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解離性同一性障害。生活相談支援員さんが自宅に来て、解離した日。


こんばんは、ゆうです。

このnoteでは、毒親の虐待から生き延びた私が、双極性障害や解離性障害などの後遺症を抱えながら、それでも「回復」を積み重ねる日々を記録しています。

今日は、昨日の振り返りと、初めて生活相談支援員さんが、初めて家に来てくれた日のことを、大切な記録として残しておこうと思います。


昨日の振り返り

改めまして、昨日の「生きていて良かったを取り戻したい」と、人生初のチャレンジに、いいねやコメントをくださった皆さま本当にありがとうございました!

投稿するまでは葛藤が強く出ていました。

でも、「回復を諦めないぞ」「一人で抱えるのは卒業するぞ」という強い気持ちで投稿できたからでしょうか。

翌朝(今日)は、久しぶりに比較的前向きな
気持ちで目が覚めて、嬉しかったです。

貴重なチャレンジをさせて頂き
本当に有難うございました。


生活支援員さんが来た日。やっぱり私は解離した

しかし今日は、
さらなる一大イベントが待ち受けていました。

実は、この日は、

訪問介護の利用に向けて、

生活相談支援員さんが、
初回面談のために、家に来てくれる日
だったのです。


▼こちらの続きです。


支援員さんの到着時間が近づくにつれ、
ものすごく緊張が強くなっていきました。

覚悟を決めたつもりでも、

「解離して、『出てけ!』という人格が出てきたらどうしよう」

と不安になっていました。

その緊張や不安を和らげるため、

今日も友人が同席してくれるのが希望でした。



予定通り友人は、余裕を持って30分前に来てくれました。


少し、ほっとしました。


私は、訪問介護の利用にあたり、配慮してほしいことを友人に伝えました。



私は、布団に横になって体力を温存しながら、

支援員さんの到着を待ちました。

まもなくして、
ピンポーンと、チャイムが鳴りました。


到着予定時刻より、7分くらい早くて、
体がすごく緊張したのを覚えています。


怖がる私を見て、友人が代わりに出迎えてくれました。



すると、玄関から優しそうな女性の声が聞こえました。

「スリッパありますか?」

そんなやり取りをしている友人の声が聞こえました。


私のいる部屋に、入ってくる気配を感じました。


その時です。


自分の意思とは裏腹に、


布団をガバッとかぶって、

身を隠している私がいました。



頭では、起き上がって挨拶をしたいと思っている。

でも、そうはならない。

自分でも驚くほど、怯えていました。

もっと普通にしたいのに、

体と心がバラバラになって、

体が言うことを聞かなくなっていました。



息がしづらい
のと同時に、
動悸も強くなっていきました。

いつもの100倍くらい、

心臓の音が大きく聞こえてくるようでした。



それでも、なんとか
「こんにちは」と口を開こうとした瞬間。


私は解離してしまいました。

この解離とは、自分の意思とは裏腹に、人格交代が起きてしまうことです。


気が付いたときには、支援員さんはもう帰られていました。

友人は、

「おかえり」「無事終わったよ」

と声をかけてくれました。


そして、私が部屋を見回すと、

うつ状態で掃除やゴミ捨てができず、

異臭を放ってしまっていたバルコニーやキッチンも、

すっかりキレイになっていました。


どうやら、支援員さんが帰った後、
友人と解離した私(交代人格)が掃除をしてくれたようです。



私は、友人に「ごめんね」「ありがとう」を伝えるとともに、


「まただ…」

と、情けなさや無力感が襲ってきました。

自分のやるべきことを失ったような、
ぽっかりと、心に穴があいたような感覚もありました。



唯一の救いは、ストレスで、
解離することが予想できていたことです。


解決策として、私はAIと壁打ちしながら、
生活状況をまとめたPDFを事前に作っていました。


そして友人に、

「もし私が解離しても、
 支援員さんにこのPDFデータを渡してほしい」

そう伝えていました。


おかげで、友人が事業所とLINEでつながり、

データを渡してくれたようです。

本当に、助かりました。


しかし、ほっとしたのも束の間、

どっと息苦しさがやってきました。

出来ることはしたはずなのに、

責める必要はどこにもないはずなのに、


「死にたい。」

そんな言葉が、心の奥から静かに浮かんできました。

私は、また頭から布団をかぶって、

泣きたい気持ちを堪えました




次回予告

なぜ、私は解離したのでしょう。

「怖かったから」
「対人恐怖があるから」

といえば、シンプルかもしれません。


しかし、この記事を書きながら、

やはり「父親からの性的虐待」という
深い傷が関わっていたことに改めて気づきました。


でも、その気づきは、
私にとって回復への大きな一歩でもありました。


その理由は、次回の記事でできるかぎり、書いてみようと思います。


(投稿予想:3日以内)


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
いつもいいねやコメント、本当に励みになっています。
ゆうでした。

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