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倜蛟の矎孊ラノェルのピアノ曲に寄せお

神話䞖界のような茝かしい倪陜の光にあふれた、生呜力䞀杯の矎しさは

叀兞的な矎しさ

ず呌ばれたす。

偏ったマニアックな矎しさではなく、生きるこずは玠晎らしいず思わせおくれるような矎しさ。

それが調和ある造圢を重んじる叀兞矎。

ルネサンス時代には、そんな叀代ギリシア・ロヌマの明るい文化を理想ずしお、生きる喜びが䞖界ず調和しおいる䞖界を最も矎しいものず芋做したした。

音楜の䞖界では、叀兞的調和が最も重んじられた䞖玀の音楜は「叀兞䞻矩音楜」ず呌ばれたした。

キアロスクヌロ明暗察比が信条のバロック時代の音楜も、広矩では、叀兞的です。

けれども、調和的ではない、特定の偏った感情を《矎しい》ず思うこずもたた、わたしたち人間です。

䞖玀人は、光のない倜を恐ろしいもの、ずみなしお、䞖玀音楜が倜を衚珟するずき、幜鬌が飛び亀うような情景が衚珟されたした。

日本の平安時代の癟鬌倜行、魑魅魍魎の䞖界です。

けれども、産業文明で恐ろしい倜が次第に明るくなるず、䞖玀人はほの暗い倜を矎しいずさえ思うようになりたす。

ノクタヌンの䞖界ですね。
たくさんの蠟燭が灯されおいた䞖玀の倜䌚のためのセレナヌデやナハトムゞヌクず、暗い䞖界の情緒を楜しむ䞖玀のノクタヌンは別䞖界の音楜です。

わたしたちが《暗い闇の䞖界》を矎しいず思うこずがあるのは、《暗さ》もたた、わたしたちの䞀郚だから。

倜の闇の深さは、人間の心の暗さや寂しさや深さそのものだずいう感芚は、ロマンティックな心情です。

倭折した日本絵画の倧倩才、速氎埡舟は、そんな倜の䞖界の矎しさを、倜の闇に茝く炎の光に惹かれお、炎に飛び蟌んで焌かれおしたう倜蛟の舞ずしお描き出したした。

東京・山皮矎術通蔵

重芁文化財に指定されおいる「炎舞」です。

倧正幎、幎の䜜品。

子䟛のころ、郵䟿切手の図柄ずしお出䌚っお以来、この絵画は自分にずっおずおも倧事な絵画であり続けおいたす。

こういう倜の䞖界の矎しさは劖艶な矎しさ、砎滅的な矎しさかもしれたせんが、わたしたちもたた、い぀かは死んでしたうため、このような矎しさに惹かれおしたう、共感しおしたう時もある。

滅びるものに物思いを銳せお、それを矎しいず思う。
これもたた人間らしさです。

䞖玀末から䞖玀初頭の芞術家は、このように滅びお行くものに特に惹かれた人たちでした。

象城䞻矩ず呌ばれた颚朮です。

象城䞻矩の䞖界

写実䞻矩や自然䞻矩が「芋える䞖界」を描こうずしたのに察し、象城䞻矩は

  • 倢

  • 神話

  • æ­»

  • ゚ロス

  • 宗教

  • 無意識

  • 神秘

  • 音楜性

ずいった、蚀葉や写実では衚珟できない「内面の真実」を象城シンボルによっお衚そうずしたした。

ワヌグナヌ、ショヌペンハりアヌ、神秘思想、ギリシア神話などから匷い圱響を受けおいたす。

画家ならば

  • ギュスタヌノ・モロヌ

  • オディロン・ルドン

  • アルノルト・ベックリン

  • フェルナン・クノップフ

  • グスタフ・クリムトりィヌン分離掟だけれども、䜜颚は象城䞻矩

特にルドンは「倢を芋るための絵」です。

倜蛟が倢の明るい䞖界で矜ばたく
晩幎のルドンは初期の暗い絵を捚おお
こういう倢の䞖界に怪物や倜蛟などを蘇らせたした

文孊では

  • ステファヌ・マラルメ『牧神の午埌』

  • ポヌル・ノェルレヌヌ秋の日のノィオロンの

  • モヌリス・メヌテルリンク『青い鳥』、『ペレアスずメリザンド』

  • オスカヌ・ワむルド思想的には耜矎䞻矩ですが、䜜颚は象城䞻矩

音楜では

  • クロヌド・ドビュッシヌ印象䞻矩ず俗に呌ばれたすが、実際は象城䞻矩

  • アレクサンドル・スクリャヌビン

  • アレクサンドル・ツェムリンスキヌ

ならばラノェルは

フランスの䜜曲家モヌリス・ラノェルは䞀般的には象城䞻矩には含たれたせん。

ラノェルは玔音楜性、぀たり

音響・構築・色圩・粟密さ

に関心がありたした。

文孊を題材ずしおむンスピレヌションを埗おも、文孊を盎接に音楜化したりはしたせん。ドビュッシヌやシュトラりスずは䞀線を画しおいたす。

぀たり

象城䞻矩の䞖界芳を、矎孊ずしお吞収した䜜曲家です。

そのラノェルに、五぀の堎面から受けた勧興を音楜化した『鏡』ずいうピアノ曲集がありたす。

《鏡》の象城䞻矩

《鏡》の五曲は、どれも「物語」ではありたせん。

  • 倜蛟Noctuelles

  • 悲しき鳥Oiseaux tristes

  • 海原の小舟Une barque sur l'océan

  • 道化垫の朝の歌Alborada del gracioso

  • 鐘の谷La vallée des cloches

䞀぀の象城的むメヌゞ、぀たりマラルメの詩ず同じ発想です。

「説明しない。」
「暗瀺する。」

たさに象城䞻矩です。

それぞれ、別々の友人たちに献呈されおいお、圌らのむメヌゞが投圱さえおいお、関連があるずも指摘されたすが、䜜曲家自身が぀けた詩的な衚題は、曲のむメヌゞを端的に蚀い衚しおいたす。

曲の䜜曲はどれも個性的で共通点がないようにも思えたすが、プログラム音楜でも、描写音楜でもなく、象城的であるずいう䞀点で぀ながれおいたす。

暗瀺は、ピアノずいう極めお象城䞻矩的な楜噚を甚いお行われたす。

モダンピアノのために

モダンピアノずいう楜噚は、鍵盀に連動した匊をフェルト付きのハンマヌが叩くこずで音を奏でる楜噚のため、絵画に䟋えるず、点描画的です。

ノァむオリンなどの匊楜噚は匧のような長い線を自然に生み出す楜噚。

ピアノは半音階的な音を现かく均等な音皋で鳎らせたす。
フルヌトやトランペットにはなかなか出来ない芞圓です。

倉化しお行く色圩を描き出すのが埗意なのは、ピアノの音は䞀床攟たれるず挞枛しおゆくばかりだから。

オルガンやハヌプシコヌドには残響がほずんどありたせん。

ピアノの音は次第に消滅しおゆきたす。

たた、匊楜噚や管楜噚のように、同じ音を次第にクレッシェンドされるこずは物理的にできない構造です。

倉化する情景、倉化する心情を音楜にするけれども、倉化は光から闇ずいう沈黙ぞず向かう音ばかり。

だから自分の心の鏡に写った五぀の心象を、ラノェルはピアノずいう、音が垌薄化する音による点描画䜜成楜噚で䜜曲したのです。

曲集『鏡』の䞀曲目は「Noctuelles」。

語感から分かるように、ノクタヌンノクチュルヌず同じ倜の掟生語です。「倜の蛟」を意味するフランス語です。

珟れおは消える。
これがどこたでも繰り返されおゆきたす。

叀兞的な構築性からほど遠い音楜。

生成ず消滅。

これが光に惹かれお近づきすぎお炎に我が身を焊がしお滅びおしたう倜蛟そのもののむメヌゞそのたたです。

《倜蛟》の音楜の䞻䜓は旋埋ではありたせん。

䞻䜓は、

  • 现かいアルペッゞョ

  • 䞀瞬で消える音

  • 巊右に飛び回る音型

  • 半音階の揺れ

  • ペダルによる残響

です。

぀たり、「䜕を匟くか」ではなく、「ピアノがどう鳎るか」が䜜品そのものです。

蛟が飛ぶ軌跡は䞀盎線ではありたせん。

炎の呚囲を

  • 急に近づく

  • 戻る

  • 䞊昇する

  • 萜ちる

ずいう䞍芏則運動をしたす。

倧きな音笊が動きの停止を
现かい音笊が激しい飛翔を衚珟

ピアノは枛衰音なので、䞀぀䞀぀の音が珟れおは消える。

その性質自䜓が蛟の軌跡になりたす。

終結郚
音楜が止たるように静たり返る蛟が宙を挂う
そしお舞い䞊がり、寂しく消えおゆく消滅

サン゜ン・フラン゜ワの挔奏はノンレガヌトで、音をバラバラな粒ずしお炎に焊がれる倜蛟を衚珟しおいるかのよう。

劖艶な䞭間郚分では正反察に残響を響かせお察比を挔出。ナニヌクな挔奏です。

ロゞェの挔奏はもっずペダル効果を有効利甚しおいお、より幻想的かも。

管匊楜化できない音楜

ラノェルは燃え萜ちる倜蛟の舞から受けたむンスピレヌションを、ピアノずいう楜噚を通じお衚珟したしたが、管匊楜化するこずはありたせんでした。

ラノェルは管匊楜の魔術垫ず呌ばれた、音楜史䞊、最も管匊楜法に粟通した䜜曲家の䞀人でした。

䟋えば、管楜噚のメロディの埌ろにノィオラにも党く同じメロディを奏でさせお、誰も聞いたこずがないような音色を生み出したした。

有名なボレロでも、二本のピッコロによる゜ロは、ほかの楜噚の音ずブレンドされおいお、普段のピッコロずは党く別の音が聞こえおきたす。

管匊楜の魔術垫ラノェルは、それたで誰も考えださなかった特異な管匊楜法で䞍思議な音色をオヌケストラの䞭から匕き出したしたが、自分のパレットに誰よりも倚くの色圩を持぀ラノェルは、「倜蛟」をオヌケストラ化したせんでした。

曲集『鏡』の第二曲「悲しき鳥」も実際の鳥を描写した音楜ではありたせん。

姿の芋えない鳥の声だけが象城的に奏でられたす。

どこからずもなく聞こえおくる鳥の声を聎く。
蚀い衚されるのは寂しさばかり、鳥の歌は求愛行動なのに、誰も答えおくれないのです。

鳥の孀独は静寂ずしお衚珟されたす。

䜜曲家の心象颚景でしょう。

第五曲『鐘の谷』も、鐘そのものではなく、䜙韻が描かれたした。

遠くの鐘が谷で反射し、たた静かになる。

ピアノは音が枛衰する楜噚なので、鐘の䜙韻を描くには理想的でした。

第䞉曲「海原の小舟」ず第四曲「道化垫の朝の歌」は非垞に色圩豊かで、䜜曲家の心のむメヌゞはピアノずいう楜噚を超えおいるため、管匊楜線曲版ずしおの方がはるかに有名で、そしお優れおいたす。

䞀方、第䞀曲「倜蛟」、第二曲「寂しい鳥」そしお最埌の「鐘の谷」はオヌケストラ化されるこずはありたせんでした。

攟たれた音が挞枛しおゆくモノトヌンなピアノ音楜ずしお、鏡に投圱された心のむメヌゞずしお完璧だったからです。

珟れおは消えおゆく「倜蛟」をどんなに管匊楜化しおも、原曲の消滅しおゆく音のむメヌゞを衚珟するこずは無理だったこずでしょう。

ピアノずいう楜噚でしか実珟できない、瞬間的なきらめきず枛衰の運動。

それが最も芋事に䜓珟された䜜品が「倜蛟」ずいう曲だず思いたす。

『鏡』ずいう曲集の䞭で、最もラノェル・オリゞナルな感性が生かされおいるのは第䞀曲「倜蛟」ではありたせんか。

ラノェル䜜曲のノクチュルヌずいえるかもしれたせん。

倜想曲ノクチュルヌずしお

ドビュッシヌのノクチュルヌ

印象掟的ず呌ばれる先茩ドビュッシヌは「雲」「祭り」「セむレヌン」ずいう䞉曲構成の管匊楜組曲「ノクチュルヌ」を䜜曲したしたが、ドビュッシヌの䜜曲はたさに印象掟絵画的な「情景」であっお、ラノェルのような心象颚景ではありたせんでした。

寂しい響きは倕暮れのパリのどんよりず曇った空の雲が揺れ動いおいる情景を蚀い衚したす。代衚䜜『海La Mer』がそうであるように、動きが具䜓的に芋事に描写された音楜。

アメリカの画家ゞェヌムズ・りィスラヌ
の
䞀連の倜想曲的な絵画に
觊発されおドビュッシヌは「ノクチュルヌ」を曞きたした
ドビュッシヌの音楜は具象をむメヌゞしお
ラノェルは象城䞻矩的に
抜象的です

ドビュッシヌの音楜のほうがオヌケストラの倚圩な色圩感も盞たっお、倧きな䞖界が広がりたす。

ラノェルのノクチュルヌ

倜蛟はミニマムな䞖界の音です。

「倜蛟」はラノェルの䜜品の䞭では、取り分けお人気曲ずいうわけでもありたせんが、わたしは《ラノェルの倜想曲》ずしお、特に奜んでいたす。

蛟ずいう昆虫は倜行性で芪しみが薄く、穀物を食べるために害虫ずしおの印象が匷いかもしれたせんが、倜になっお掻動する成虫の姿は、倜にだけ珟れる劖艶な女性ず重なっお、ロマン掟の芞術家たちに広く愛されたした。

明るい陜光を济びお舞う蝶は、可憐な少女になぞらえられるほどに優矎かもしれたせんが、存圚自䜓にわたしたちの胞を打぀ような深みに乏しい。

けれども、倜になっお掻動を始める倜蛟は光を求めお飛び回り、光源が炎のようなものである堎合、身を焊がしおも必死に光を求めおしたう。

炎は恋人の象城
倜蛟は恋に滅びる男

この炎に焌かれる、自己砎滅の象城のような倜蛟に魅入られたのが倧正時代から昭和初期に掻躍した速氎埡舟でした。

軜井沢の別荘で、焚火をしお、倕暮れ、炎に惹かれお集たっおくる虫たちをずっず芳察しおスケッチを䞀日䞭描いおいたのだずか。

同時期のフランスのモヌリス・ラノェルず同じ粟神を持っおいた日本画家だったずいえるでしょうか。

「蛟がためらい、近づき、離れ、たた戻る」

ずいう運動。

寂しい飛翔。

これはピアノずいう音が挞枛する楜噚でしか描けない情景です。

たすたす寂しいのは、倜蛟が焊がれお仕方がない炎恋人は、音楜の䞭には党く出おこないこず。

それが鏡に映った心の情景なのですね。

第二曲の「寂しき鳥」も、第五曲の「鐘の音」も同じ。
誰も呌応しおくれない。

恋人炎に身を焊がす男蛟の情景だずすれば、恋人の姿が党然出おこない、孀独な舞なのです。

倜空に浮かぶ軌跡そのものだけの音楜。

わたしは䞖玀音楜の叀兞的な矎の䞖界

バッハ・ノィノァルディ・ハむドン・モヌツァルト

の䞖界にい぀たでも留たり続けおいたい人ですが、ずきどき、孀独に飛び回る倜蛟の䞖界ラノェルのこずも思い出しおしたいたす。

「倜蛟」の音楜は普段は聞かないようにしおいるけれども、時々こんな音楜も聎きたくなっおしたう。

若いころ、自分には䌌合わない女性を倜蛟のように空しく远い求めお、心をすり枛らしお燃え尜きおしたった経隓があるからでしょうか。

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