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宝石店レガシー日本編⑥ターコイズ

​虚飾の聖像、碧落の染料(ターコイズ)

​「なあヨーキ、日本の『おもてなし』ってのは、観光客に偽物を掴ませることなのかい?」

​皮肉を帯びた大きな声と共に『Legacy』の格子戸を開けたのは、仕立ての良いリネンシャツを着た、恰幅の良いアメリカ人旅行者だった。彼の名はロバート。世界中のオリエンタル・アンティークを買い集めているコレクターだ。

​カウンターに座るなり、彼がカバンから厳重に包まれた木箱を取り出し、中から一体の仏像を取り出した。


高さ15センチほどの、見事な彫刻が施された青緑色の仏像。

​「さっき祇園の骨董店で、大金を叩いて買ったんだ。『19世紀のアメリカ産最高級天然トルコ石ターコイズを使った、極上の仏像だ』ってな。だが、ホテルに戻る途中でどうにも色の不自然さが気になってね。珠数屋上がりの凄い目利きがいると聞いて、ここに飛び込んだのさ」

​ロバートは悔しそうに眉をひそめた。

​ヨーキは目の前に置かれた仏像を一瞥した。ターコイズ。これほど世界中で「嘘」と「処理」が横行している石もない。

​「ロバート、ちょっと前に手作りバザール帰りの客が来てな。安価なアソートの箱に『ハウライトターコイズ』って名前の、水色に染められた偽物が入ってたって笑い話があったんだ。だが、その偽物の正体はハウライトですらない。本物のハウライトは水に弱くてボロボロ崩れるから、染色に耐えられる『菱苦土石マグネサイト』っていう別の白い石を青く染めたものだった。……つまり、市場は『偽物の偽物』で溢れ返ってるってことさ」

​俺はルーペを覗き、ロバートの仏像の細部をじっくりと観察した。

​「それに比べりゃ、あんたのこの仏像はまだマシだ。だが……骨董店のオヤジの言葉には、三つ嘘がある」

​ロバートが息を呑んだ。「……聞かせてくれ」

​「まず、こいつは19世紀の骨董じゃない、現代の彫刻だ。そして、アメリカ産のブルー・ターコイズでもない。正体は、ここ最近市場を席巻している『中国産のグリーンターコイズ』だ。本来はもっと青色が強い石さ」

​「グリーンターコイズ!? なぜこんなに青いんだ?」

​「それが三つ目の嘘……強烈な『青色樹脂の含浸処理スタビライズド』だ」

俺はペンライトの光を仏像の底面に当て、わずかな光沢の歪みを指し示した。

​「現代のターコイズはな、天然のままだと脆すぎて彫刻はおろか加工すらできないのが大半だ。だから樹脂を染み込ませて固める。こいつは中国産の緑っぽい原石に、これでもかってくらい青いプラスチック樹脂を深く含浸させて、無理やりアメリカ産のようなスカイブルーに偽装したのさ。石の粉を固めた『練りや圧縮ターコイズ』のチープな人工石じゃねえが、完全な天然未処理のブルーを期待したなら、あんたは騙されたよ」

​ロバートはがっくりと肩を落とし、仏像を見つめた。「やはり、ただのプラスチック塗れのゴミだったか……」

​「いや、そう切り捨てるのはまだ早い」

俺はルーペを置き、仏像の見事な螺髪らはつのカーブを指でなぞった。

​「ベースになっているのは間違いなく、大地の奥底で何万年もかけて育った本物の中国産ターコイズだ。そして何より、この彫刻の技術を見な。中国の腕利きの職人が、樹脂で硬度を補強されたこの石の特性を完璧に理解して、一太刀の狂いもなく仏の慈悲深い表情を彫り出している。骨董としての価値はなくても、この緻密な彫刻と、緑と青が織りなす独特のグラデーションは芸術として一級品だ。石の偽装に目を奪われて、職人の『仕立ての技』まで偽物だと決めつけるなよ」

​ロバートはしばらく呆然と仏像を見つめていたが、やがて、フッと自嘲気味に笑った。

​「……ハハ、参ったな。私は石の『肩書き』を買おうとしていたわけか。ヨーキ、君の言う通りだ。この彫刻の美しさに惚れて買った衝動は、決して偽物じゃない。この仏は、私のコレクションとして大切に飾るよ」

​晴れやかな顔に戻ったロバートは、仏像を丁寧に木箱に収め、俺に固い握手を交わして店を出て行った。

​彼を見送った、その瞬間だった。

​ゴオオ……と、地鳴りのような重厚な地響きが、店内の奥から響いた。

​壁に掛けられた胸当てのベース。

五つ目のマスのさらに隣、六つ目のマスが、ロバートの仏像が残していった、天然と人工、青と緑の境界線にあるターコイズの「変容の波動」と強烈に共鳴を始めたのだ。

​緑、漆黒、黄金、究極の黒、グレー。

その隣に、今度は荒々しい大地の網目を内包した、鮮やかで、しかしどこか複雑な「青緑(ターコイズブルー)」の光が満ちていく。

マグネサイトのような完全な模造品ではない。かと言って、完全な無処理でもない。人間の欺瞞、樹脂の浸透、そしてそれを芸術へと昇華させた職人の執念。その全てを吸い込んだ六つ目のマスに、完璧なターコイズの秩序が嵌まり込んで覚醒した。

​俺は六つの光を放つ胸当てを見上げ、髪をかきあげた。

​「偽物と本物の境界線、か。……エレアザルさん、あんたの遺したこの胸当ては、人間の業までエネルギーに変えちまうらしいな」

​格子戸の向こう、京都の街に夜の静寂が訪れる。

変容の青緑を宿した胸当ては、さらに怪しく、深く、その輝きを増していた。

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