【短編小説】 おばけボックス
「あっぢぃぃぃよ! へージェル! なんでこんなに暑いんだぁ……」
「日本は好きだけど、この暑さは大嫌いだぜ……」
安里鐘人【あんり・なるひと】とへージェルは、日本の七月の暑さに打ちのめされていた。梅雨と夏の間。暑いのにムシムシとした不快な感覚。べっとりと肌に残る汗。へージェルは、ドイツからの留学生であり、日本の暑さにはどうも慣れないようだ。すると、鐘人がへージェルの方へ倒れ込む。
「へ〜ジェルう、助けてくれえ、もう歩きたくないおぶって行ってくれぇ」
「うわやめろ気持ち悪い! 暑いんだよ! そのべとべとした汗をまずなんとかしてくれ! 」
「とは言ってもさぁ……、もうタオルも制汗剤も意味ないぜ」
「そこはなんとか、日本の伝統的な納涼方法でさぁ……。ぜひ教えてくれよ、何があるのか」
鐘人は、腕を組み、首を傾げる。
「うーーーーん、とは言ってもなぁ……。全部感覚的なものというか……」
すると、鐘人は腕を組んだ体勢のまま、動かなくなってしまった。へージェルは、ムシムシとした空気の不快感とともに、なんらかの嫌な予感を覚えた。するとその予感が的中するように、鐘人は大声を上げた。
「そうだ! 納涼の気分を感じられるものを、現実化させればいいんだ! 実際に相対すれば、きっと暑さを感じている暇もない! へージェル待ってろよ! 今年の夏は、これで大丈夫だ! 」
鐘人は大きな声でそう言い、どこかへ駆けていってしまった。へージェルは、その後をぼんやりと見つめる。鐘人は、へージェルのチューターを務めており、そのつながりで仲良くなった。理系の学部で時間を研究しており、タイムマシンを作ろうとしている。へージェルは何度か、鐘人の作ったさまざまな発明品で、なんらかの騒動に巻きこまれてきた。
へージェルは、クーラーの風を享受するために、早めに寮に帰ることにした。
*
その日の夜、突然インターホンが鳴った。へージェルは、しぶしぶとドアを開けると、やはりそこには毎日のように顔を見ている男がいた。
「完成したぞぉ! これで納涼しまくろうぜぇ……」
ドアを開けて出てきたのは、汗だくで臭い鐘人だった。どう見ても納涼とは程遠い姿だった。へージェルは、風呂に水を溜め、抱え込んだ鐘人をざぶんとぶちこんだ。
*
「これが作った発明品、『おばけボックス』だ! 」
鐘人は、発明品をへージェルの目の前に差し出してきた。黒い立方体の箱で、手のひらサイズのものだ。何かが入っていたり、涼しさに関係する気はしない。すると、鐘人は得意げに解説をし始める。
「これは、日本の納涼、『怪談』をさらに雰囲気あるものにする発明品なんだ。簡単にいうと、この『おばけボックス』の中にはさまざまなおばけが入ってたり、仕掛けがなされていて、怖さを倍増させる。暑い時にぴったりだろ? 」
「なるほどなぁ……、今回は話が簡単だ。早速やってみようぜ」
すると、鐘人はへージェルの部屋の電気を消し、蝋燭に火をつける。鐘人は、「おばけボックス」を蝋燭の近くに置いた。非常に雰囲気がある。
「じゃあ、『ろくろ首』……って知ってるか? 」
「知ってるよ。俺の日本好き具合を舐めるなよ」
「だよな。和服を着た女性で、一見すると普通の女性だ。しかし、近づくと首が伸びていく……。その長さは、人のものを超えるもので……」
「おい、鐘人。ろくろ首の話なんて、腐るほど聞いてるぜ。今更そんな話しても……」
「じゃあ、あれはなんだ……」
鐘人は、蝋燭を間に、へージェルと対角線上に並んでいた。鐘人が指を刺した向こう側は、明らかにへージェルの向こう側。へージェルが後ろを振り向くと、いるはずのない何者かがいる。そこには水色の和服を着た女性だった。しかし、その頭はない。いや、ないのではない。肌色のチューブのようなものがどこかへ伸びているのだ。へージェルがおそるおそる、前に向き直すと……。
「お前が探してるのは、私かぁ? 」
へージェルの目の前にあったのは、和服にぴったりの髪型をした女性の顔。しかし、それは確実に後ろの身体から首が伸びていた。顔は非常に恐ろしく、へージェルは見たこともないくらいの恐怖感に包まれた。
「うっぎゃああああああえああえあ! 」
へージェルは、思わず後ろに飛び退いた。そしてそのまま、壁にぶつかってしまった。
「はっはっは! すげえだろ、怖かっただろぉ? ひっくり返しちまうと、全部出てきちまうから気をつけないとだが、こうやって話にそって、おばけがでてきてくれるんだよ」
鐘人は、手をたたいて楽しそうに、へージェルの様子を見ている。へージェルは、いつの間にか、ろくろ首がいなくなっていたことに気づいた。「おばけボックス」の蓋が開いており、ボックスのからろくろ首が出てきたのだ。へージェルの汗が全て引いており、身体の震えがとまらない。
「す、すげぇな鐘人……。こりゃ、怖くて、暑さなんて吹っ飛んじまったぜ……」
「だろだろ。この『おばけボックス』、めちゃくちゃいいなぁ。もっといろんな話で暑さをふっとばしてやろうぜ! 」
鐘人は『おばけボックス』をろうそくの近くに置き、また話をし始めた。
*
へージェルが住む寮の両隣の部屋は空き部屋となっている。しかしそのうちの一室は、ある理由で空き部屋になっているのだ。それは、そこでは怪奇現象が起こるなど、よからぬ噂があるということ。そして、現在へージェルと鐘人が『おばけボックス』を利用している隣の部屋に、怪奇現象の原因となるものがふわりふわりと浮かんでいた。
「ふふ……。お隣さん、今日も元気そう。ちょっと驚かせてあげようかな」
浮かんでいたのは、女性の幽霊だった。身体は半透明。ピンク色の和服を赤い帯で結んでいる。足の先に向かうにつれ、すーっと消えており、終わりがどこか分からない。黒い髪はロングヘア―で、片目が隠れている。
「ふふ……、私に狙われるなんて……。可哀そうな子……」
幽霊は、壁をすーっと通り抜け、へージェルと鐘人の方へ向かう。
「あら……? 」
幽霊は、辺りを見渡して不審に思った。二人いるのにも関わらず、真っ暗だからだ。蝋燭の光のみが辺りを満たしている。
「なにしてるのかしら……。まあいいわ、驚かせやすいし」
幽霊が近づこうとすると、突然へージェルが大声をあげる。
「うっぎゃあああああああああああ! 」
つい幽霊は、びくりと震える。まだ驚かせてないのにも関わらず、見つかってしまったのだろうか。すると、へージェルは大きな声で言う。
「いやー、さっきのおばけ、まじ怖かったぜぇ。鐘人、ほんとにお前すげぇな、この発明品さえあれば……」
そう言いながら、へージェルは何の気なしに辺りを見渡す。そして目線の先に、女性の幽霊がロックオンされる。へージェルは、幽霊をじーっと見ながら、彼女のもとへ近づく。幽霊は、何をしていいのか分からず、あたふたとしている。すると鐘人は、言う。
「あれ、俺そんな女性の幽霊みたいなやつ作ったか? 」
「おい、でもすげえぞこれ! 手が通過しやがる! どんな技術使ったんだよ! 」
へージェルは、女性の幽霊に手を通したり、ぶんぶんと振る。鐘人は少々疑問に思いながらも、にまりと笑う。
「おーおーおー! すげぇだろ、へージェル! さすが俺! 無意識下でそんなすごいもんつくっちまったんだな! 」
幽霊は、調子に乗る二人を見て、いらいらと怒りがたまる。
「私の本当の力……、見せてあげる……」
ものすごいオーラが、幽霊を満たす。へージェルと鐘人は、その勢いに圧倒されそうになる。
「はあああああ……」
幽霊が、力をためていると、その後ろに何かの気配を感じた。からん、からんと下駄の音がする。しかし足音のリズムがおかしい。なぜか、足が一本しかないようだ。幽霊は、自分の集中がとぎれそうになり、つい怒りながら振り向いてしまう。
「ちょっと! なんですか! 私は今しゅう……」
幽霊の後ろにいたのは、傘の形をした化け物だった。血のように赤く、目玉がぎょろりとついている。足が一本しかないが、下駄をはいているため非常に大きい。舌をだらりと垂らしており、口の中に飲み込まれてしまいそうだ。それは「おばけボックス」から出てきた、からかさおばけだったのだ。
「いいいいいいいいやぁぁぁぁぁぁぁ! 」
幽霊は、そのあまりのおぞましさに驚いてしまった。ふわりふわりと倒れこんでしまう。すると、そこにへージェルが駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!? 幽霊なのにからかさおばけに驚くなんて……」
「おい、へージェル。そいつも『おばけボックス』からでてきたんだから、別に心配しなくてもいいよ」
「いや、それでも関係ないだろ。こんな風に倒れてるのを、見て見ぬふりすることはできないからさ」
その言葉を聞いて、幽霊は目を大きく見開く。そして、生前の記憶がフラッシュバックする。
∴
へージェルの寮が建てられる前は、そこに道路があった。生前の幽霊は、その道端で暮らしていた。お金もなく、家も持つこともできない。そんな中で、彼女は生きていた。貧乏だった彼女は、栄養失調で倒れてしまう。
「たすけて……」
しかし、倒れている彼女に誰も見向きもせず、そのまま死んでしまった。今でもその怨念は残り、彼女は幽霊として、寮に掬う怨霊となってしまったのだった。
∴
「ありがとう……。私、あなたにあえて……、良かった」
幽霊は、すーっと消えていく。未練がなくなり、成仏したのだ。鐘人とへージェルは、不思議そうにその場に立ち尽くしていた。
「む、無意識下の俺、すげぇ……」
「ああ、お前天才だよ……」
鐘人とへージェルは、二人して驚嘆し続けていた。
*
数日後、へージェルは寮で研究を進めていた。日本史の二次文献を探っていたのだ。すると、辺りが急にひんやりとする。横を見ると、この前の幽霊が突然現れた。
「え、な、なんですか!? あなたは!?」
すると、幽霊はにっこりと笑う。恰好は前と全く変わっていない。
「この前はありがとう……。成仏できそうだったんだけど……、あなたに逢えたことが嬉しくて……。もう会えなくなることが嫌で嫌で、それが未練になって、もう一度現世に戻ってきちゃったみたいなの……」
へージェルは、それを聞いて、声を震わせながら言う、
「え、え、あなた……、もしかして、あの時の!? 『おばけボックス』の中に入っていたんじゃ……」
「おば……? ちょっとわからないけれども……、私の未練はこの部屋に残ったから……。私の名前。明寮 麗【あくりょう・れい】。これからも、ずーーーっと、よろしくね……」
「ひっ、ひええええええええええ! 」
へージェルは、怒涛の展開に、腰を抜かしてしまった。その動けないへージェルを、幽霊はぎゅっと抱きしめていた。
了 読んでいただき、ありがとうございました。
安里鐘人シリーズを、これからもよろしくお願いします。
