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William Blake をめぐるあれこれ



ブレイクと私(江藤淳風に)

    ブレイク(W. Blake)は、17世紀後半から18世紀にかけて英国で活躍した詩人、画家である。個人的にその名は知っているものの、今まで自分の仕事とはこれといった関係がなかった。前にその名を意識したのは、みすず書房から出ている彼の伝記の作者が、エリオット(T.S.Eliott)についても浩瀚な伝記をものしており、こちらはよく知っているからである。
 後者はなかなか読みごたえがあり、前妻との争いや他の作家たちとの関係、更に晩年にはノーベル文学賞やら秘書との再婚やらで、それまでのなんとなく陰鬱な人生が、急に陽転して終わるというのも印象的であった。この前妻との争いは映画にもなっている。同じ伝記作家がブレイク伝も書いているというので、手にとってはみたものの、なんとなく気が進まないまま今日に至る、という感じであった。

ブレイクを詠うパフォーマンス

 多少風向きが変わったのは、一昨年に90年代のLSE(ロンドン大学)で知り合った元人類学、今はミュージシャンになっている旧友(S. Mills)からのメールがきっかけである。現在欧州で、ブレイク関係のパフォーマンスをやっているのだが、日本でもやりたいので協力してくれないか、という。
 LSE当時、彼はインド研究で博士論文を書いていたが、ヒマがあるとよくギターを弾いていた人物である。その後連絡は途絶えたが、20年位たったある日、何気なく検索してみると、結構著名なミュージシャン*1とされており、バングラデッシュ出の歌手とつるんでそっちの方でヒット曲を出しているという*2。当地では結構売れたらしい。
 そんなこんなで細々とメールの交換を続けていたが、ここにきて急に出てきたのがこのブレイク話である。彼自身がブレイク思想にほれ込み、その抜粋に音楽をつけ欧州で公演しているという。フランス等ではカンヌ映画祭レベルの俳優にも参加してもらっているというのだから相当なものである。これの日本版をやりたいという。

ブレイクと日本

 本邦でも、ブレイクの絵画や思想にインスパイアされたアーティストは結構いるようだ。先日小布施町に私設美術館を建てた馬越陽子氏*3などはその典型で、自分のインタビューのかなりの部分をブレイクとの遭遇に充てている。前衛的なダンスで著名な小㞍健太氏なども、ブレイクに触発された作品を発表したと先日伺った。調べればこうした影響関係は国内だけでもかなりあり、その中には大江健三郎という名前すらある。
 とはいえ、その一般的な名声がゴッホやシェークスピアレベルというわけにいかないのも事実である。母校の専門家を紹介したが、あまり色よい返事は得られなかったようである。研究をするのと、それをベースにパフォーマンスをするというのはまた話が違うらしい。
 英国および欧州では、特に近年ブレイクに関して、現代の混乱を予知する預言者的な存在という認識が強まっている様子がある。それでこうしたパフォーマンスにもそれなりの支持がある訳だが、それを日本でというのもどうなのか(ブレイクって誰?という反応も少なくないし)。また誰を聴衆と想定するのか、資金はどうするのか、正直はっきりしない面も少なくない*4
。芸術は様々な装置(社会的、物質的)の効果として生じるという、装置論的アプローチから言えば、それがどう稼働するかを試すprobeのようなものとして実験的に観察してみよう、という感じだろうか(あまり成功しそうな雰囲気もないのだが*5。

*1 23 Skidooと聞いて、ああ、あのポストパンクの、とわかる人はこの手の話の通である。
*2 当時バングラデッシュのチャート一位になり、いまだに印税が入るらしい。ちなみに前の奥さんはビルマ研究者である。
*3 その絵を見ると、確かにブレイクっぽいが、つながりは卒論の時と聞いた。
*4 昨年ロンドン(ピカデリー)で行ったパレスチナ救援のためのブレイク祭で使用した資料の一部。

*5 著名な俳優、例えば役所広司あたりに朗読してもらえればすごいことになるが。。。。