朝、鳥たちはどこに?
ほぼ毎朝、早朝散歩をしています。
少し前から、大学のなかも歩いています。
木々が多く、たくさんの建物があるので、
今日はこっちに行ってみようかと気まぐれにルートを選んでいます。
普通の大学はどうかは知りませんが、
そこの大学は近所の方々が散歩やランニングに利用したり、
中のカフェを利用したりもできるところなので、
はじめて入るときは恐る恐る入校していましたが、
今や守衛さんに顔も覚えられて、
よっ!って感じに片手をかざされることも(笑)
3月、4月は、6時台半ばくらいから行くと、
浴びるほどの鳥のさえずりに包まれていましたが、
最近、大勢の鳥のさえずりには出会えず、
数羽の鳥のさえずり程度。
鳥さんたち、みんな、どこにいるの~?
って思っていました。
少しずつ太陽の上る時間も場所もずれていき、
太陽の当たる場所にいるのかな?と思って道を変えてみてもいない…
そんなこんなのある日、
薬膳の講座前に過去のテキストを見直していたら、
鳥の体温は42度と高いので、鳥は早起きとメモ書きがありました。
ちなみに、牛豚は39度。
鳥は早起き。
そっか、薄々思ってたけど、
もっと早くに集まって鳴いてるのかな?
きっとね…。
私が行く頃は朝御飯を探し回ってあちこち飛びまわっているのかもしれないな。
体温の高い鳥たちは、これから先の暑い夏場、
大変でしょうね。
どんなところで過ごすのかな…。
昨年の夏、
皮膚科受診の時に
たまたま待合室で流れていた民放のテレビのニュースで
暑い夏の最中、
鳥の鳴き声がうるさい、
鳥の糞が多いという苦情で
鳥が集まっていた何本もの木が斬り倒されたという報道があり、
私は絶句してしまいました。
え、それは普通のことなの?
当たり前に受け入れられることなの?
暑くなっているのは鳥たちのせいではないのに、
鳥たちの世界にクーラーなんてなく、
他にも木はたくさんあるだろうという考えなのかもしれませんが、涼しい木陰を奪って、
(その木がもたらしていた木陰の恩恵は、鳥以外に私たちも受けていたかもしれないし)
しかも、元々の鳥の体温は42度ともなれば、
なおさらです。
可愛そうなことをしてしまってる私たち人間の傲慢さを反省しなくては。
きっと、同じようなことが今後も繰り返されかねません。
木の成長には年月がかかるのですから。
実家で暮らしていた子どもの頃、
うちは農家で、ニワトリを飼っていました。
私はニワトリとは仲良くはなかったけれど、
卵を取りに行くとき、こわごわ卵をもらっていたけれど、
その日生んでくれた卵を食べられるなんて、
卵は買うものではないなんてことは、
すごく贅沢なことだなとはひしひしと感じていました。
ですから、
父からニワトリを飼うのはもう辞める。
もうニワトリ小屋を壊すと言われたとき、
とっても残念に思いました。
父に理由を聞くと、
ニワトリが朝早くにコケコッコ~と鳴く。
餌のおこぼれを狙って雀がたくさんやって来る、雀もうるさいよね。
そんなこんながご近所さんのご迷惑になっていると。
あの時、父の決定に不服な態度はしたものの
反論するほどニワトリのお世話をしていたわけでもなく、可愛がっていたわけでもなかった私は
それ以上何も出来ず、
すごくモヤモヤした気持ちが残りました。
ニワトリの鳴き声で目覚める、
あなたはどう反応しますか?
夜型のかたにはやはりご迷惑なのかな…
常識を考えろよ、なのかな。
ニワトリが鳴いたらニワトリのおうちを奪う、
それって、それって…
その後、
ニワトリ小屋がなくなり、同じ時期に、庭の畑もなくし、庭をきれいな木々で整えていきました。
現代的な暮らしに変わっていったあの時、
うちは自給自足に近かった生活を、手放してしまったんだなぁと思い当たりました。
卵については、これまで美味しい卵を食べていたので、
その辺りのスーパーの卵では満足いかず、美味しい卵を取り寄せることにもなりました。
そうやって、お金で食料は買うものになり、
ドライな生活に変わりました。
庭を放し飼いのチャボが、つがいで歩き回り、
その後ろにひよこたちがピヨピヨついていっていた
のどかで幸せだった懐かしい風景は、
もう再現できないのかな…
生活の変化は、様々な面で進んでいますね。
私の思いは懐古的ととられたかもしれませんが、
人間が生きるための土台となる自然、
木々、動物たち、虫たち、それよりも小さな微生物に至るまで、
迷惑だと排除する、それを続けた先にどんな世界が待っているか、
思いをはせてみるきっかけになれば幸いです。
