劇映画ストーリー案『四月十三日』ある記録係の四十年
二〇二〇年。
河村光彦、五十九歳。
病院の検査室で、彼は医師から胃の腫瘍を告げられる。
画面に映る小さな影。
それは、ただの病巣ではなかった。
彼の人生に残された時間を、突然、黒く縁取るものだった。
悪性リンパ腫。
入院。抗がん剤治療。
世の中はコロナ禍に入り、外出もままならない。
部屋にひとり戻った河村は、押し入れに積まれた古い段ボール箱を見る。
箱には、手書きでこう書かれている。
「乱」
中には、四十年近く前に撮影したU-maticテープが眠っていた。
黒澤明監督の映画『乱』の製作現場を記録した、若き日の自分の記録だった。
その夜、河村は夢を見る。
暗闇の中に、黒澤明が立っている。
黒澤は静かに言う。
「河村君、君はあのビデオの価値が本当にわかっているのか」
河村は目を覚ます。
息が荒い。
窓の外はまだ暗い。
彼はテープを一本、手に取る。
ラベルは黄ばんでいる。
文字は薄れている。
だが、そこには確かに、自分の青春が残っていた。
時は一九八〇年へ戻る。
河村は大学受験に失敗し、浪人生として大阪にいた。
ある日、テレビで黒澤明の『用心棒』と『椿三十郎』を見る。
画面に衝撃を受ける。
他の映画とは何かが違う。
どうすれば、こんな映画が作れるのか。
彼は黒澤明に関する本を読みあさる。
そこで、「映画監督に必要なのは人間研究だ」という考えに触れる。
映画学校ではなく、人間を学ぼう。
犯罪心理を学ぼう。
そして八ミリ映画を作ろう。
その思いから、関西学院大学法学部へ進む。
大学で映画研究部に入るが、そこは映画を作る場所ではなかった。
彼は半年で辞める。
だが、やがて八ミリ映画に出演し、映画がワンカットずつ撮られ、編集され、音をつけられて完成していく過程を知る。
自分でも映画を撮り始める。
しかし、現実は甘くなかった。
自作映画は思うように評価されない。
『乱』の研究生募集にも落ちる。
黒澤明に会えるかもしれないという夢は、一度、完全に閉ざされる。
「映画の道は、もう諦めるしかないのか」
そう思い始めた一九八四年六月一日。
一本の電話が鳴る。
「ヘラルドに『乱』のメイキングビデオの企画が通りました。スタッフを探しています。やりませんか?」
河村は考える間もなく答える。
「やります。やります!」
その日、彼の人生は変わる。
一九八四年七月。
姫路城近くの大きなホテル。
河村は緊張しながらロビーに立っている。
まだ大学生。
映画界では何者でもない。
そこへ、サングラスの男が現れる。
黒澤明である。
黒澤は河村に近づき、手を差し出す。
河村はその手を握る。
大きな手。
温かい手。
そして彼は、黒澤組のメインスタッフに紹介される。
夢のような夜だった。
だが、夢はすぐに重さを持ちはじめる。
U-maticのカメラ。
ポータブルビデオデッキ。
マイク。
バッテリー。
テープ。
機材は重く、現場は広く、撮影の邪魔は絶対にできない。
谷口裕幸カメラマンが三管式カメラを構え、河村はその横で大型デッキを背負い、マイクを持つ。
本編カメラの後方から、目の前で起こることを丁寧に記録する。
近づきすぎれば邪魔になる。
遠すぎれば何も残らない。
若い河村は、その微妙な距離を身体で覚えていく。
阿蘇。
御殿場。
熊本城。
火山灰の大地。
馬の息。
甲冑の音。
風。埃。炎。
そこにいた黒澤明は、河村が想像していた「怒鳴る巨匠」ではなかった。
厳しさはある。
現場には強い緊張がある。
だが黒澤は、理由もなく俳優を追い詰める人ではない。
俳優が詰まる。
台詞が出ない。
動きが決まらない。
その時、黒澤はすぐには切り捨てない。
原因を探し、動きを変え、間を作り、もう一度やらせる。
そして待つ。
河村はその姿を見る。
「待つ」という演出が、こんなにも強いものだとは知らなかった。
黒澤の「もう一度」には、相手を信じる力があった。
黒澤は三台カメラを使う。
Aカメラ、Bカメラ、Cカメラ。
全景、ミドル、アップ。
それは単なる効率化ではない。
俳優の感情を途中で切らないためだった。
感情が一つの流れとして生まれる瞬間を、複数の角度から同時に記録する。
河村は、撮影現場にいながら、黒澤の頭の中にはすでに編集台の上の映画があるのではないかと感じる。
三の城炎上。
城は燃えるように建てられ、燃やされる。
火は制御できない。
風が変われば煙も変わる。
撮り逃がせば、同じ瞬間は二度と戻らない。
だが、黒澤が撮っているのは火災ではない。
秀虎の世界が燃えているのだ。
権力の象徴が燃え、過去の暴力が形になって返ってくる。
河村は、映画のスケールとは金額ではなく、覚悟の大きさなのだと知る。
一年近い時間が過ぎる。
河村と谷口は、約百五十時間もの記録映像を残す。
若者二人の汗と時間と驚きが、U-maticのテープに刻まれていく。
だが、撮影が終わったあと、悲劇が起こる。
一九八五年。
河村は大学を卒業し、上京する。
谷口とともに、いよいよ『メイキング・オブ・乱』の編集に入ろうとしていた。
その矢先、素材が持ち去られる。
編集権を主張する側が現れ、膨大なテープは河村たちの手を離れる。
百五十時間。
一年間。
青春。
夢。
黒澤明の現場。
それらが、目の前から消える。
河村は抵抗できない。
どうすればいいのかも分からない。
彼はまだ若く、映画界の仕組みも、権利の言葉も、よく知らなかった。
チームは解散する。
河村は映像の世界で働き続けるが、心のどこかで、あのテープのことを封印する。
忘れたふりをするしかなかった。
一九九八年。
黒澤明が亡くなる。
お別れの会で、河村はかつての関係者と再会する。
ふと思い出したように尋ねる。
「あのビデオは、どうなりましたか」
そこで初めて知る。
テープはヘラルドの倉庫に眠っている。
もう少しで廃棄処分されるところだった。
河村は身体が震える。
失われたと思っていた青春が、段ボール箱の中で生きていた。
黒澤明の現場が、まだ残っていた。
彼はテープを引き取る。
だが、喜びはすぐに現実へ変わる。
時代は変わっていた。
U-maticを再生できる環境は失われつつある。
コピーするにも金がかかる。
デジタル化するにも金がかかる。
手元に残っていたのは、百五十時間のうち約七十時間分だった。
それでも、河村は思う。
残っている。
まだ、残っている。
彼は借金をして、一本ずつダビングし、デジタル化していく。
何度もやめようと思う。
金もない。
家庭にも影響が出る。
それでも、何かに突き動かされる。
これは、自分のためだけの映像ではない。
未来の映画を志す者に渡すべき記録なのだ。
時は再び二〇二〇年へ戻る。
病とコロナ禍の中で、河村は古い映像を見直し始める。
若き日の自分が、マイクを持って走っている。
黒澤明が俳優を待っている。
スタッフが黙って見つめている。
馬が走り、火が上がり、風が吹く。
河村は気づく。
これは単なるメイキングではない。
黒澤明の映画術そのものだ。
そして、AIで何でも作れる時代にこそ必要な、映像を作る者の倫理だ。
画面は作れる。
だが、まなざしは生成できない。
河村は、映画を完成させようと決める。
短編に編集し、映画祭へ出す。
少しずつ受賞の知らせが届く。
劇場版を作る。
権利の確認をする。
映画館に連絡する。
断られる。
また連絡する。
小さな上映が決まる。
観客は少ない。
一日十人。
時には三人。
それでも河村は上映後に立つ。
「今日は来てくださって、ありがとうございます」
彼は語る。
黒澤明のこと。
『乱』の現場のこと。
怒鳴らなかった演出のこと。
スタッフの技術のこと。
火と馬と風と埃のこと。
観客が一人でも、語る。
これは宣伝ではない。
証言だからだ。
上映活動中、河村は脳梗塞に見舞われ、入院するが、後遺症ゼロで戻ってくる。回復後も登壇を続け、観客への感謝を胸に上映活動を続けた。
二〇二三年四月十三日。
代官山の劇場。
上映前の打ち合わせ中、河村のろれつが回らなくなる。
水を飲もうとして、コップを倒す。
靴がうまく脱げない。
スタッフが異変に気づき、救急車を呼ぶ。
河村は思う。
今日は上映の日だ。
今、倒れている場合ではない。
だが、身体は言うことを聞かない。
救急車のサイレン。
白い天井。
再び病院。
診断は脳梗塞。
しかし、劇場スタッフの早い判断で命は助かる。
後遺症は残らなかった。
河村はまた戻る。
観客の前へ。
スクリーンの前へ。
二〇二四年。
悪性リンパ腫が再発する。
小腸に病巣が見つかり、手術で二十センチ切除する。
抗がん剤治療で髪が抜ける。
上映活動は一時止まる。
それでも、河村は考えている。
まだ終わっていない。
まだ渡していない。
九月。
大阪・十三の下町映画祭。
十三は、浪人生だった一九八〇年、彼が予備校に通っていた場所だった。
黒澤映画に魅了され、「映画監督になるには人間研究が必要だ」と考えた、原点の地だった。
病を越えて、河村はその地に戻る。
若い映画監督志望者が、彼の映画を見る。
黒澤明の現場に驚く。
映画を作るということの重みを受け取る。
河村は思う。
ようやく、渡せたのかもしれない。
終盤。
小さな劇場。
客席は満員ではない。
だが、そこには確かに観客がいる。
スクリーンに、四十年前の黒澤明が映る。
若き日の河村が拾った音が流れる。
風の音。
馬の息。
黒澤の声。
スタッフの笑い。
俳優の沈黙。
河村は客席の後ろに立っている。
スクリーンを見る。
そこには黒澤明がいる。
そして、その少し後ろに、若き日の自分がいる。
彼は初めて気づく。
自分は黒澤明を探していたのではない。
黒澤明の現場で置き去りにした、自分自身の人生を探していたのだ。
上映が終わる。
拍手。
大きな拍手ではない。
けれど、深い拍手。
河村はゆっくり前へ出る。
少し足元がおぼつかない。
だが、立つ。
マイクを持つ。
しばらく何も言えない。
やがて、彼は言う。
「四十年前、私はこの映像の価値がわかっていませんでした」
客席は静かに聞いている。
「でも今は、少しだけわかります。これは、黒澤明監督の記録である前に、映画を作る人間たちの祈りの記録でした」
河村はスクリーンを振り返る。
そこには、黒澤明の背中が映っている。
河村は深く頭を下げる。
暗転。
最後に、若き日の河村の姿。
U-maticデッキを背負い、マイクを持ち、風の中で必死に音を拾っている。
黒澤明の声が重なる。
「撮らなくなったら、生きてる意味がないね」
FADE OUT.

