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『死んだふり』/櫻坂46の歌詞について考える

櫻坂46の12thシングル『Make or Break』に収録された4期生の初楽曲、『死んだふり』がはちゃめちゃに良い曲なのである。2025年に聴いた中で、いちばん泣ける曲と言ってもいい。

いわゆる「泣ける曲」はもっとバラードだとか、文字通り牧歌的な温かみがある曲だったりするかもしれない。『死んだふり』は特にそういう曲ではない。だが素晴らしい。歌詞から抜き出すならば〈命を燃やすエネルギー〉に満ちている。

それが、あまりにも音楽をもって表現されている。ゆえに泣ける。リリース当時にしてグループ加入したばかりの4期生達の曲としてこれが作られている、というかこれを表現する張本人として4期生達が当てはめられていることが、また泣けるのだ。

まず注目したいのがサウンドである。『死んだふり』には櫻坂46楽曲における屋台骨のようなサウンドに満ちている。

まず耳につくのは、核とも言える、金管楽器ホーンの鋭い音だろう。そのホーンの音はパーンと空高く貫いていくような抜けのよさを持ちながら、同時に暴れまわるようにうねり、大変に狂乱的開放感がある。この演奏が曲全体のダンサブルさを支えている。これそのものが「櫻坂的」であり、それは元々漂っていた「欅坂的」から脱した、いよいよ「櫻坂ならでは」な象徴的なサウンドと言える。

わかりやすいところを表題曲から挙げてみれば、『流れ弾』や『Start over!』、あとは『UDAGAWA GENERATION』あたりだろうか。金管楽器そのものの音というよりかは、それが表す「狂乱的」な、胸の内を掻き立てて、全部が噴き出るようなニュアンスそれ自体が、櫻坂楽曲ではじわじわと強まり、熱的な高まりを放っている。

そういったニュアンスを十分に想起できるフルスロットルなホーンサウンドが、ど頭から鳴っているのである。

しかしそれだけで、単に「櫻坂らしい(そのイメージをなぞるような)曲」に収まらないのが『死んだふり』なのである。

ホーンサウンドと同じくらい存在感を持っているのが、駆け抜けるような爽やかでエネルギッシュなアコースティックギターのストローク! 「ジャーンッジャジャッ・ジャーンジャンジャジャ」と常に軽快に刻んでいるこの音。「狂乱」に対して、涙が出るような「爽やかさ」を同時に現しているのは、間違いなくこの音の力だ。

文脈から選び取ってしまえば、『世界には愛しかない』を思い浮かべてしまうアコギサウンドである。あちらも絶え間なく掻き鳴らし、疾走感どころか、焦燥感さえ湧き起こさせる力を持っていた。いたし、実際にそんな楽曲として、あまりにも高い完成度を誇っていた。

そんな、常にどこか焦りを急き立てられるような、しかしサビの突き抜けるような爽やかさ。別にあれを直接的にオマージュしたとか継承しているとかどうとか、そういうつまんないことが言いたいわけではないが、しかし非なりながらも近しいニュアンスが、類似する楽器のサウンドをもって『死んだふり』にも与えられている。

そんな焦燥感、あえて雑に表現するならば「ずっと急かされている感じ」が、この楽曲には滲んでいる。やや早いBPMもさることながら、象徴的なのは三連符の取り方だ。わかりやすいのはAメロ後半である。

〈僕の意思そのものは〉から続く〈どこへ行ってしまったんだ〉のパートなんかは性急なリズムの取り方が最高に良い。歌だけ聴けば「タ・タ・タ・タ・タタ・タ・タ・タ・タタ」という譜割りだが、後ろの伴奏と合わせて聴くと「タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ」と、細かく細かく、隙間なく三連符を刻んでいるように聴こえる。

それこそ、この三連符の取り方は、曲が始まった瞬間からしてそのように演奏されているので、やはり『死んだふり』のひとつの軸として取り入れられているもの……と言えそうである。

また余談的ながら語りたいのが、2サビ後のギターソロである。サブスク・ショート動画が流行する時流においては、イントロもギターソロも聴いていてたるい部分のように扱われているようで本当に気に入らないのだが、そんな潮流に中指を立てるように、超楽しそうに弾きまくるのだ。これはもう、ただただ個人的趣向に伴うムーチャス最高なポイントである。

そして、最大限にこの曲を「泣ける曲」として完成させているポイントが、ラスサビ後半である。〈突かれても/死んだふりし続けてる〉からの、その裏で鳴っているホーンのオブリガート(後ろで楽器が演奏しているメロディライン)! からの最後のコード進行の変化! これが輪をかけてムーチャス最高なのだ!

サビというか歌パートにおいてホーンの音は、ここまでは小節と小節の狭間でパパッと鳴っているくらいに、意図的に存在感を抑えられていた。1サビ、2サビでは後半でパラパー・パラパー・パラパー……と遊んでいたりもするが、あくまでも歌を邪魔しないくらいであり、主には歌の無い箇所で存分に派手に吹き上げられていた。

しかし! ラスサビで! 我慢がはちきれたかのように、歌と同じくらいに存在感あるメロディを演奏してしまっている! これがまさに『死んだふり』という楽曲の、たまらず溢れてしまう熱の表現そのもの!(溢れつつも、〈ボロ雑巾みたいなもの〉の箇所でメロディが重なるのが美しい!)(Dメロから半音分キーが転調しているのがまた熱量の高まりを演出している!)

それと合わせるように、最後の最後〈頑なに死んだふり/貫くのは〉の部分だけ少しコード進行が変わるのも最高である(素人なりに確認したところ、ここまでサビではCから始まっていたのが、C#m7-5から始まっていたりしていて、完全に変化している)!

何がどうと言葉で説明しにくいのだが、こっそりと配された「"聴こえ"の変化」そのものが、絶妙に心を揺らす。

これらの構成だけでグッと魂が燃え上がってくる感じが演出されていて、それだけで泣ける。歌詞だけではない、楽曲全体の高まっていくニュアンスがこれでもかという程に演奏をもって表現されている。「上手く言葉で説明できないけど、なんか泣ける」な効果を与えてくれることこそ、音楽の技術と工夫が齎す力である。

さて、ズブズブの素人ながら『死んだふり』の音楽的良さをここまでざっくばらんに書いてみたわけだが、歌詞だってその"良さ"に十分に寄与しているのである。「歌詞について考える」をここからでも始めようじゃないか。

まず〈死んだふり〉という強烈なフレーズが最高である。意味性もやたら高くてヒリヒリするが、何はともあれ「タン・タタタ」という譜割りをとびきり粒立てていることが最高だ。

〈生き返れ〉とのフレーズもあるが、これはこれで良いにしても、もし『生き返れ』というタイトルの楽曲で、歌詞の軸が〈生き返れ〉だったら、良さが減少していたかもしれない。「タタタタタ」な譜割りの印象が強まってしまうからだ(実際は2サビのみだから丁度いいバランスだ)(敢えて流れから外すことで強調する手法に、結果的になっていると言える)。

「タン・タタタ」という、1音目でぐっと潜り、そこから頭を出して息を吸うような譜割りがこの楽曲の要なのである。僅か5文字のこのフレーズで、溜め・解放を演出していると言えるのだ。〈死だふり〉と2文字目が「ん」であることが一層その効果を強めている。聴こえ方を取り上げれば、〈死んだふり〉というスタッカートの具合も尚更に良さを引き立てている。

その頭に付けられている〈このまま〉〈誰かに〉〈いつからか〉などの部分が、前の小節に食い気味に入りつつ、低めの音程であることで、より一層「溜め」を演出している。

このまま死んだふりしてようか

一人で死んだふりするしかない

誰かに死んだふりさせられて

いつからか死んだふりしていたのは

突かれても死んだふりし続けてる

頑なに死んだふり貫くのは防御本能さ

溜めて、溜めて、解放!〈ふり〉!とう構成が、サビの突き抜け感を掛け算的に強めていて、とにかく堪らないのである。もちろん、そこに重なるホーンやアコギのサウンドが、突き抜け感を累乗させている。

そんな〈死んだふり〉というフレーズ、思い出すのはやはり中村一義の『ゲルニカ』だ。

死んだふり……?
なら、死ねよ。

『ゲルニカ』/中村一義

となれば、同氏の『キャノンボール』をも連想できる。

僕は死ぬように生きていたくはない。
本音さ、死ぬように生きていたくはない。

『キャノンボール』/中村一義

これは単に趣味で好きなアーティストの話を持ち出しているわけではなく。〈僕は死ぬように生きていたくはない。〉に通ずるフレーズが、あながち櫻坂46・4期生の『死んだふり』にも存在している、と指摘してみたいのだ。

それはDメロ。先程挙げたギターソロが明けたあとだ。パッ・パッ・パーーーというこれまた雲を割るようなホーンサウンドに続く、歌に注目しよう。

「しん……」と聴こえてきて、あぁなるほど、ここでも〈死んだふり〉と言うかな、と思いきや、こう言うのだ。

信念こそ
命を燃やすエネルギー

これがもう、究極的な宣言である。

この楽曲はずっと〈このまま死んだふりしていようか?〉〈何のために生きているのか?〉と、「?」をひたすらに繰り返して自問自答し続けていた。これは同時に、「何故(私は)死んだふりをしてしまうのか?」という問いでもある。

その答えとしてあるワードが〈信念〉である。〈死んだふり〉と重なるように謳われることで、背中合わせの対義語として配置されていることが理解できる。

〈信念〉が胸の内に宿っていない、そんな〈従うだけの弱い自分〉だから、ただ漫然と〈死んだふり〉をして、ただ生き延びるだけの日々を過ごしている。

それに自覚的だからこそ、本当はそんな自分を受け入れられず、すべてを跳ね返し焼き尽くすような力を求めているのが『死んだふり』の主人公だ。

ゆえに、物語が進むにつれ、〈生き返れ〉と自らに対して繰り返す。

もう一度生き返れ
僕自身
情熱は隠していただけ
今すぐに生き返れ
瞼開けて
さあ魂の再生

何でもいい生き返れ
蘇ろう
やり残した夢があるよ
何度でも生き返れ
それが人生
永遠に続く

そう思えば、上記のパートから続く(ここまで何度も触れてきた)暴れ回るようなギターソロは、衝動に身を任せている『死んだふり』の主人公の心境を表している、とさえ言えるかもしれない。

〈僕は死ぬように生きていたくはない。〉と願う姿が、〈生き返れ〉〈生き返れ〉〈生き返れ〉〈生き返れ〉と繰り返す様となって現れているのだ。そうして辿り着いた答えとしての〈信念〉をもって、その実、決して〈永遠に続く〉ことのない〈人生〉の中で、命を燃やし続けるのだ。

そんな有限的な熱情を、加入し立ての4期生に委ねられていることがまた、ヒリヒリとしていて熱くて良い。

4期生はなんだか、これまでの櫻坂メンバーと比べてもほわほわさんが多いような印象を感じてならないのだが(ういたんとかちーたんとかねおつんとか)(ハルサァンとかひいちゃんとかひなぐまとか)(過半数だ)、そんな子らの胸の内に、これ程までに疾走感に溢れた信念が燃え盛っているのだとしたら、あまりにも素敵だ。

ある意味、新加入メンバーの曲として『死んだふり』があることがまた、この楽曲の価値を高めているのだ。そうであるならば、これからもずっと彼女達の大切な楽曲になっていくだろう。そこで愛が待つゆえに。

適当な締め方になっちゃった。

以上。




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