ふらりと神社へ行ってみた。#19 高千穂神社 新緑の初夏!神話の源流への旅【その8】 ユーモラスな舞もある高千穂神楽が最高でした。
「ふらりと神社へ行ってみた」の第19回は「高千穂神社」です。佐賀から熊本を経て宮崎の高千穂へ向かう「新緑の初夏!神話の源流への旅」、前回は、天岩戸神社の西本宮と天安河原、東本宮に参拝しました。( 前回の記事 ) 第8回の今回は、神話の源流、天孫降臨につながる高千穂神社に参拝し、夜神楽を見学します。(撮影:2026年5月15日)
高千穂神社は宮崎県西臼杵郡高千穂町にある神社で、高千穂郷八十八社の総社です。高千穂郷八十八社は、高千穂地方(現在の高千穂町、日之影町、五ヶ瀬町、諸塚村など)に存在したとされる500以上とも言われる神社の中で、特に格式が高いとされた88社を指す総称です。御際神は一之御殿の高千穂皇神と二之御殿の十社大明神です。
高千穂皇神は日本神話における「日向三代」と呼ばれる神々と、その配偶神の計6柱(瓊瓊杵尊と木花開耶姫命、彦火火出見尊と豊玉姫命、鵜鵝草葦不合尊と玉依姫命)の総称で、神武天皇へと繋がる系譜の神々です。
十社大明神は、初代・神武天皇の兄である三毛入野命とその妻子神など(鵜目姫命、御子太郎命、二郎命、三郎命、畝見命、照野命、大戸命、霊社命、浅良部命)計10柱です。六国史にも掲載されている国史見在社で、旧社格は村社、現在は別表神社です。
高千穂神社に参拝


天岩戸神社から15分ほどで高千穂神社に到着です。駐車場横の参道入口に立つ「一の鳥居」は、一番上の横木(笠木)の両端が美しく反り上がった銅葺き屋根の明神鳥居で、神額には、古くからの格式を示す「高千穂宮」の4文字が刻まれています。鳥居をくぐって、深い森に包まれた参道を進むと左手に手水舎があって、杉の巨木に挟まれ、少し薄暗く厳かな石段の参道が上へと続いています。


石段の途中に、狛犬が一対あるのですが、脚の下に子供を抱えている「子持ち狛犬」です。神社の持つ「子孫繁栄・家族円満」の御利益をそのまま形にしたような子持ち狛犬ですが、平成16年(2004年)に建てられた新しいものです。一般的な子持ち狛犬は吽形だけに子がいることが多いのですが、ここの狛犬は阿形にも子がいます。その上、阿形の口の中に、取り出せないのにコロコロ転がる丸い石仕込まれている「玉込め」造形がされていて、かなり珍しい狛犬のようです。なお、本殿内には歴史的にも古くて極めて珍しい「鉄造狛犬一対(国指定重要文化財)」もあるのですが、非公開です。


階段を登り切ると正面に拝殿があります。先ずは参拝です。拝殿の後ろにある本殿は、安永7年(1778年)に造営された、「五間社流造」という古い建造物で、国の重要文化財に指定されています。高千穂神社の由緒には、「一之御殿」「二之御殿」と書かれていますが、建物が2つあるわけではなく、一つの本殿の中に二つの神座が並んでいる構造です。中央から向かって左側が一之御殿(主座)で、向かって右側が二之御殿(相殿座)です。
高千穂神社の見所


本殿の右側面には、御祭神の一柱である三毛入野命が、この地で人々を苦しめていた悪鬼「鬼八」を退治して踏みつけている姿の、ダイナミックな木彫り彫刻が施されています。建築当時の棟札から大分県鶴崎出身の棟梁・彫工であった牧義右衛門が手がけたことが分かっていて、主祭神の彫刻だけでなく、右側面には鳳凰や瓜をかじるネズミ、威嚇するイタチ、左側面には藤の花と戯れる猿、鉄砲を構える猟師、藪から顔を出す猪など珍しい絵柄の彫刻が施されています。


高千穂神社は巨木に囲まれているのですが、最も大きな御神木が、参道の石段を上りきったすぐ左側にそびえ立つ「秩父杉」です。樹齢約800年、幹周7.25m、樹高55mで、高千穂町の町指定天然記念物に指定されて、「みやざきの巨樹100選」に選定されています。鎌倉幕府を開いた源頼朝が、天下泰平の祈願のために重臣の畠山重忠を代参として高千穂神社へ派遣した際(1185〜1190年頃の文治年中)、重忠公が自らの故郷である「秩父(現在の埼玉県)」の名を冠して手植えしたと社伝に記されているそうです。
拝殿の正面左側に立つ、2本の巨木が並んだ神木が「夫婦杉」です。見た目は空高く伸びる2本の巨大な杉ですが、根元部分が1つに繋がっています。根元が別れずに一体となっていることから、古くより「縁結び」「夫婦円満」「家内安全」「子孫繁栄」の象徴として信仰されています。「大切な人(夫婦、恋人など)と手をつなぎ、この夫婦杉の周囲を時計回りに3回まわると、幸せになる」という言い伝えが有名で、時折、参拝客が周りを巡っていました。


本殿の東横に瑞垣で囲まれた「鎮石」がひっそりと佇んでいます。見た目は何の変哲も無い、丸い自然石ですが、由緒正しい神聖な石のようです。垂仁天皇の命によって、伊勢神宮と高千穂神社の2箇所だけに設置されたとされる石で、世の中の乱れや個人の心の悩みが鎮められるとされています。
拝殿の手前の参道の両脇にちょこんと佇む小さな石の祠があります。神域の門を守る2柱の神様(拝殿に向かって右:豊磐窓神・櫛磐窓神)が祀られている「門守宮」です。拝殿のすぐ前に木造の門がない代わりに、この一対の石の祠が「見えない正門」の役割を果たして、神域を守っています。

拝殿に向かって右手方向の、境内の奥に「神楽殿」があります。高千穂の夜神楽が国の重要無形民俗文化財に指定されたことを受け、伝統の正しい継承、後継者育成、および一般公開の拠点とするため、当時の高千穂町観光協会や地域、地元企業などの寄付で建設された建物です。毎夜、夜神楽の公演が行われています。予約済みですから、夜、再訪します。
高千穂神社の参拝を終えて、15:00。ホテルのチェックインには少し早いので高千穂峡に向かうことにします。
高千穂峡


Googleマップで調べると、高千穂神社から高千穂峡は徒歩で15分程度(1.2㎞程度)です。これくらいなら歩ける距離ですから、高千穂神社の駐車場に車を置いて徒歩で向かいました。平日にもかかわらず、高千穂峡の駐車場が込んでいて、遠い駐車場からシャトルバスで来なければならないほどだったので、徒歩で正解でした。でも、歩いたことを後悔させるような道のりでもありました。Googleマップでは高低差が見えないのです。高千穂峡の眺めが良い御橋と高千穂神社の高低差は約80mで、20~25階建てのビルくらいの高低差です。そこをくねくねと降りていくわけです。
帰りの登りを想像しながら、15分ほど歩くと「玉垂の滝」です。阿蘇の溶岩が作り出した柱状節理の断崖絶壁に懸かる、高さ8m、幅10mの滝です。切り立った岩肌(地層の隙間)から地下水が突如として噴き出している「伏流瀑」で、岩の隙間から幾筋もの水が「玉すだれ」のように細かく、美しくしたたり落ちる姿が名前の由来だそうです。玉垂の滝の水を受けるように作られた公園池が「おのころ池」で、中央には神話の島「おのころ島」が作られて、小さな祠が建てられています。池の中をチョウザメが泳いでいます。


「御橋」辺りは観光客で一杯です。日本人も多いのですが、それ以上に外国人観光客が大勢訪れています。御橋は車の通る橋ですが、観光客が鈴なりで写真を撮っているので、車は通行に苦労しています。かく言う私も橋の上から高千穂峡の写真を撮ります。著名なアングルの写真です。(恐らく、誰が撮っても雰囲気の良い写真が撮ます。)
高千穂峡は五ヶ瀬川沿いの峡谷で、溶岩が冷え固まる際にできた、規則正しい五角形や六角形の「柱状節理」の断崖が続いています。「真名井の滝」は、天孫降臨の際、この地に水がなかったため、天村雲命という神様が水種を移した「天真名井」の湧水が水源となり、滝となって峡谷へ流れ落ちていると言い伝えられている滝(落差17m)で、日本の滝百選にも選ばれています。明日はこのボートに乗ります。
さて、車は80mも高い高千穂神社の駐車場です。下れば登らなければいけないので、覚悟を決めて登ります。夜神楽を見る前に、ホテルにチェックインして、夕食を食べておかなければなりません。
杜の宿 ホテル四季見


高千穂神社から車で5分、「杜の宿 ホテル四季見」到着です。令和4年(2022年)に本館を全面リニューアルしているので、綺麗な玄関、フロントです。部屋は離れの「二上」(和室6畳 + 次の間4.5畳)です。離れはリニューアルされていないのですが、古さは感じません。温泉ではないのですが、大きな浴槽の広い風呂が付いています。

夕食は、リニューアルされた本館の食事会場でいただきます。「蘇食物語」と名付けられたコースです。食前酒の「かっぽ酒」(青竹の筒にお酒を入れ、焚き火や囲炉裏で温めて飲む)に始まり、お造りや宮崎牛の陶板焼き、揚げ物と豪勢です。メインは「福桶さらえ」です。大きな桶に「夜神楽直会煮染」と「清流山女魚の油紙包み焼き」が盛り付けられていて、添えられている大きな麻木の箸で取り分けて食べます。夜神楽直会煮染は旬の山菜、畑野菜、天日干し山の幸、地豆腐、蒟蒻などをじっくり煮込んだ煮染めです。素朴な煮染めに骨まで食べられる山女魚、美味しい夕食です。
食事の途中に、ホテルの男性スタッフが。高千穂地方に古くから伝わる労働歌(山稼ぎの唄)の「刈干切唄」が披露されます。アカペラで歌う伝統的スタイルです。素晴らしい歌声で心も癒やされました。夜神楽前に十分なエネルギーを充填して、夕食後、20:00から始まる夜神楽の会場までホテルのバスで向かいます。
高千穂神楽

「高千穂の夜神楽」は、毎年11月中旬から翌年2月上旬にかけて、町内約20の集落で夜通し奉難される神事で、昭和53年(1978年)に国の重要無形民俗文化財に指定されています。神事の夜神楽は、集落ごとに輪番制で選ばれた民家や公民館などの「神楽宿」を舞台に夜通し行われ、一般の観光客も参加できます。11月3日の「天岩戸夜神楽33番大公開まつり」や11月22・23日の「神話の高千穂夜神楽まつり」でも鑑賞できますが、高千穂神社の神楽殿では毎夜1時間の「高千穂神楽」公演を鑑賞することができます。高千穂神楽のチケット(1,000円)はWebで購入しておきましたが、席は先着順です。ホテルのバスで会場に着くと、比較的早い会場入りになりました。最前列ではないのですが、前の方です。満員、ギュウ詰めの体育座りです。

高千穂神楽は、観光用の商業公演ではなく、舞台に立つのは、高千穂町内の各集落(岩戸、三田井、押方など)の神楽伝承を正しく受け継いだ本物の氏子・舞手たちです。毎夜、集落ごとに当番制で神楽殿に集まり、本物の神事と同じ心構えで衣装と面をつけ、厳かに神楽が奉納されます。20:00、担当集落の神職ないし舞手代表が神庭の正面に立ち、高千穂神楽の歴史や目的、そして毎晩披露される4つの演目について、分かりやすく丁寧な口上が始まります。口上が終わると修祓です。大麻(白い紙垂がついた木の棒)を振って観客全員の衣服や心身についた穢れを落とします。

最初の演目は「手力雄の舞」です。天照大御神が隠れた天岩戸を突き止めるため、力自慢の神である手力雄神が、静かに、時に鋭い動きで辺りの様子をうかがい、思案しながら探索する様子を表現した、緊迫感のある舞です。天手力雄神の面は白です。

二番目の演目は、「鈿女の舞」です。岩戸の前で、天照大御神の気を引くために踊る芸能・演劇の女神「天鈿女命」の舞です。優雅で女性らしく、美しい所作の舞の中に、神々を大笑いさせたという神話に基づいた華やかさとユーモアが込められています。

三番目の演目は「戸取りの舞」です。天手力雄神が再度の登場です。天照大御神が岩戸から少し顔を覗かせた瞬間、手力雄神がその圧倒的な怪力で巨大な岩戸の扉を引き開け、遥か遠くへ投げ飛ばす神話のクライマックスです。勇壮でダイナミックな激しいステップです。天手力雄神の面は赤です。手力雄の舞で思索にふける静かな手力雄は白の面で表現され、戸取りの舞で怪力を大爆発させる荒々しい手力雄は赤の面で表現されています。

夜神楽が行われる舞台は「神庭」と呼ばれる二間四方(約3.6m×3.6m)の正方形の空間です。四隅には、神域を支える神聖な柱として「青竹」が真っ直ぐに立てられていて、青々とした榊が結わえられています。青竹の上部に張られたしめ縄で囲まれた中央の天井部分には天上界を意味する「雲」が吊り下げられていて、しめ縄の上には神庭をぐるりと囲むように、和紙でできた伝統の切り絵「彫り物」の幕が張られています。しめ縄からは、「水」および「天上界(天の神)」を表す緑色の紙垂と「火」および「地上界(地上の神・大地)」を表す赤色の紙垂が垂れ下がっています。


四番目、最後の演目は「御神体の舞」です。日本の国土を生んだ夫婦の神様、伊弉諾尊と伊弉冉尊が、新穀で秋の「お酒(どぶろく)」を醸造し、仲良く飲み交わす姿を描いた、夫婦円満・子孫繁栄のコミカルな舞です。
男神が、棒の先に藁苞(新米が入っている)を担いで入場し、その後を追うように、女神が、新酒を搾るための「酒桶」と「ザル」を抱えて登場します。2神は新米からお酒を造り、酌み交わします。2神の体が大きく前後にフラフラと揺れ始め、足元がもつれるような「千鳥足」のコミカルな踊りへと変化します。仲睦まじい様子も演じられます。

酔っ払った男神は、まず舞台のすぐ横で太鼓を叩いているお囃子スタッフの元へふらふらと近づき、「ちょっかい」を出します。ここでさらに興奮した男神が、舞台の段差を降りて客席の最前列へと突撃し、ターゲットとした一般の女性客などの前に座り込み、熱烈なハグを仕掛けます。舞台の上に取り残された女神は、夫の浮気現場を目撃して激怒します。腰に手を当てて地団駄を踏んだり、舞台から身を乗り出して睨みつけたりして、激しい「嫉斗」のジェスチャーを見せます。


舞台の上から睨みつけて怒っている女神に恐れをなした男神は、一度舞台の上へと逃げ戻り、うたた寝をします。その隙に、夫に浮気をされた腹いせとして女神が客席の通路へ降り、男性客を中心に観客の前へ行って手を取ったり、お酒をねだったり、ハグを仕掛けたりして客席を沸かせます。
男神は、先に降りてはしゃいでいる女神の後ろを慌てて追いかけるようなコミカルな立ち位置で、女性客を中心に観客とふれあいながら客席を巡ります。(通常は写真の顔全体をぼかして掲載していますが、表情を伝えられるように一部のぼかしだけで掲載しています。)

客席を一巡りした2神は舞台に戻って、お互いに平謝りやじゃれ合い、コミカルな性的振り付けも入れながら、最終的な感動の「正面での固い抱擁(夫婦の和合)」へと繋がっていきます。大団円です。1時間の公演はあっという間に終わりです。夜神楽の余韻を味わいながら、バスでホテルに戻り、明日に備えて,休みます。
今回は4日目(観光3日目)の夕刻、高千穂神社に参拝し、高千穂峡を散策し、高千穂神楽を参観し、ホテルに戻るまでです。精巧な彫り物や巨木に出会える高千穂神社、すがすがしい高千穂峡、いずれも楽しめましたが、なんと言っても高千穂神楽が最高でした。今回の旅の目的は呼子でイカを食べることと高千穂の夜神楽を見ることでした。大満足です。
高千穂地方の夜神楽は、一年の実りを心から神様へ「感謝」するお祭りであり、地域の人々が力を合わせて「コミュニティの絆」を深める大切な活動であり、そして何よりも、全員が心から待ち望んだ最高の「楽しみ(エンターテインメント)」なのではないでしょうか。だからこそ、高千穂神楽のラストの「御神体の舞」では、伊弉諾尊と伊弉冉尊が道具を使って下ネタ全開で踊り、客席に乱入してドタバタの夫婦喧嘩を繰り広げ、客席の私たちも垣根を越えた大爆笑の渦に巻き込むのでしょう。感謝があるから厳かで、絆があるから温かく、楽しみがあるから笑顔になれる。この3つが揃っているからこそ、高千穂の夜神楽は今も昔も人々を引きつけるのだと感じました。
次回は、高千穂峡を再訪してボートに乗り、幣立神宮と吉野ヶ里遺跡に立ち寄って、帰宅の途の予定です。
