27 覚悟はあるか?
このnoteは、ジェンダーについて葛藤を抱いてきた当事者が綴っています。
現在進行形で自分の性別について思いを巡らせています。
心情面でのあり方、身体面でのあり方、両軸において自己納得できる着地点を模索中です。
名のしれぬ気持ちを脱ぎ捨てた
立冬を過ぎて、自分なりの局面がありました。
自分の気持ちを書き留めておこうと思い、気持ちに色はついているもののそれらを言語化するまでに時間がかかってしまいました。
前回の母とのやり取りから、他者との気持ちのやり取りの工夫に関して色々と思いを巡らせていたところ、もっと自分の気を確かに進んで行っていいのかもしれないと思うことがありました。
「なんか、もういいのかもしれない」
「今まで律儀だと思ってやってきたこと、もうそこまで尽くさなくてもいいよね????」
自分自身でそう捉えようとした瞬間が訪れました。
その日から、なにかに目覚めたように自分の覚悟を問いながら生きています。
きっかけは1本のスラックスから
普段、好んでボーイッシュな服装と髪型をするのですが、母はそれをよしとしていません。
これについては、まあ母親とはそんなもんじゃろうの~、また言うとるわぁと自分で自分をなだめすかしていたのですが、今回の出来事で私のなにかがまたはじけまして、上段の名のしれぬ気持ちを脱ぎ捨てることとなったのでした。
「これって紳士用のパターンなの?」
「え、レディースパターンで作ってんじゃん」
「これがレディースなの?ほんと?」
「レディースでもメンズでも、もうどっちだっていいんだよ好きで履いてんだから今ってそんな感じの世の中じゃないの?」
「・・・・これ全然レディースに見えないよ」
「じゃあ今からレディースの売り場見に行こう、それ売ってるんだから」
そんなやり取りがあって、一つ一つに確たる答えを求められることに嫌気がさした、というのが正直なところ。
ぜんぜん口喧嘩してないです笑
こんなやり取りがもう20年近くある。
しかしながら、もっと前提にあった私の気持ちは、誰の管理下で生きようとしているんだろうかという自分への問いでした。
もう十分に自分の自由戦略で生きているはずなのに、誰かの承認待ちをしているこの時間はいったいなんだろう、承認サインを得るまで待っていたらあっという間に40歳になっちゃうじゃん!と思ったのでした。
安全地帯を設けて、そこを理由に飛び出さない選択をしているのはまぎれもない自分でした。
そんなこと分かっていたのに、こうして出来事として表に出るたび、自分をいじめているようで情けない。
矢面に立つ覚悟はあるか?
あるのか?
どうなんだ?
そう問うて、最近はフルスロットルで生きています。
仁義をどこまで通すのか、またはそれを律儀と呼ぶのでしょうか。
人間の命は有限、そして病を背負っている私の命はもっと有限かもしれない、すべての機が熟すことはもう待てない、自分で時間を刻み始めたのでした。
娘らしく、女性らしい格好でいてほしい、そのような願いはひしひし伝わっています。
だからこそ、あぁ胸が痛い!
すまん母、でも肩の荷が軽くなったというか、生きることが楽しくなったというか、松明は自分で持つよを実行している今、なんだか清々しいのです。
おわりに
私の人生信条は、いまのところ3つあるよなぁと思って生きてきました。
なにかに迷ったときには、いつも道しるべとして自分に照らして最適解を導いてきました。
仁義
真実
実行
加えて、新入りの「沈黙しない」
時には自分の主張を貫くための一助となっていくことと思います。
