生活は英語漬けにできません。すきま時間だけ英語漬けにします
海外で戦うスポーツ選手は、なぜ英語を話せるのか。八村塁選手の話が気になって、調べました。
答えは、勉強量ではありませんでした。生活そのものが英語で回っていたからでした。
私には、それができません。ただ、すきま時間だけなら、英語漬けにできます。数えてみたら、そのすきまは思っていたよりありました。
八村塁選手は、英語力もバスケのスキルだと言っていました
NBAの八村塁選手が出たトークショーの動画が流れてきました。今年の8月、東京で行われたものです。
バスケ以外で重要な能力は何かと聞かれて、こう答えていました。
英語力は本当にバスケのスキルの一つだと思っています。それこそドリブルやシュートと同じくらいのスキルです
試合の流れのなかで英語による意思疎通が必要になる、とも話しています。英語が競技の外側にある教養ではなく、ドリブルと並ぶ技術として数えられている。そういう話でした。
見ながら思ったのは、単純に「すごい」でした。
それから、どれだけ勉強したんだろう、と考えました。ドリブルが反復で身につくように、英語も注いだ時間で決まる。私の何倍もの時間を英語に使ったのだろう、と。量の差だと思ったわけです。
調べてみたら、特別な勉強法ではありませんでした
そこで、大学時代の記事を読みました。2018年のESPNの記事です。
大学1年目の様子を、コーチは「言っていることの1割ほどしか吸収できていない」と話しています。本人も、分かったふりをしてしのいでいた時期があったと認めています。
そして、どうやって英語を覚えたのかという質問への答えは、字幕つきの海外ドラマと、音楽でした。ラッパーの曲は聞き取りやすかった、とも言っています。
正直、拍子抜けしました。何か特別な訓練法が出てくるものだと思っていたからです。
ただ、ひとつだけ、まったく違うことをしていました。
そばには、日本語が分かるスタッフがいました。非公式に通訳役を務めていた人です。その人に、こう頼んでいます。
"I don't want to speak Japanese. I want all our communication to be in English."
(日本語は話したくない。やりとりは全部、英語にしてほしい)
そのスタッフは、二人でめったに日本語を話さなかったと語っています。食事に行くときも、ただ一緒に過ごしているときも、いつも英語だった、と。
1割しか分からない状態で、日本語に戻れる相手が目の前にいて、自分からその逃げ道を塞いだということです。
机に向かう時間を増やしたのではありませんでした。起きている時間そのものが英語でした。ドラマも音楽も、その中の一部でしかありません。
私は、日本語に戻れる場所を持っていました
読みながら思い出したのは、自分のことでした。
海外で2年ほど暮らした時期があります。生活は英語で回っていました。ただ、日本人と一緒にいるときは、結局いつも日本語で話していました。
日本語が通じる相手がそばにいて、私はそのまま日本語で話していたということです。八村選手が自分から手放したのは、まさにこの状況でした。
いまは日本にいます。家でも、外でも、周りは日本語です。
生活を英語漬けにするという選択肢が、そもそもありません。
数えてみたら、すきま時間は思ったよりありました
生活そのものが英語で回る人は、そんなに多くないと思います。住む場所を変えるか、仕事が英語になるか、そういう条件がいります。私はいま、その条件を持っていません。
なので、持っているもののほうを数えました。
いま英語にあてているのは、朝と帰りの電車だけです。単語をやっています。
ただ、それ以外にもありました。歩いているとき。昼の休憩。人を待っているとき。数えてみると、すきまは思っていたよりあって、そのほとんどをまだ使えていません。
ここなら、条件が揃うのを待たずに英語にあてられます。
生活は英語漬けにできません。でも、すきま時間だけなら、英語漬けにできます。
すきま時間だけ、英語漬けにします
あの選手が英語を話せるのは、生活そのものが英語だったからでした。特別な勉強法の話ではありませんでした。
私は、生活を英語漬けにはできません。日本で暮らして、日本語で生きています。それは当分変わらないと思います。
ただ、すきまなら思っていたよりありました。今日も電車で単語を回しました。明日も回します。歩いているときも、昼の休憩も、まだ手をつけていません。
生活は英語漬けにできません。すきま時間だけなら、英語漬けにできます。
皆さんも一緒にすきま時間を英語漬けにしていきましょう!
