AI時代、文章がうまいだけでは足りない理由
こんにちは、末吉宏臣です。
昨日、スレッズにこんな投稿をしました。
そこから、昨日はぼんやり、言葉の力について考えていました。
生成AIによって、言葉そのものをつくることは、誰にでもできるようになりました。
整った文章。
読みやすい構成。
それらしいタイトル。
以前なら訓練が必要だったものが、今は指示ひとつで手に入るという……
ものすごい変化ですよね。
「文章が書ける」ということ自体は、もう特別な価値ではなくなっていく。
では、これから何が問われるのか。
僕は、その言葉に何を乗せるかだと思っています。
同じ「ありがとう」でも、なんとなく言われた「ありがとう」と、心から言われた「ありがとう」では、届き方が違います。
「頑張ってください」も同じです。
言葉そのものは同じでも、そこに乗っているものが違うのです。
言葉は「乗り物」なのかもしれない
そう考えると、言葉は「乗り物」のようなものなのかもしれません。
そこに、
自分が経験してきたこと。
失敗したときの痛み。
誰かを大切に思う気持ち。「こんな未来になったらいいな」という願い。
いろんなものを乗せて、誰かのところまで届けるることができる。
たとえば、
「失敗しても大丈夫ですよ」
という言葉。
何となく知識として書くこともできます。
でも、自分自身が「もうダメかもしれない」と思うような失敗から立ち直った人が書く、
「失敗しても大丈夫ですよ」
には、何かが乗っています。
経験だったり、実感だったり。
もしかすると、祈りのようなものだったり。
読む人は、文章だけではなく、その奥にあるものまで受け取っているのだと思います。
AI時代ほど、「何を乗せるか」が問われる
これまでは、文章がうまい、表現がきれい、構成がわかりやすい。
それだけでも評価されることがありました。
でも、AIが同じレベルの言葉を誰にでもつくれるようにした今、ただ「うまく書けている」だけでは、選ばれにくくなっていくでしょう。
代わりに問われるのは、その言葉の奥にあるものです。
何を経験してきたのか。
何を信じているのか。
誰のことを思い浮かべながら、その言葉を書いているのか。
怒りや焦りなのか。
願いなのか、感謝なのか。
「大丈夫だよ」と伝えたい気持ちなのか。
それとも、ただ文章を埋めるための言葉なのか。
乗せているものが薄いと、どれだけ表現を整えても、なぜか軽く流れていってしまう。
逆に、乗せているものがしっかりしていれば、多少粗削りでも、その言葉は残ります。
だから、これから鍛えるべきなのは、言葉の技術だけではありません。
自分は何を大切にしているのか。
何のために、この言葉を届けたいのか。
誰に、何を渡したいのか。
AIは、器としての言葉を、いくらでもつくってくれます。
それはそれでいい。
でも、その器に何を注ぐかは、自分自身にしか決められません。
今日書く一本にも、何かを乗せてみませんか。
「何を書こう?」だけではなく、
「私は、この言葉で何を渡したいんだろう?」
そう問いかけてみる。
その一滴の重みが、これからの時代、一番の差になっていくのだと思います。
末吉宏臣
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