挟み込むことによって、二人の魂がつながり合っていることを強調し、何とか紫の上の魂の崩壊を防いでいるのです。逆に言えば、物語崩壊の危機に常に立ち向かう女主人公の魂自体が崩壊の危機に直面しているのです。紫の上の魂を唯一救うことができる、源氏との魂の共感を可能にする最強のアイテムが、お互いの一回性の今を見出し、集大成した絵日記なのです。
 物語というシステムに突然変異として発生したバグのように、作者紫式部は、唐突に、しかもさりげなく光源氏と紫の上にとって一番大切なアイテムを物語に挿入するのです。そのあまりの唐突さ、さりげなさから、この須磨の絵日記について言及する研究者はほとんどいません。しかし、須磨流離で死に呑み込まれようとしている紫の上が再生できるとしたら、それはこの絵日記を源氏と共有することしかありえないのです。はたして、そういう瞬間を、紫式部は物語の中に用意しているのでしょうか?

8、源氏の帰京

 年が改まって、源氏は都を離れてから二度目の新年を明石で迎えます。都では朱雀帝が桐壺院の死霊に睨まれて以来の眼病を悪化させます。さらに母弘徽殿大后までが病気になり、七月下旬に源氏に帰京するようにという勅命が下ります。
 源氏はついに許されたので、喜んで帰ろうとすると、明石の君が妊娠してることがわかります。明石の一族はみんな源氏との別れを泣いて悲しむのですが、明石の君は身重ですから源氏について行けなくて、源氏だけが家来と都へ帰ります。約二年半ぶりの帰京です。

 二条院におはしましつきて、都の人も、御供の人も、夢のここちして行き合ひ、よろこび泣きもゆゆしきまで立ち騒ぎたり。女君も、かひなきものにおぼし捨てつる命、うれしうおぼさるらむかし。(2-305)

 源氏が戻って来るのは、自宅の二条院です。都で待っていた人たちも源氏のお伴で須磨に同行した家来たちも夢のような再会に、もう嬉し泣きで大騒ぎしています。さあ、いよいよ紫の上との感動の再会です。
 紫の上も、自分はもう死ぬものと思っていた命なのに、それがめでたく再会できたのだから、うれしく思っているのだろうと、語り手が推測しています。いよいよここで紫の上の死と再生も完成するのかと、語り手が読者の期待を高める演出です。

 いとうつくしげに、ねびととのほりて、御もの思ひのほどに、所狭かりし御髪のすこしへがれたるしも、いみじうめでたきを、今はかくて見るべきぞかしと、御心落ちゐるにつけては、また、かの飽かず別れし人の思へりしさま、心苦しう思しやらる。なほ世とともに、かかるかたにて御心の暇(いとま)ぞなきや。(同上)

 一方の源氏は、二年半ぶりに紫の上と再会するわけです。夫婦が二年半まったく会えないというのは、とてつもなく大変なことですよね。そういう死を潜り抜けてきた源氏の目から見ても、紫の上はとても愛らしくて、大人びていて、容姿も素晴らしく美しいわけなんです。源氏の魂の底からの思いが溢れ出ます。「今はかくて見るべきぞかし」と。「見る」は結婚すると一緒ですから、「これからはもうずっと愛し合うことができるんだ」と、源氏は安心しているというんです。
 紫の上を死の極限にまで近づけておいて、最後に救うとは、さすが紫式部、粋な演出だな、これで光源氏と紫の上の死と再生の物語も完結だ、めでたし、めでたし、と読者も思ったその瞬間に、源氏は心が苦しくなるくらい「かの飽かず別れし人」、明石の君を思い出すというのです。もうせっかく紫の上と再会して、ようやく二人の愛が頂点を迎えるという、まさにその瞬間に、源氏は明石に残してきた妻に思いを馳せてしまうのです。
 先ほどの明石の地で、源氏が明石の君と新枕を結ぶ直前の場面を思い出してください。源氏は遠く離れた都の紫の上に思いを馳せた歌を詠みました。それは、紫の上との「失われた〈一回性の今〉を求めて」の行為なのであり、この瞬間こそ、源氏は紫の上と魂の底からつながっているという一回性の今を「見出された時」として体現していると説明しました。作者紫式部は、あの場面(明石の君と結ばれる直前→紫の上を想う)と構造的に正反対の場面(紫の上との再会直後→明石の君を想う)を源氏と紫の上の再会場面に導入するのです。それは、遠く離れた明石の地で源氏によって「見出された時」、紫の上と魂の底でつながり合っているという一回性の今を、源氏が自らの手で永遠に放棄するということを意味するのです。ですから、この瞬間こそが光源氏の紫の上に対する「いろごのみ」の恋の生死を分けたフォッサマグナ、最大の分岐点なのだと思います。須磨流離を経て死と再生を完成させた光源氏の「いろごのみ」の恋の中心は、藤壺から紫の上へとコペルニクス的に大転回したと先ほど述べましたが、紫の上へと中心が移るのと同時に、もうすでに光源氏の「いろごのみ」の恋は死に直面しているのです。紫式部という作家は、こういう物語を作り出すのです。恐ろしいですね。
 こんな源氏を、語り手も「なほ世とともに、かかるかたにて御心の暇ぞなきや」と批判してます。というより、語り手は、最高の再会場面を用意しておいて、それを自らぶち壊すということをしているわけなんです。ここには、光源氏と紫の上だけはハッピーエンドにしないという作者の意図が透けて見える気がします。
 これまでにも何度も触れて来ましたが、紫の上というヒロインの『源氏物語』における役割を思い出してください。紫の上の役割とは、「いろごのみ」の主人公光源氏の出家のストッパーになることによって、物語自体の崩壊を阻止するということでした。光源氏と藤壺の密通による須磨流離という試練が無事終了し、源氏の出家は回避されました。しかし、それと同時に、紫の上とここで完全に魂と魂で結ばれてしまったら、もう光源氏の「いろごのみ」の恋も完結です。めでたし、めでたしです。紫式部はそうはさせません。
 これも「若紫」のところで触れましたが、「若紫」を書いた時点で、紫式部は光源氏が天皇をしのぐほどの地位を確立すること、それは明石の君の産んだ子が今上帝の中宮になることによって実現されるという『源氏物語』第一部の骨格のほとんどを、おそらく構想していただろうと述べました。「須磨」巻は源氏と紫の上の物語のまだ道半ばです。須磨流離で、光源氏の死と再生は完結しましたが、紫の上の死と再生はここでは完結しないのです。
 紫の上の再生のための最大の鍵として紫式部が用意したものが、先ほどの「絵日記」です。感動の再会を果たしたここで、源氏が須磨の「絵日記」を見せればいいのです。それでハッピーエンドです。ところが、そういう二人の魂が完全につながり合う最強のアイテムを紫式部は用意しておきながら、それをわざと不発に終わらせるのです。源氏は紫の上と再会したこの場面で絵日記は一切触れないのです。しかし、この絵日記の不発という事態は、物語崩壊の危機に常に立ち向かってきた女主人公紫の上の魂自体が崩壊しかねないという、さらなる巨大な危機を物語に導入することを意味するのです。
 光源氏の「いろごのみ」の恋は、今後も続きます。明石の君との恋もその一つです。源氏の「いろごのみ」の恋が続けば、続くほど、物語を維持する役割を担わされた紫の上の魂の崩壊はますます進行することでしょう。
 紫式部は自らの物語で最も愛するヒロインを、これでもか、これでもかとサディスティックにいたぶり続けます。それが唯一、源氏の「いろごのみ」の恋を持続させられる方法だからです。何度でも言いますが、紫式部は『源氏物語』を「女性の、女性による、女性のための物語」として、全身全霊を込めて描いたのです。その真の主人公こそが、紫の上なのです。ですから、『源氏物語』を真の「女性の、女性による、女性のための物語」に近づけるためならば、紫式部は愛する紫の上をどんなにいたぶることでさえためらわないのです。
 これまでにも何度か触れましたが、これまでの紫の上像の中で主流になっているのは、源氏の須磨流離に際しても、紫の上は二条院という安楽な無風地帯で、いかなる緊張も、不和も、苦悩もなく、美しい生きた人形としてしか描かれないというものでした。これこそ物語のヒロインはこうあってほしいという、男性読者の願望がそのまま現れてしまっている読み方なのではないでしょうか?須磨流離の紫の上は、「うらなし」の無垢で純真なだけの理想的なヒロイン像とは対極にあり、源氏の愛に対する不信を魂の奥底に抱え込んでしまっているのです。
 紫の上は、源氏の魂を救うためにではなく、物語を持続させるために犠牲になったヒロインなのです。そのような物語の構造的な機能として『源氏物語』を支え続けなければならない特異なキャラクター紫の上の今後を、私たちはこう予言することができるでしょう。

  光源氏と紫の上の須磨の絵日記は、光源氏と紫の上の物語が終わる瞬間にこそ完成するだろうと。
 
 それまでは、二人の絵日記はけっして完成しません。このことをぜひ覚えておいて、今後の物語を読んでください。物語に戻りましょう。

 その人のことどもなど聞こえ出でたまへり。おぼし出でたる御けしき浅からず見ゆるを、ただならずや見たてまつりたまふらむ、わざとならず、「身をば思はず」など、ほのめかしたまふぞ、をかしうらうたく思ひきこえたまふ。(同上)

 源氏は絵日記を紫の上に見せる代わりに、明石の君のこと、そのお腹に源氏の子が宿っていることなどを告げてしまうのです。それを紫の上はぺしゃんこに砕けた心で聞いているのですが、ただ一言「身をば思はず」とつぶやきます。和歌の一部を引用している引歌です。
 「忘らるる身をば思はず誓ひてし人の命の惜しくもあるかな」(『拾遺集』巻十四恋四、右近)が元の歌です。「 あなたに忘れられる我が身のことは別にどうでもいい。死んでも別に構わない。神仏に誓って愛を約束したのに裏切ったあなたの命が心配でなりません」ぐらいの意味です。自分の命はどうでもいい、あなたの命が心配だ。これ、怖くないですか?
 紫の上が引いている右近の歌の「誓ひてし」という部分は、先の明石の君との結婚を告げた源氏の手紙に対する紫の上の返歌、「うらなくも思ひけるかな契りしを松より波は越えじものぞと」(2-293)の「契りしを」と完全に対応しています。この「契りしを」は、先ほど述べた通り、源氏が須磨へ旅立つ前に詠んだ「君があたり去らぬ鏡の影は離れじ」(2-212)を指します。さらに、紫の上が引いている右近の歌の「人の命の惜しくもあるかな」という部分は、源氏が須磨へ旅立つ直前に紫の上が詠んだ「惜しからぬ命にかへて目の前の別れをしばしとどめてしがな」(2-224)と完全に対応しています。「あなたがそう誓ったから、私も『惜しからぬ命にかへて目の前の別れをしばしとどめてしがな』(2-224)と、遠く離れていても一回性の今で、あなたの魂とつながり合っているとずっと信じていたのに、あなたは私を裏切ったのね。あなたが生きていればいいけどね。でも私の心は完全に砕けて、私はもう死んでしまったわ」。こんなことを紫の上は呟くわけです。空っぽの魂の底からの思いが、言葉の断片となって思わず漏れ出てしまったという感じですが、この引き歌を用いた「身をば思はず」に、作者紫式部はこれまでの須磨流離において紫の上が直面した感情のすべてを物語の構造として連関させて総括させて、紫の上の魂の死を描いているのです。
 「葵」巻で、源氏が出家寸前に追い込まれた場面を思い出してください。そこでの源氏は、命がけの「いろごのみ」の恋が、桐壺更衣、夕顔のような恋に命を落とす犠牲者を生み出すだけではなく、六条御息所の生霊のような他者の命を奪う加害者も生み出すということに思い至り、魂全体がブラックホールに覆い尽くされ、あと一歩で出家というところまで追い込まれていました。しかし、ここでの源氏は、愛する紫の上の魂を死に至らしめる加害者になっているのです。もっと言えば、源氏は六条御息所の生霊と物語の構造上同じ役割を演じているということです。
 もちろん、鈍感な源氏は紫の上の魂を死に至らしめてしまったことにまったく気付かず、趣があってかわいらしいと表面的にしか反応できていません。ここに魂の底からの感動を表す「あはれ」とは正反対の知的な「をかし」という語が意図的に選ばれている点に注意してください。「絵日記」が想定していた魂と魂がつながり合った感動の再会とは程遠い再会を果たした光源氏と紫の上でした。さあ、この二人の愛は一体どうなっていくのでしょうか?


 


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