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高校で読むはじめての『源氏物語』12澪標

              《第12回 澪標》

1、東宮元服

 「澪標」巻を読みましょう。源氏は須磨、明石に流離していましたが、前回の「明石」巻で桐壺院の死霊が出てきて、朱雀帝が目を患ってしまうんですね。母の弘徽殿大后も病気になり、祖父の元右大臣が亡くなります。それで、もうこれは桐壺院の遺言を守らなければいけないと朱雀帝が決断して、源氏を都に呼び戻したわけでしたね。

 明くる年のきさらぎに、春宮の御元服のことあり。十一になりたまへど、ほどよりおほきに、おとなしうきよらにて、ただ源氏の大納言の御顔を二つにうつしたらむやうに見えたまふ。いとまばゆきまで光りあひたまへるを、世人めでたきものに聞こゆれど、母宮は、いみじうかたはらいたきことに、あいなく御心を尽くしたまふ。内裏(うち)にもめでたしと見たてまつりたまひて、世の中ゆづりきこえたまふべきことなど、なつかしう聞こえ知らせたまふ。(3-13~14)

 源氏が帰京した翌年です。如月は二月です。皇太子が成人するわけです。今皇太子は誰かというと、藤壺が産んだ桐壺帝の第十皇子です。しかし、この人は、実は「若紫」巻で描かれた源氏と藤壺の密通によって生まれた子供だったわけですね。その皇太子が十一歳になります。年齢の割には背丈も大きく、大人びていて、顔も美しく、源氏と瓜二つだというんですね。源氏の子供ですから、それは当然なわけです。源氏が光り輝いていて、東宮も光り輝いている。二人で光り輝き合っている様子を世間の人々は素晴らしいことだとお噂申し上げるけれども、母の藤壺だけはまったくいたたまれない思いで、どうにもならないことなのに、心を痛めているという感じなんですね。息子の即位こそ、藤壺にとっては、出家して源氏の思いを封印させてまで実現させたい宿願であることは間違いないのですが、その宿願が実現に近づけば近づくほど、それとは正反対の桐壺帝への裏切り、本来天皇になるべきではない息子が天皇になることへの畏れの感情が藤壺の胸を覆うのです。
 「内裏」は天皇で、朱雀帝も皇太子を立派だと思い申し上げなさって、世の中をもう譲りますよ、政権交代してあなたを天皇にしますよと十一歳の皇太子に言うわけなんですね。

2、御代替わり=朱雀帝から冷泉帝へ

 朱雀帝の譲位は同じ二月の下旬に唐突に実行されてしまいます。

 同じ月の二十余日、御国ゆづりのこと、にはかなれば、大后おぼしあわてたり。「かひなきさまながらも、心のどかに御覧ぜらるべきことを思ふなり」とぞ、聞こえなぐさめたまひける。坊には承香殿の皇子ゐたまひぬ。世の中あらたまりて、引きかへ今めかしきことども多かり。源氏の大納言、内大臣になりたまひぬ。数定まりて、くつろぐ所もなかりければ、加はりたまふなりけり。やがて世のまつりごとをしたまふべきなれど、「さやうのことしげき職には堪へずなむ」とて、致仕の大臣、摂政したまふべきよし、ゆづりきこえたまふ。(3-14)

 あまりに突然の朱雀帝の退位に、母弘徽殿大后は「そんなの聞いてないよ」と大慌てです。朱雀帝は「今後は、お母さんとゆっくりした時間を過ごしたい」と言って慰めるんですね。朱雀帝はほんとうに善良でやさしい人なんです。「坊」というのは皇太子のことでしたね。次の皇太子には、朱雀帝と承香殿女御との間に生まれたばかりで、まだ二歳くらいの男の子をつけます。
 『源氏物語』の中で二回目の御代替わりです。一回目が「葵」巻での桐壺院から朱雀帝への御代替わりで、今回が二度目で、源氏と藤壺の子、冷泉帝が新しい天皇になってしまいます。政権交代です。
 「世の中あらたまりて」、もう世界がガラッと変わっちゃうんですね。朱雀帝の時代はずっと暗い雰囲気に立ち込められていたんですね。光源氏のような明るいスターも不在でしたから。それが今、世の中の雰囲気がガラッと現代風に一新されたというわけなんです。しかし、成人したとはいえ、冷泉帝はまだ十一歳です。それで、源氏が内大臣に就くんですね。大臣は左大臣、右大臣の二人と定員が決まっています。左大臣と右大臣が今埋まっていて欠員がいなかったので、定数外として臨時に内大臣に就けるわけなんですね。
 それで、源氏が直ちに政治の実権を担うはずなのですが、「私にはまだそんなたいそうな役職には力が足りませんから」と謙遜して、 葵の上の父、源氏の義理の父の致仕大臣(元の左大臣)に摂政に就いてもらうんですね。ただ、もうお年寄りですから、十一歳の冷泉帝を補佐して、源氏が内大臣として実権を握るわけです。あれだけ須磨で死に近づいた源氏が、今、ここで完全に再生するわけですね。「澪標」巻というのは、源氏の死と再生の完成を描く巻なんです。

3、権中納言の姫君、入内準備
 
 
左大臣家の中で、とりわけ目覚ましい復活を遂げたのが、源氏の正妻葵の上の兄弟である宰相の中将、昔の頭中将です。

……宰相の中将、権中納言になりたまふ。かの四の君の御腹の姫君、十二になりたまふを、内裏に参らせむとかしづきたまふ。(3-15)

 源氏の政権が確立したところで、ライバルの宰相の中将が権中納言に昇進します。源氏の次を狙う地位に就いたということです。権中納言には、源氏にはないメリットがあります。それは十二歳になる姫君です。四の君というのは、右大臣の娘の四の君で、弘徽殿大后の妹、朧月夜の姉に当たります。この四の君が権中納言の正妻で、二人の間に生まれている姫君が十二歳になったというのです。
 「澪標」巻は冷泉帝の「御元服」から始まりました。大人になった瞬間、恋が始まるわけです。新帝はまだ十一歳と若いですから、恋の始まりを告げる「澪標」は、「桐壺」巻再びという感じなんです。桐壺帝がまだ若くて、血みどろの女の争いが始まったみたいに、若い冷泉帝が即位したわけですから、ここから血みどろの女の戦いが始まるということを、「澪標」巻は予告しているんですね。  
 そんな状況下で、権中納言の姫君が十二歳で冷泉帝に入内します。冷泉帝と姫君の間に仮に子供が生まれると、次の天下は権中納言のものになります。源氏のライバルのもとに行ってしまうわけですよ、摂関政治ですから。権中納言はそういうことを虎視眈々と狙っているわけですけど、そうなると源氏の政権は終わってしまうので、源氏もやはり冷泉帝に娘を入内させたいわけです。  
 紫式部が「澪標」巻の冒頭に設定した政治状況というのは、いったんは実権を握ったように見えますが、実は摂関政治家光源氏にとっては、なかなか打開するのが厳しい状況なんです。というのは、源氏には子が葵の上が生んだ男の子夕霧しかいません。ですから、娘を天皇に入内させることができないわけです。これは摂関政治家としては、致命的なことです。しかもこの後源氏に娘が誕生したとしても、結婚する相手が実は源氏の息子なわけです。源氏と藤壺だけはそのことを知っているわけですから、仮に将来源氏に娘が生まれたとしても、兄と妹の結婚を父親の源氏も母親の藤壺も認めることはありえないでしょう。つまり、摂関政治家としての源氏の将来は、今頂点を迎えたのと同時に終焉を迎えつつあるということです。このまま権中納言の姫君が冷泉帝の愛を独占してしまうのでしょうか?それとも、源氏に起死回生の打開策はあるのでしょうか?

4、明石の君、女の子を出産

 次の「まことや」で始まる文章を見てください。「まことや」というのは、「そういえば、そうそう」くらいの意味で、語り手が新たな話題に移る時に発する草子地です。「葵」巻の六条御息所のところにも出ていました。草子地というのは、語り手が物語に介入して、感想を述べたり、言い訳をしたり、作中人物の秘密を暴露する際に用いる言葉のことです。

 まことや、かの明石に心苦しげなりしことはいかにと、おぼし忘るる時なければ、公私いそがしき紛れに、えおぼすままにもとぶらひたまはざりけるを、三月ついたちのほど、このころやとおぼしやるに、人知れずあはれにて、御使ありけり。とく帰り参りて、「十六日になむ。女にて、たひらかにものしたまふ」と告げきこゆ。めづらしきさまにてさへあなるをおぼすに、おろかならず。などて、京に迎へてかかることをもせさせざりけむと、くちをしうおぼさる。(3-16~17)

 語り手が「ああ、忘れていた、そういえば」と新たに話題にするのは、源氏が明石に残してきた明石の君の出産なのです。源氏は妊娠している明石の君のことを忘れる時がなかったのですが、源氏は公私にわたってたいへん忙しいので、手紙をそれほど頻繁には送ることもできなかったというのです。それで三月の初めごろに、出産がそろそろではないかと思いやって、源氏は明石に使者を派遣します。その使いが急いで帰って来て、「十六日になむ。女にて、たひらかにものしたまふ」と、明石の君が女の子を出産したと報告します。
 源氏は「珍しい様子でまでもあるなぁ」と感想を漏らすのですが、何が珍しいのかというと、まず第一に安産というのがこの時代では非常に珍しいんですね。添加の副助詞「さへ」があって、安産に加えて女の子が生まれたわけです。「やったぁ」みたいなものなんですよ。だって摂関家にとって待望の女の子を手に入れられたわけですから。
 ですが先ほど触れたように、冷泉帝は源氏の子です。明石の姫君も源氏の子です。 異母兄妹です。二人の結婚は絶対許されないタブーです。ところが、紫式部はまた宿曜の占いという謎を読者に提示するわけです。先の引用文に直接続いて、次のように語られます。

 宿曜に、「御子三人、帝、后かならず並びて生まれたまふべし。中の劣りは、太政大臣にて位を極むべし」と、勘へ申したりしこと、さしてかなふなめり。(3-17)

 この宿曜の占いは、「勘へ申したりしこと」と過去の助動詞「き」の連体形を使っていて、明石の姫君が生まれるよりもずっと以前に占っていたわけですが、それを源氏は思い出します。「源氏には子供が三人生まれる。男の子は天皇になって、女の子は皇后になる。真ん中の劣っている子が太政大臣で、人臣として最高位に就くだろう」。今現在源氏には子が三人います。藤壺との秘密の子は、冷泉帝として即位しました。葵の上が産んだ夕霧が太政大臣に将来なるのでしょう。生まれたばかりの赤ん坊の女の子は、冷泉帝の中宮というわけにはいかないけれども、いずれ他の帝の中宮になるはずだと源氏は考えるわけです。
 「須磨、明石の流離を通して、藤壺との不義密通の罪の禊(みそぎ)は済んだ。自分も藤壺も死と再生を果たした。その結果として、息子の冷泉帝は、晴れて即位することができた。しかも、その須磨、明石の流離を通じて授かった明石の姫君は将来中宮になるのだろう。完全に、自分の死と再生は完成された」、そう源氏は思っているわけです。

5、源氏、紫の上に姫君誕生を打ち明ける

 このような政治的な話が「澪標」にはたくさん出て来ます。しかし、源氏は一つ大切なことを忘れているわけですよ。源氏と藤壺にとっての須磨流離は、冷泉帝の即位で完結する死と再生の物語であったので、めでたし、めでたしでよいわけです。しかし、源氏と藤壺にとっての死と再生の須磨流離は、紫の上にとっても死と直面する物語であったわけです。しかも、前回の「明石」で源氏の裏切りを知らされた紫の上の心は粉々に砕けてしまいました。そんな源氏の政治的な復活や、将来明石の姫君が中宮になって、源氏が摂関家として栄えることなんか、心が粉々に砕けている紫の上にとってはどうでもいいことなんです。そんな紫の上にさらに追い打ちをかけるのが、源氏が明石の姫君誕生を紫の上に告げる、次の文章です。私は「澪標」巻で一番大事な場面だと思います。

 「この人を、かうまで思ひやり言とふは、なほ思ふやうのはべるぞ。まだきに聞こえば、またひが心得たまふべければ」とのたまひさして、「人がらのをかしかりしも、所からにや、めづらしうおぼえきかし」など語りきこえたまふ。あはれなりし夕の煙、言ひしことなど、まほならねど、その夜の容貌ほの見し、琴の音のなまめきたりしも、すべて御心とまれるさまにのたまひ出づるにも、われはまたなくこそ悲しと思ひ嘆きしか、すさびにても、心を分けたまひけむよ、と、ただならず思ひ続けたまひて、「われはわれ」と、うちそむきながめて、「あはれなりし世のありさま」と、独言のやうにうち嘆きて、

  思ふどち なびくかたには あらずとも われぞ煙に 先立ちなまし(3-23~24)

 源氏は明石の姫君が生まれたことを、紫の上に「実は」と語るんですね。「この明石の君のことをこうまで心にかけて見舞ってやるのは、実は考えるところがあるのですよ。 でも今からそれを申し上げれば、また妙なふうにお取りになりそうですから」と、源氏はあいまいに語らざるを得ません。実は生まれた女の子は将来皇后になると私はそう信じている、だからこんなに大切にしてるんだと、ほんとうは言いたいんだけど、未来はどうなるかはわからないから、はっきりは言えないんですね。
 しみじみと胸に迫った夕方の塩焼煙や明石の君が詠んだ和歌など、明石で過ごしたことを源氏は紫の上に全部正直に語るんですね。そして明石の君の顔をちらっと見たとか、琴が非常に上手なんだよとか、そういうことを源氏はすべて紫の上に語ってしまうんです。
 須磨、明石で離れ離れの間中、あんなにも源氏を信じ切っていた紫の上に、源氏はこんなデリカシーのないことを言ってしまうわけです。では、そう言われた紫の上はどう思うのかというと、「あなたと別れていた須磨、明石の間、私はもう心の底から悲しいと思って嘆いていた。けれど、どんなに遠く離れていても、あなたと私はあれほど心がぴったり一致していると思っていたのに、あなたは出来心にしても他の女に心を分けていたとはね……」。こんな思いとも言えない思いが、紫の上の空っぽの魂の中をぐるぐる巡ります。紫の上の魂は、もう源氏の魂とはつながり合ってはいないということを直感するのだと思います。
 紫の上は源氏の須磨流離中、常に死に呑み込まれる寸前でした。なんとか生き続けることができたのは、源氏と魂と魂、面影と面影でつながり合っていると信じることができたからでした。それは言葉や理屈を超えた、魂と魂の「もののあはれ」でのつながりだったのです。それが、ものの見事に裏切られたわけです。いや、裏切りなどという言葉では表し切れない、それこそ世界全体が真っ黒の墨で塗りつぶされるような、暗黒の虚空が紫の上の空っぽの魂に拡がってしまったのです。
 そういう暗黒の虚空が拡がる魂の奥底から、無意識の声が漏れ出ます。「われはわれ」と。これは、「君は君我は我とて隔てねば心々にあらむものかは」という『和泉式部日記』の歌を引いています。「あなたはあなた、私は私というように分け隔てをしているわけではありませんので、それぞれの心が別の方向を向いているなんてことがありましょうか、いやそんなことはありません」ぐらいの意味で、和泉式部は恋する帥の宮との一心同体の気持ちをこの歌に詠み込んでいます。ところが、それを紫の上は源氏に向かって真逆の意味に使っています。
 今、源氏と紫の上の心は、帥の宮と一心同体の和泉式部とは真逆で、お互いの魂が完全に断絶してしまったというのです。「われはわれ」と「君は君」というのは、究極の対句表現ですよね。「帚木=空蟬」が詠んだ和歌、「あるにもあらず消ゆる帚木」の「あるにもあらず」に匹敵する対句表現です。この世の社会を構成する一番の基本要素である私とあなたの信頼関係、魂と魂でつながり合っていると信じていた信頼関係が、今、この瞬間に、私の道とあなたの道に明確に分離したと紫の上は言うのです。
 それは、「桐壺」巻の桐壺更衣が生と死の道に峻別される瞬間に、「限りとて別るる道の悲しきにいかまほしきは命なりけり」(1-16)と、魂の底から詠んだのとまったく同じことなのだと思います。生と死が決して交わることがない究極の対極であるように、私とあなたはけっして交わることのない対極の道をこれからは歩いてゆくのだと、そんな思いとも言えない思いが空っぽの紫の上の魂に浮かび上がってくるのです。
 さらに、紫の上の口から「あはれなりし世のありさま」という独り言が漏れ出ます。これも「し」が過去の助動詞「き」の連体形ですね。源氏と魂の底からしみじみと通じ合っていたのは、もはや過去なんですね。これも何度でも言いますけど、ここの「世」は男女の仲、夫婦の仲という意味です。あなたと魂の底からつながり合っている夫婦だったのは、須磨、明石の遠い過去だみたいなことを、紫の上はここで嘆いてるわけです。そういう「世」と決別するわけですから、これは「世を捨つ」と同じで、紫の上は光源氏との男女の仲を完全に諦めているわけです。この当時、女性は一人では生きていけませんでした。紫の上はこの後も源氏との夫婦生活を続けるのですが、この紫の上の空っぽの魂から漏れ出た「われはわれ」というつぶやきは、紫の上の無意識の出家宣言とも見なせるところだと思います。紫の上は晩年になって初めて出家願望を口に出しますが、すでにこの瞬間に出家への願望は萌し始めていたのだと思われます。
 そんな紫の上の空っぽの魂の奥底から、魂そのものが言語化したかのような和歌が溢れ出してきます。「愛し合っている源氏と明石の君の二人が共に魅かれ合っている明石の方に立つ塩焼く煙ではなくても、私は先に火葬の煙になって死んでしまいたい」、だいたいこんな意味の歌ですが、この歌の「われ」も引き歌の「われはわれ」と確実に連動しているでしょう。「君は君」の源氏と明石の君の恋に生きる道と完全に道を別れて、「われはわれ」と私は煙になって先に死んでしまいたい。魂が空っぽになってしまった紫の上にとっては、出家と死とはまったく同じものなのです。
 つまり、紫の上の空っぽの魂の中を、絶望、孤独、出家、死……こんな思いとも言えない思いがはっきりした形にならないままぐるぐるうごめいているのです。今、ここで、紫の上の魂は「いろごのみ」の恋を生きる源氏とともに生きることを諦め、死に呑み込まれ、出家の道へと進もうとしているのです。
 前回の「明石」巻で、紫の上は①明石からの源氏の手紙で、明石の君との結婚を知らされました。この時点で、紫の上の心は粉々に砕け散ってしまいました。②源氏が帰京して再会しても、絵日記は不発に終わりました。この時点で、紫の上の魂は完全に空っぽになってしまいました。③そして、今回、明石の姫君の誕生を知らされて、紫の上の空っぽの魂は暗黒の虚空に完全に覆われてしまったのです。まるで、三段ロケットを切り離すかのように、紫の上は源氏への思いを断ち切り、諦め、分離していったのです。つまり、紫の上の魂はここで完全に死んでしまっているのです。紫の上の空っぽの魂には、ただ暗黒の虚空が拡がっているだけなのです。
 これはけっして大げさなレトリックではありません。紫式部という物語作家は、物語に出てくるキーワード、場面を構造的に連関させて物語を構築していると、これまでにも何度か言ってきましたが、この場面で紫の上の魂が死んでしまったということを証明する場面が、この後の巻に出て来ます。ぜひこの場面のキーワード「われはわれ」を記憶に残して置いてください。
 光源氏は一番大事な人の心を踏みにじりました。これは人として絶対にやってはいけないことですね。愛する妻に、死んでしまいたいと歌われます。源氏はどんな言葉で、妻を死から救い上げるのでしょうか?

 「何とか。心憂や。

  誰れにより 世をうみやまに 行きめぐり 絶えぬ涙に 浮き沈む身ぞ

 いでや、いかでか見えたてまつらむ。命こそかなひがたかべいものなめれ。はかなきことにて人に心おかれじと思ふも、ただ一つゆゑぞや」とて、箏の御琴引き寄せて、掻き合せすさびたまひて、そそのかしきこえたまへど、かのすぐれたりけむもねたきにや、手も触れたまはず。(3-24)

 源氏は、「なんとおっしゃる。情けないこと」と言って、こんな歌を詠みます。「うみやま」に「海山」と「憂し」の「う」が掛かっています。「一体誰のために、世の中を運命的につらいと思って、海と山の須磨、明石までさすらって、止まらない涙に浮いたり沈んだりした私の身ですか」ぐらいの意味ですが、要するに、私は須磨、明石まで行って、死に直面したのは、すべて紫の上、あなたのためなんですよ、と源氏は必死に言うわけです。
 しかし、読者である私たちは、源氏の噓に気づいているわけですよね。私たちは「須磨」巻で藤壺に別れを告げる時に、「あなたとの密通で冷泉帝が生まれたから、私は須磨へ行かなければいけない」と和歌で詠んだことを知っているわけですよ。それから「明石」で暴風雨から抜け出して助かった時に、「私は死からよみがえりました」と真っ先に手紙を送った相手が藤壺だったということも知っています。ですから、源氏が須磨流離で死ぬ思いをしたのは、すべて藤壺のためだということです。紫の上のためだというのは噓なんです。
 つまり、最愛の妻紫の上が生涯で一番絶望していて、生きるか死ぬかの瀬戸際にいる時に、源氏は魂の底からの誠実な言葉を一つもかけられないわけなんです。このふたりの魂のずれは決定的だと思います。さらに源氏は言葉を連ねて、「ただ一つゆえぞや」と、あなた一人のために私は須磨流離で死に直面したんですよと繰り返します。でも、紫の上にはまったく響かないので、源氏が機嫌を直して琴でも弾いてくださいと勧めても、紫の上は完全に拒絶するわけですね。この拒絶というのは、もう源氏そのものを拒絶する、そういう場面なんです。光源氏と紫の上の人生は、「われはわれ」、「君は君」と完全にここで隔絶しているのです。
 そのように源氏を完全に拒絶している紫の上を、源氏はどう見ているか。「いとおほどかにうつくしう、たをやぎたまへるものから、さすがに執念きところつきて、もの怨じしたまへるが、なかなか愛敬づきて腹立ちなしたまふを、をかしう見どころありとおぼす」(3ー24~25)と語られています。「明石」巻のラストで、紫の上が明石の君の存在を知らされて、「身をば思はず」とつぶやいた時と物語の構造上完全に連動して、ここでも源氏は魂の底からの「あはれ」ではなく、正反対の知的な「をかし」でしか紫の上を見ることができません。源氏だけは気づいていませんが、二人の隔絶は決定的なのです。
 ですから、源氏は明石から戻ってきて、内大臣になって政権を確立して、もう死からの再生を完全に遂げているんですけど、一方の紫の上の死と再生はまったく実現はしていないどころか、心は粉々に砕け散って空っぽになった魂は暗黒の虚空に覆われてしまった、そういうふうに読まないといけない場面なのだと思うんです。この瞬間に、光源氏は宇宙でたった二人きりの魂の双子の片割れを、永遠に喪いつつあるのです。「澪標」巻とは、源氏の「政治的な再生」の裏側で進行する、紫の上の「進行中の魂の死」を描いた巻だったのです。
  これまでにも何度も触れたように、「朝顔」巻で変貌するまでの、「須磨」、「明石」、「澪標」巻を含めた紫の上の前半生は、ただ物語の女主人公としての型通りの理想的な人生を生かされているだけで、葛藤するような内面はまるで描かれないというのが通説になっていました。しかし、「朝顔」巻を待つまでもなく、紫の上の空っぽの魂は暗黒の虚空に覆われてしまっています。この時点で紫の上の魂は死に一層近づいているのです。実際の紫の上は、この後死ぬまで魂の抜け殻のような空っぽの人生を『源氏物語』という虚構世界を維持するために生かされてゆきます。「われはわれ」は、そのような空っぽの人生を生かされて行く紫の上の意気地の現われなのではないでしょうか?

6、源氏と明石の君、和歌贈答

 光源氏は帰京した翌年の秋に住吉神社にお礼参りに行きます。自分が復活できたのは住吉の神様のおかげなんですね。暴風雨の時に源氏は、「この辺りを支配している神様、住吉の神よ、本当に神としての力を持っているのだったら、私を救ってくれ」と祈ったら、桐壺院の霊が出てきて、明石へ行くことになり、結果帰京できたわけです。そのお礼のために住吉神社を参拝します。
 一方の明石入道に「源氏を救え」と夢のお告げで知らせてくれたのも住吉神社の神様でした。明石一族は長年住吉神社を信仰していて、毎年住吉神社へ参拝しているんですね。それで源氏が住吉にやって来ると、ちょうどその日に、明石から船に乗って明石の君が来るわけなんです。「あれ、にぎやかね」と明石の君が見て、「あれは一体何なの? 」と聞くと、様子を見に行った家来が、あれは源氏一行の大行列で、牛車を連ねて住吉神社へ参拝に来ていると報告します。住吉神社に総理大臣が高級車を連ねて来るみたいなものなんですね。田舎者の明石の君は完全に気後れしてしまって、夫の源氏が目の前に来てるのに、会わないで明石へ引き返してしまいます。それを源氏は後で家来から聞きます。

 かの明石の舟、この響きにおされて過ぎぬることも聞こゆれば、知らざりけるよと、あはれにおぼす。神の御しるべをおぼし出づるも、おろかならねば、いささかなる消息をだにして心なぐさめばや、なかなかに思ふらむかし、とおぼす。御社立ちたまひて、所々に逍遥を尽くしたまふ。難波の御祓へなど、ことによそほしうつかうまつる。堀江のわたりを御覧じて、「今はた同じ難波なる」と、御心にもあらでうち誦じたまへるを、御車のもと近き惟光、うけたまはりやしつらむ、さる召しもやと、例にならひて懐にまうけたる柄(つか)短き筆など、御車とどむる所にてたてまつれり。をかしとおぼして、畳紙に、

  みをつくし 恋ふるしるしに ここまでも めぐり逢ひける えには深しな

とて、たまへれば、かしこの心知れる下人してやりけり。駒並めてうち過ぎたまふにも心のみ動くに、露ばかりなれど、いとあはれにかたじけなくおぼえて、うち泣きぬ。

  数ならで なにはのことも かひなきに などみをつくし 思ひそめけむ(3-36~37)

 源氏はですね、明石の君の乗った船が源氏の威勢に押されて引き返したと報告を受けて、「 ああ、気づかなかったよ」と魂の底から気の毒に思って、住吉の神のお導きを思い出されることも一通りではないので、せめてささやかな手紙だけでも送って明石の君の心を慰めたいと、和歌を詠みます。
 この歌が「澪標」という巻の名前にもなった重要な歌なんですけど、「澪標」というのは何かというと、「水脈(みお)つ串」のことなんです。「水脈」は水路、航路のことです。「つ」は「天つ風」とか「沖つ風」の例がありますが、天の風、沖の風という意味で、「つ」は「の」という意味の古い助詞です。船が港に入ろうとする時、木の串が目印として海の中に立っているんですね。「道標」と書いて「道しるべ」と読みますが、「澪標」は「水のしるべ」なんです。これが住吉の浦の有名な景物なんです。それと「身を尽くす」という、全身全霊で恋するという意味が掛詞になっています。「えに」は「えにし」のことで縁という意味で、「江に」との掛詞にもなっています。「住吉の澪標ではないけれども、全身全霊を尽くしてあなたのことを恋しているしるしに、ここ住吉の江でも巡り会いてる私たち二人の縁は本当に深いことですね」ぐらいの意味の歌です。
 ă€€ă“ăŽćşć°ăŽć˜ŽçŸłăŽĺ›ă¸ăŽć­ŒăŻă€ĺ…¨čşŤĺ…¨éœŠăŽć„›ăŽčŽƒć­ŒăŞă‚“ă§ă™ă‚ˆă€‚ă€Œč‹Ľç´Ťă€ĺˇťăŽĺŻ†é€šĺ ´é˘ă§č—¤ĺŁşăŤčŠ ă‚“ă ă€ŒčŚ‹ăŚă‚‚ăžăŸé€˘ăľĺ¤œăžă‚ŒăŞă‚‹ĺ¤˘ăŽă†ăĄăŤă‚„ăŒăŚăžăŽă‚‹ă‚‹ă‚ăŒčşŤă¨ă‚‚ăŒăŞă€ďźˆ1-213)、「須磨」巻で須磨へ行く直前に紫の上に詠んだ「身はかくてさすらへぬとも君があたり去らぬ鏡の影は離れじ」(2-212)と共に、光源氏の恋歌の中でもベスト・ソングと言ってもよいと思います。ですから、紫式部はわざと源氏にこういう歌を明石の君に対して詠ませるのでしょうが、本当ならこの歌こそ紫の上に詠むべきなんです。そうでなければ源氏と紫の上の魂はつながらないのです。それなのに、そんな思いはぜんぜん紫の上には伝えられないで、明石の君には全身全霊で愛を歌っているわけなんですね。
 それに対して明石の君はどのような返歌をしているか?明石の君という人は歌も上手いし、琴も上手く、とても教養があって、賢い女性なんですが、それ以上に彼女を特徴づける点が、私は数にも入らない身分が低い女だという謙遜意識をずっと一生貫くことなのです。謙遜し続けるから、源氏にずっと愛されるんですね。
 「なには」は住吉神社がある難波、「かひなき」は効果がないの「甲斐なき」と「貝なき」の掛詞。「など」は「どうして」という意味の疑問です。「もう私なんか物の数にも入らない身で、あなたと恋をしても何の甲斐もないとわかっておりますのに、どうして私も全身全霊であなたのことを思い始めてしまったのだろうか」ぐらいの意味です。明石の君は、一見源氏と恋に落ちたことを後悔しているように歌ってるんですけれども、その実、あなたがこんなに全身全霊で愛してくれるように、私もあなたのことを全身全霊で好きになってしまったわ、と源氏に共感し、すっかり魂を取り込まれてしまったことを素直に歌っています。つまり、源氏と明石の君は、和歌で「みをつくし」という言葉を共有し合うことによって、全身全霊で愛し合っているということを伝え合ってるわけですね。
 ですから、源氏はこの「みをつくし」の歌こそを紫の上に伝えなければいけないんです。それなのに源氏は明石の君にはこんなに全身全霊で愛を伝えられるのに、紫の上には伝えられないのです。というより、須磨流離という藤壺関係の死と再生の物語が完結した瞬間に、本来、当然紫の上へと向けられるはずの究極の愛を、紫式部はわざと明石の君へとシフトするわけです。源氏と紫の上の恋を、めでたし、めでたしで完結させないために。紫の上は物語の虚構世界の中でどんどん孤独、絶望に塗りこめられてゆきます。

7、御代替わり=斎宮交代、六条御息所の死

 「澪標」巻の冒頭では御代替わりが描かれましたが、御代替わりすると伊勢神宮の神様に仕える斎宮も交代します。六条御息所の娘の斎宮が帰京するのに伴って、六条御息所もついに都へ帰って来ます。

 まことや、かの斎宮もかはりたまひにしかば、御息所上りたまひてのち、かはらぬさまに何ごともとぶらひきこえたまふことは、ありがたきまで情を尽くしたまへど、昔だにつれなかりし御心ばへの、なかなかならむ名残は見じと、思ひ放ちたまへれば、わたりたまひなどすることはことになし。あながちに動かしきこえたまひても、わが心ながら知りがたく、とかくかかづらはむ御ありきなども、所狭うおぼしなりにたれば、強ひたるさまにもおはせず。斎宮をぞ、いかにねびなりたまひぬらむと、ゆかしう思ひきこえたまふ。(3-39) 

 でも、正妻葵の上が六条御息所の生霊に取り殺されたことを源氏はけっして忘れませんから、御息所を訪ねる気にはなれないんですね。 だけど娘の斎宮はさぞ大人になって綺麗になっただろうというふうに成長が気になります。将来の美しさを想像できる力こそが「いろごのみ」の特色でしたよね。覚えていますか?ここも同じです。

 なほかの六条の旧宮をいとよく修理しつくろひたりければ、みやびかにて住みたまひけり。よしづきたまへること旧りがたくて、よき女房など多く、好いたる人のつどひ所にて、ものさびしきやうなれど、心やれるさまにて経たまふほどに、にはかに重くわづらひたまひて、もののいと心細くおぼされければ、罪深き所に年経つるも、いみじうおぼして、尼になりたまひぬ。(3-39~40)

 六条御息所は昔住んでいた六条の邸宅を修理して優雅に暮らしています。ところが急に重病になって出家してしまうんですね。この展開はなんかちょっと取って付けたような感じを受けますよね。それでも、出家は世を捨てることで、もう二度と会えなくなりますから、さすがに源氏は最後に会いに行くわけです。それで、会いに行くと、御息所は病気が重いですから、源氏に遺言するんですね。自分の死後、一人残される娘の斎宮の面倒を源氏に託すわけです。ただ最後に一言、釘を刺します。「面倒を見てほしいんだけど、分かってるわね。娘に手を出したら、ただじゃおかないから」と。源氏は「いろごのみ」で、娘のことが気になっていることを御息所は十分に察知していて、遺言するんですね。
 さすがに源氏も生霊事件を目の当たりにしていますからね、遺言を破ったらどうなるかは考えるわけです。娘として養育することを源氏は約束します。「七八日ありて失せたまひにけり」(3-43)と、源氏に会って七日か八日後に六条御息所はあっけなく死んでしまいます。

8、六条御息所の娘、入内準備

 伊勢から帰京し、病気になって、出家し、亡くなる、この六条御息所の身に襲いかかる急展開は、いくらなんでも異常でしょう。あまりにもとってつけたような印象を受けます。なぜ紫式部は、これほどまでに急ごしらえで六条御息所を物語から退場させたのでしょうか?それは、次の文章を読めば、わかります。

 下りたまひしほどより、なほあらずおぼしたりしを、今は心にかけてともかくも聞こえ寄りぬべきぞかしとおぼすには、例の、引き返し、いとほしくこそ。故御息所の、いとうしろめたげに心おきたまひしを、ことわりなれど、世の中の人もさやうに思ひ寄りぬべきことなるを、引き違へ心清くてあつかひきこえむ、上の今すこしものおぼし知る齢にならせたまひなば、内裏住みせさせたてまつりて、さうざうしきに、かしづきぐさにこそ、とおぼしなる。(3-45~46)

 六条御息所の遺言を受けて、源氏は御息所の残した娘を冷泉帝に入内させようと考えます。六条御息所の娘は源氏の養女になるのですが、血がつながっていませんから、実際には源氏の息子である冷泉帝と結婚しても、血縁的なタブーは生じないわけです。
 最初に「澪標」巻は「桐壺」巻の再来だということを言ったのですが、ここで摂関家としての光源氏は天皇の孫で、元皇太子の姫君という宝を養女として手に入れたわけです。権中納言の娘が一気に愛されるというわけにはいかなくなるわけです。源氏の養女の斎宮が入内して、権中納言の娘と天皇の寵愛を競う状況が生まれるわけですね。「桐壺」巻頭の状況が再来することになるんです。
 その「桐壺」巻再来のドロドロの争いは、次の次の「絵合」巻で描かれます。斎宮と権中納言の娘が絵を見せ合って、どちらが冷泉帝の愛を勝ち取るかというような物語になっていくわけなんですが、そもそも斎宮が源氏の養女として入内するためには、六条御息所を物語から退場させるしかなかったというわけなんです。結構強引なご都合主義だと思われるかもしれませんが、それは逆に言えば、紫式部の頭の中には、どのように自分の頭の中にある物語を実現するかという、物語の構造的な連関しかないということをはっきり示しているのだと思われます。

         


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