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SNS時代のインフルエンサー成功物語


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現代はSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が誰もに情報発信の場を提供する時代です。YouTube、Instagram、TikTok、X(旧Twitter)、Facebook、さらにはブログやLinkedInに至るまで、毎日無数のコンテンツが生み出され拡散されています。そうした中、一個人がゼロから莫大なフォロワーを獲得し、企業や既存メディアに匹敵する影響力を持つ存在が現れました。彼らは「インフルエンサー」と呼ばれ、現代の新しいスターとして注目を集めています。

インフルエンサーと一口に言っても、その活躍するジャンルやフォロワー規模は様々です。ファッション、美容、ゲーム、ビジネス、教育、エンタメ、フィットネス、料理など、あらゆる分野で独自の発信を行う人がいます。また規模によって呼び名も異なり、フォロワー数が数千~1万人程度の「ナノインフルエンサー」、数万人規模の「マイクロインフルエンサー」、数十万規模の「マクロインフルエンサー」、100万人以上の「メガインフルエンサー」などに分類されます。フォロワー数は違えど、皆それぞれの方法でオーディエンスの心を掴み、強い影響力を発揮している点は共通しています。

では、こうしたインフルエンサーたちは一体どのようにゼロから多くのフォロワーを集め、成功を掴んだのでしょうか。その裏には地道な努力や創意工夫、試行錯誤の積み重ねがあり、時には挫折や困難も存在しました。本レポートでは、世界中の代表的なインフルエンサーたちの“成功物語”に焦点を当て、その成長の軌跡を詳述します。日本発のケースはもちろん、北米、ヨーロッパ、アジア、南米など各地域の多彩な事例を取り上げ、グローバルな視点で分析します。

具体的には、各インフルエンサーが無名の個人からどのようにフォロワーを増やし、影響力を確立していったのか、その道のりを丁寧に追いかけます。可能な限りフォロワー数の推移や増加ペースなど定量的なデータを交え、いつどんな転機が訪れたのかを明らかにします。また、SNS上の発信やインタビューで彼ら自身が語った「苦労」「戦略」「信念」も盛り込み、数字だけでは見えないドラマを描き出します。感動的なエピソードと具体的なデータの両面から描くことで、読者が彼らの成長過程をリアルにイメージできるよう心がけました。

それでは早速、プラットフォーム別にインフルエンサーたちの成功例を見ていきましょう。まずは動画プラットフォームの代表格であるYouTubeから始め、写真中心のInstagram、超短尺動画で急成長するTikTok、テキストが主役のX(Twitter)、コミュニティ型のFacebook、そしてその他の媒体へと、各SNSごとに象徴的なストーリーを紹介します。それぞれの物語から、「ゼロから成功」を掴む上での鍵となった要因を探っていきます。

YouTube編

MrBeast(ミスタービースト):大胆な企画と執念が生んだ100億再生の帝国

アメリカのYouTuber、MrBeast(ミスタービースト、本名:ジミー・ドナルドソン)は、若干20代半ばにして登録者1億人超えを果たした伝説的存在です。しかし彼も最初は無名の少年でした。彼が初めてYouTubeに動画を投稿したのは2012年、13歳のときです。当初は『Minecraft』や『Call of Duty』といったゲームの実況、他のYouTuberの収益を推測する動画、YouTubeで成功するためのアドバイス動画など、試行錯誤の連続でした。高校生の頃から投稿を続けましたが、最初の5年間でチャンネル登録者はせいぜい数万人と、決して派手な伸びではありませんでした。

それでもMrBeastはあきらめませんでした。2016年、高校卒業後に進学せずYouTube専念を決意すると、母親には猛反対され家を追い出されてしまいます。それでも友人たちと安いアパートに住み込み、一日中YouTubeの研究に没頭しました。彼は後に「朝から晩までひたすら他の人気動画を分析し、どうすればバズるか考え続けていた」と振り返っています。その努力の末、2017年1月、彼に転機が訪れます。自分で1から100,000まで数えるだけというシンプルかつ奇抜な動画を公開したのです。この約24時間に及ぶ映像は「狂っているけど面白い」とSNSで話題になり、一気に数十万もの再生回数を記録しました。

この「バカバカしいほど大胆な企画」が彼の持ち味となり、視聴者を引き付け始めます。以降、「24時間○○してみた」「大量のお金を誰かにあげてみた」など、インパクトのある企画動画を次々と投入しました。例えば「ホームレスの男性に1万ドルを手渡す」動画では、予想外の心温まる展開が大きな反響を呼びました。こうした動画のために、彼はスポンサーからの収入や動画収益を惜しみなく再投資し、より大掛かりな企画に挑戦していきます。2018年までに配った金額は累計100万ドル以上とも言われ、「YouTube界一のフィランソロピスト(慈善家)」と称されるようになりました。

登録者数は加速度的に増え続け、2017年には100万人、2018年に1,000万人、2020年には5,000万人を突破。そして2022年にはついに1億人を超え、個人運営のチャンネルとして史上初の快挙を成し遂げました。彼の動画総再生回数も現在では100億回を超えています。MrBeast成功の鍵は、何と言っても桁外れの企画力と継続力です。「視聴者を驚かせたい」という純粋な思いから生まれる企画は、どれもスケールが大きく予測不能でした。そして得られた収益をさらに次の動画に注ぎ込むという大胆な再投資により、常に前回を上回る驚きを提供し続けたのです。また、数年間ほとんど注目されなくても投稿を続け、分析を怠らなかった執念も特筆すべきでしょう。彼の物語は、好きなことであれば地道な積み重ねと創意工夫で世界的成功を掴めることを証明しています。

ヒカキン:地道な継続と研究で日本トップYouTuberに

日本を代表するYouTuberのヒカキン(HIKAKIN、本名:開發光〈かいはつ ひかる〉)もまた、「継続は力なり」を体現した成功者です。彼は2009年頃、新潟県出身のごく普通の青年として、東京でスーパーマーケットの店員をしながら趣味でYouTubeへの投稿を始めました。当初の動画は自宅で撮影した何気ない日常の記録でした。例えば飼い猫と遊ぶ様子や、公園の川で無邪気にはしゃぐ姿、コンビニの新商品を試食して感想を述べるといった、ごく個人的なビデオログに近い内容です。当然ながら視聴回数はごく僅かで、本人曰く「最初の1年間はほとんど反応がなかった」そうです。

しかしヒカキンは動画投稿を楽しみながらコツコツと続け、徐々にコンテンツの工夫を重ねていきました。転機が訪れたのは2010年、自身の特技であるヒューマンビートボックス(口だけでリズムや音楽を奏でるパフォーマンス)を活かした動画を投稿したときです。大好きなゲーム『スーパーマリオブラザーズ』のBGMを口で再現するというユニークな内容は日本のみならず海外でも話題となり、一晩で再生回数が急増しました。この「スーパーマリオのビートボックス動画」によってヒカキンは一躍注目を集め、数万人だったチャンネル登録者はあっという間に数十万人規模へと成長します。

ヒカキンはこの成功に驕ることなく、その後も地道な継続と自己研鑽を続けました。店員の仕事を辞め、本格的にYouTubeクリエイターとして歩み始めてからは、毎日動画を投稿することを自分に課したのです。ゲーム実況、商品レビュー、ドッキリ企画、大食いチャレンジなど、ジャンルを縦横無尽に広げながら「ヒカキンらしさ」を模索しました。同時に、成功している海外YouTuberの手法を研究し、自分の動画編集にも取り入れて品質を高めていきました。その結果、彼の明るく親しみやすい人柄と幅広い企画力が視聴者に浸透し、登録者数は着実に伸び続けます。2013年には日本国内でトップクラスのYouTuberとなり、以降も新記録を更新し続けました。2023年現在、ヒカキンの主要チャンネル「Hikakin TV」の登録者は1,100万人を超え、関連チャンネルも含めた総登録者数は数千万規模に上ります。

ヒカキンの成功要因は「好きなことをとことん続ける」姿勢と、変化を恐れない柔軟性にあります。再生回数が伸び悩む時期でも投稿を止めず、自身の得意分野(ビートボックス)を活かして突破口を開き、その後も流行や需要に合わせてコンテンツを多彩に進化させました。また、真面目で飾らない人柄が視聴者の共感を呼び、彼が努力する様子そのものがファンの支持に繋がっています。現在ヒカキンは動画クリエイターのマネジメント会社を共同で立ち上げ、後進の育成にも尽力していますが、それも自身がゼロから這い上がった経験があるからこその使命感でしょう。彼の物語は、日本において「無名の個人がネットからスターダムに駆け上がる」という新しい可能性を示しました。

Yuya(ユーヤ):16歳のメキシコ人少女、スペイン語圏No.1へ

スペイン語圏で最も成功した女性YouTuberの一人、Yuya(ユーヤ、本名:マリアンド・カストレホン・カスタニェダ)は16歳で動画投稿を始め、世界的影響力を手にした人物です。メキシコ出身のYuyaは、2009年にメイクコンテストで優勝したのをきっかけにYouTubeチャンネルを開設しました。当時高校生だった彼女は、身近なコスメを使ったメイク方法を淡々と紹介する動画を投稿し始めます。カメラの前で緊張しつつも一生懸命メイクのコツを説明するその姿は、同世代の女性たちの共感を呼びました。

初めは登録者数もコメントもわずかでしたが、Yuyaは「自分にできることを届けたい」という思いで投稿を続けました。地道な更新を重ねるうちに、彼女の可愛らしいキャラクターと実用的な美容情報が評判を呼び、メキシコ国内で少しずつファンが増えていきます。特に彼女独特の高い声での親しみやすい語り口は、一度見たら忘れられない強い個性となり、多くの視聴者を惹きつけました。やがてスペイン語圏全体にファンが広がり、2012年にはチャンネル登録者数が数十万人に到達。その頃にはメイクだけでなくヘアアレンジやファッション、小物DIYなど内容もバリエーション豊かになり、「女の子のライフスタイル全般」を扱う総合チャンネルへと成長します。

人気に火が付くとその勢いは止まらず、2015年に登録者数1,000万人を突破。YouTube全体でもトップクラスのフォロワー数を誇る存在となりました。彼女は若者向けの雑誌やテレビにも取り上げられ、スペイン語圏における”インフルエンサー”という概念の草分け的存在として知られるようになります。さらに自身の成功を活かしてコスメブランドを立ち上げたり、本を出版するなど活動の幅を広げました。

Yuyaの成功は、デジタル時代において言語や国境を超えた影響力を築けることを示す代表例と言えます。英語ほど世界共通ではないスペイン語であっても、コンテンツが魅力的であれば世界中の同じ言語圏のファンを繋げられるのです。また彼女の場合、若いうちから始めた先行者メリットも大きかったでしょう。スペイン語圏でYouTubeを活用する人が少なかった頃に参入しコツコツと信頼を積み上げた結果、「スペイン語でメイクと言えばYuya」という揺るぎない地位を築けました。現在も彼女はSNSでファンと交流を続けながら、自身のブランドを展開し影響力を維持しています。16歳の少女が始めた小さな動画が、十数年の努力で世界的成功につながったこの物語は、語圏さえ合えば一個人が広大な市場を切り開けることを証明しています。

Instagram編

キアラ・フェラーニ:学生の趣味ブログから世界的ファッションアイコンへ

イタリア出身のキアラ・フェラーニ(Chiara Ferragni)は、「ブログからビジネスへ」を体現したファッションインフルエンサーです。現在は起業家・デザイナーとしても知られる彼女ですが、その始まりは一介の大学生が開設した趣味のブログでした。2009年当時、ミラノの大学で法学を専攻していたキアラは、自身のコーディネート写真や日々の出来事を綴るブログ「The Blonde Salad(ブロンドサラダ)」をスタートします。キャンパスでの何気ない服装やお気に入りの靴、コスメのレビューなどを毎日投稿するうちに、洗練されたファッションセンスと愛らしい笑顔が徐々に注目を集めました。

ブログ開設から2年後の2011年、キアラのもとに転機が訪れます。米国のティーン向け雑誌『Teen Vogue』が彼女を「今最もホットなブロガー」として特集したのです。当時まだ無名に近かったイタリア人学生が突然国際メディアに取り上げられたことで、一躍世界中のファッション好きの間で名前が知られるようになりました。この頃からInstagramなどSNSも積極的に活用し始め、ブログと連動して日々のファッション写真を発信したことで、フォロワーはさらに急増しました。

彼女のスタイルは「身近な高級感」を体現していました。高価なブランド品と手頃な古着をミックスしたり、奇抜すぎず真似しやすい洗練コーデを披露したりと、読者・フォロワーが参考にしやすい内容だったことも人気を支えました。2013年頃にはInstagramフォロワーが数百万に達し、各国の雑誌でカバーモデルを飾るまでに。2015年にはハーバード・ビジネス・スクールが彼女のビジネス展開をケーススタディに取り上げるなど、その影響力はファッション界を超えて評価されました。

やがてキアラは個人のインフルエンサーという枠を超え、自身の名前を冠したブランドを立ち上げます。彼女の手掛ける靴やアクセサリーは若者を中心に人気となり、ブログ開設から約5年で年商数億円規模のビジネスへと成長しました。現在キアラのInstagramフォロワー数は2,800万人以上にのぼり、結婚・出産を経た今も華やかな私生活やファッションを発信し続けています。

キアラ・フェラーニの成功は、「情熱×デジタル」が新しいキャリアを切り開くことを示しています。好きだったファッションの発信をコツコツ続け、それを当時台頭し始めたSNSと組み合わせたことで、国境を超えたファンベースを築き上げました。さらに得た名声をいち早く自らのブランド展開につなげ、インフルエンサーから実業家へと華麗に転身したのです。常に自身の発信に対する読者目線を忘れず、飾らない人柄でファンとの信頼関係を築いたことも成功の大きな要因でしょう。彼女の物語は、「小さな個人ブログが世界的ブランドに進化しうる」という夢のような実例として、多くの若いクリエイターに希望を与えています。

ケイラ・イチネス:コミュニティを築いたフィットネス女王

オーストラリア出身のケイラ・イチネス(Kayla Itsines)は、Instagramで世界中にフィットネスブームを巻き起こしたインフルエンサーです。元々は地元アデレードの女性向けジムで働くパーソナルトレーナーでした。彼女が転機を迎えたのは2013年頃、クライアントの女性たちに自宅でもできるトレーニングを指導する中で生まれたアイデアでした。ケイラは指導内容を写真付きでInstagramに投稿し、運動前後のビフォーアフター写真も記録として載せ始めたのです。これは当時珍しかった取り組みで、「#BBG」(Bikini Body Guideの略)というハッシュタグとともに共有された投稿は瞬く間に注目を集めました。

最初は地元のフォロワーが中心でしたが、頑張る女性たちの変化を写した写真は「私もこうなりたい!」という共感を呼び、オーストラリア国内はもとより海外にも拡散。ケイラのInstagramフォロワーは数ヶ月で数万人規模に膨れ上がりました。彼女自身も驚くほどの反響に応え、トレーニングメニューや食事ガイドをまとめた電子書籍「ビキニ・ボディ・ガイド(BBG)」を販売すると、これが爆発的なヒットになります。購入者たちはInstagram上で#BBGのハッシュタグを付けて経過を報告し合い、自然発生的に世界的なフィットネスコミュニティが形成されていきました。

ケイラのInstagramフォロワー数は2016年までに1,000万人を超え、タイム誌が「世界で最も影響力のあるフィットネスインフルエンサー30人」に選出するほどになりました。その後も彼女は専用フィットネスアプリ「Sweat」を立ち上げ、世界中の女性にトレーニング動画やプログラムを提供しています。まさに無名のトレーナーからグローバル企業の共同創業者へと成長を遂げたのです。

ケイラ・イチネスの成功を支えたのは、コミュニティ思考と継続的なモチベーション喚起です。単にエクササイズ方法を発信するだけでなく、フォロワー同士が励まし合える場を作り上げたことで、多くの人が途中で挫折せず結果を出すことができました。誰もが載せるのに勇気がいる自分の体型写真を共有する文化を生み出したのも彼女の功績でしょう。さらに、自身も「一緒に頑張ろう」という姿勢で日々発信し続けたことで、フォロワーとの強い絆が生まれました。ケイラの物語は、「Instagramの一投稿が世界的ムーブメントになる」可能性を示したとともに、ユーザーとの双方向の関係性がインフルエンサー成功のカギとなることを教えてくれます。

渡辺直美:自己表現で900万人の心を掴んだコメディエンヌ

渡辺直美(Naomi Watanabe)は、日本国内でInstagramフォロワー900万人超という圧倒的人気を誇るお笑いタレント・ファッションインフルエンサーです。彼女は元々テレビで活躍するお笑い芸人でしたが、2014年頃からInstagramに独自の世界観あふれる写真や動画を投稿し始めました。彼女の投稿は一風変わっており、奇抜でカラフルなファッションに身を包んだ姿や、自身を巨大な巻き寿司に見立てた合成写真など、見る者の度肝を抜くクリエイティブなものばかりでした。

当初、芸能人のSNSということで注目された面もありましたが、渡辺直美のInstagramがここまで爆発的人気になったのは、彼女自身の自己表現の面白さによるところが大きいでしょう。ぽっちゃりした体型を逆手にとった大胆なコスプレや、カメラに向かって変顔で踊る短い動画など、「こんな投稿誰にも真似できない!」というオンリーワンの内容でファンを魅了しました。見る人々は投稿を見るたびに笑顔になり、「次は何を見せてくれるのだろう」とワクワクするようになりました。

渡辺直美はInstagramで培った影響力を活かし、ファッションの分野にも進出します。自身の体型を肯定的に捉え、多様な美の価値観を提唱する彼女の姿勢は国内外で評価され、2018年にはNYに拠点を移して世界的なファッションイベントにも参加しました。企業とのコラボ商品を発表すると即完売になるなど、その経済効果も絶大です。

彼女の成功は、「本当の自分」をさらけ出す勇気とそれを楽しむ姿勢が、多くの人の心を動かすということを示しています。テレビで人気者だったとはいえ、SNS上では番組の制約もイメージも取り払って、自分が「面白い」と思うことを全力で表現したからこそ、新たなファン層を獲得できました。加えて、彼女が一貫して伝えている「自分を愛し、ポジティブに生きる」というメッセージも、多くのフォロワーに勇気を与えています。渡辺直美の物語は、既存メディア出身者であってもSNSで新境地を開拓できること、そしてユーモアと自己表現が国境を超えて人々を繋ぐ力を持つことを教えてくれます。

TikTok編

チャーリー・ダメリオ:1年で1億人を魅了したティーンエイジャー

チャーリー・ダメリオ(Charli D’Amelio)は、アメリカ・コネチカット州出身のごく普通の女子高校生でした。しかし2019年、中学卒業を目前に控えた彼女は、当時流行り始めていた短尺動画プラットフォームTikTokへの投稿を始めます。ダンスが得意だったチャーリーは、自宅の部屋で撮影した15秒程度のダンス動画を軽い気持ちでアップしました。最初のうちは再生数も数十~数百回と決して多くありませんでしたが、数週間後に投稿したある動画で事態が一変します。それはチャーリーが別のユーザーの踊りに合わせて一緒に踊る「デュエット機能」を使った動画でした。この動画がアルゴリズムに載りやすい形で拡散され、彼女は一晩で2,000人以上のフォロワーを獲得したのです。

それからのチャーリーの伸びは驚異的でした。2019年夏の終わり頃にはフォロワー数10万人を突破し、TikTok上で注目の新人として話題になり始めます。彼女の親しみやすい笑顔とキレのあるダンスはティーンエイジャーを中心に支持され、同年秋には当時人気だった「Renegade」というダンスを完コピした動画がバズりました。2019年11月までにフォロワー数は500万人を超え、彼女はTikTok内でもトップクラスの存在となります。そのタイミングで、有名TikTokerたちが集まって共同生活・コラボ動画制作を行う「ハイプハウス」に参加。相乗効果で彼女の人気はさらに加速しました。

2020年に入るとチャーリーはメディアにも引っ張りだこになります。スーパーボウルのテレビCMに出演し、人気トーク番組にゲスト出演し、大手ファッションブランドや飲食チェーンとのタイアップが次々と舞い込みました。TikTok上のフォロワー数も2020年3月に4,000万、4月に5,000万と爆発的に増え続け、10月には実に9,400万に到達。これは当時女優や歌手として世界的に有名なセレーナ・ゴメスのInstagramフォロワー数に匹敵する規模です。そして2020年11月、ついに1億フォロワーを突破し、TikTok史上初めて「億の壁」を超えたクリエイターとなりました。彼女が初めて動画を投稿してからまだ1年半ほどしか経っていない中での偉業でした。

チャーリーの成功は、まさに「TikTok時代のシンデレラストーリー」と言えます。ごく普通のティーンが自宅で撮ったダンス映像が、一夜にして世界中に届く時代が来たことを象徴しています。もちろん、その裏には彼女自身の10年以上にわたるダンスの訓練や、人を惹きつける素直な魅力がありました。さらに、TikTokというプラットフォームのアルゴリズムやユーザー層にうまくマッチしたコンテンツを提供できたことも大きな要因です。とはいえ急激な成功は彼女に大きな戸惑いとプレッシャーも与えました。突然の有名人となったことで心ない批判や中傷も受け、「死ね」といったコメントに涙する場面もあったほどです。それでも家族の支えと自身のポジティブさで乗り越え、今ではSNSスターとしてだけでなく、女優やモデル活動にも挑戦するなど活躍の幅を広げています。チャーリー・ダメリオの物語は、新世代にとって「SNSが叶える夢」と同時に「急激な成功に伴う葛藤」の両面を示すものとして、多くの人に知られています。

カビー・ラメ:言葉を超えて世界一のTikTokerに

カビー・ラメ(Khaby Lame)は、言葉を発しない短いコメディ動画だけで世界を笑わせ、フォロワー数でチャーリー・ダメリオを追い抜いて世界一のTikTokerとなった異色のクリエイターです。彼は1999年生まれ、セネガルで生まれ幼少期にイタリアに移住した移民青年でした。2020年初頭、カビーはトリノ郊外で工場労働者として働いていましたが、新型コロナウイルスの影響で職を失います。自宅待機を余儀なくされる中、なんとか明るさを保とうとTikTokへの投稿を始めました。最初の頃はダンス動画やイタリア語でのコメディ動画を上げていましたが、なかなか再生数は伸びません。

転機が訪れたのは2020年春、カビーがある「ライフハック動画への皮肉リアクション」を投稿したことでした。複雑で非効率な裏技を紹介する誰かの動画を引用し、最後にカビーが何とも言えない呆れ顔で肩をすくめる――それだけのシンプルな構成でした。ここで彼は言葉を発しませんでしたが、その表情と仕草だけで全てを物語るリアクションに、多言語の壁なく世界中の視聴者が爆笑したのです。この動画が大ヒットし、一晩でフォロワーが数十万人単位で増加しました。以降、カビーはこのスタイルを確立し、毎日のように似たコンセプトの動画を投稿します。彼のフォロワーは2020年内に5,000万人を突破し、一躍トップクリエイターの仲間入りを果たしました。

2021年になるとカビーの人気はますます高まり、同年中盤にはフォロワーが1億人に迫りました。彼はイタリア語どころか全く言葉を発しないことで、逆にグローバル共通語のような存在になったのです。そして2022年6月、カビー・ラメはフォロワー数1億4,200万人を超え、当時最多だったチャーリー・ダメリオを抜いて世界一のTikTokerとなりました。無名の失業青年がわずか2年足らずで頂点に立ったのです。その後も彼のフォロワーは増え続け、2023年時点で1億5,000万人を超えています。

カビー・ラメの成功は、創意工夫とユニークなアイデアが言語や文化を超えて受け入れられることを示しています。難しいセリフや高度な編集がなくても、人々が共感し笑えるコンテンツを作ることで、これほどまでの影響力を持てるのです。また彼のストーリーは、パンデミックによる逆境さえもチャンスに変えた例として希望を与えます。職を失った絶望の中でも彼はユーモアを忘れず、日常の「バカバカしさ」を笑い飛ばす動画で世界中に笑顔を届けました。その結果、自らの人生も大きく好転させています。現在カビーは各国の企業とスポンサー契約を結び、著名イベントに招かれるセレブリティとなりましたが、初心を忘れず「周りを笑顔にしたい」というシンプルな動機で動画を作り続けています。彼の物語は、「スマホ一つで世界のスターになれる」というTikTok時代ならではの夢を体現したものと言えるでしょう。

X(Twitter)編

ジャスティン・ハルパーン:140文字のつぶやきが書籍・ドラマ化の快挙

ジャスティン・ハルパーン(Justin Halpern)は、「Twitter発」のコンテンツが大ブレイクし、一夜にして人生が激変したインフルエンサーです。2009年夏、当時20代半ばだったジャスティンは職を失い、やむなく故郷サンディエゴで両親と同居することになりました。夢破れ実家に戻った自分の境遇を、彼は半ば自嘲気味に受け止めていました。そんな折、同居する73歳の父親が放つ日常的な毒舌ジョークに着目します。幼い頃から聞き慣れた父親の辛辣だけれど愛情のこもった言葉を、そのまま短い文章にしてインターネットで共有したら面白いのではないか?そう考えたジャスティンは、Twitterアカウント「@shitmydadsays(直訳:親父の言うクソみたいなこと)」を開設。父の発言をその都度ツイートし始めました。

例えば父親の名言として、「お前はスティーブン・ホーキングより黙って座ってるのが得意だな(※車の中で騒ぐ子どもだったジャスティンに対して父親が放った皮肉)」というような強烈な一言を140文字に収めて投稿しました。すると、これがじわじわとネット上で話題になり始めます。家族の日常という極めてパーソナルな内容でありながら、その毒舌ぶりのユニークさに多くの人がクスリと笑い、共感したのです。ジャスティンのフォロワーはわずか数週間で数十万人に膨れ上がり、2009年10月末までには約70万人に達しました。当時としては驚異的な数字で、Twitter上で一大人気アカウントとなったのです。

この爆発的バズは、大きな副産物をもたらしました。人気に目を付けた出版社がジャスティンに書籍化のオファーを持ちかけ、ツイートをまとめたエッセイ本『Sh*t My Dad Says』が2010年に発売されることになります。発売されるやこの本は全米でベストセラーとなり、一躍文筆業への道が開けました。さらに驚くべきことに、同じ年の秋にはアメリカの大手テレビ局CBSがこのコンセプトをもとにシットコム(ホームコメディ)ドラマを制作。往年の名優ウィリアム・シャトナーが父親役を演じるテレビドラマ版『Shit My Dad Says』が放送されるまでに至ったのです。Twitter発の一介のジョークがハリウッドに届き、お茶の間のテレビ番組になるという前代未聞の展開に、ジャスティン本人が一番驚いたと言います。

ジャスティン・ハルパーンの成功は、SNS上の「バズるアイデア」が従来メディアへ飛び火した初期の例として記憶されています。当時Twitterはまだ黎明期でしたが、140文字の短いつぶやきでも面白ければ人々の心を掴み、大きなチャンスにつながることを彼は証明しました。もちろんここに至るには、父親譲りの抜群のユーモアセンスや、タイミングの良さもあったでしょう。しかし何より、ジャスティン自身が「自分の状況を笑い飛ばし、それを発信する」という行動を起こしたことが転機となりました。彼は後のインタビューで「最悪の状況でもユーモアは見出せる。それが僕の学んだ教訓だ」と語っています。一方で、テレビドラマの出来については「満足していない」とコメントするなど、自身の作品へのこだわりも見せていますが、Twitterでの成功がなければ得られなかった貴重な経験であったことは間違いありません。

この物語は、どんなに個人的でニッチなネタでも、SNS時代には世界中の人と共有でき、思わぬ共感と反響を呼ぶ可能性があることを示しています。ジャスティンの場合はそれがたまたま父親の毒舌という素材でしたが、「身近すぎて気づかなかった笑いのネタ」は誰の家庭にも転がっているのかもしれません。彼の成功以来、「◯◯なうちの父親」「祖母の教え」といったフォーマットでユーモアを発信するフォロワーも続出しました。ジャスティン・ハルパーンの例は、一瞬のひらめきと行動力で人生が一変し得ること、そしてSNSが新しいクリエイターを生み出す土壌になったことを象徴しています。

Facebook編

Brandon Stanton(ヒューマンズ・オブ・ニューヨーク):平凡な人々の物語が世界を動かす

Brandon Stanton(ブランドン・スタントン)が立ち上げたFacebookページ「Humans of New York(ヒューマンズ・オブ・ニューヨーク、通称HONY)」は、SNS時代におけるストーリーテリングの力を象徴する存在です。ブランドンは2010年夏、シカゴで証券トレーダーとして働いていましたが、24歳のときに突然職を解雇されてしまいます。ショックを受けつつも彼は「今がチャンスかもしれない」と捉え、以前から趣味程度に楽しんでいた写真撮影に人生を捧げる決意をしました。手持ちのカメラを携え単身ニューヨークへ移住すると、街ゆく見知らぬ人々のポートレート撮影を開始します。当初掲げた壮大な目標は「ニューヨーク市民1万人の写真を撮影して地図上にプロットする」こと。しかし現実は厳しく、慣れない街での生活は困窮を極めました。撮影した写真をまとめて売ろうにも無名ゆえに全く売れず、収入はゼロ。半年が過ぎても誰からも注目されず、貯金も底を突きかけます。それでもブランドンは諦めませんでした。「HONY(ヒューマンズ・オブ・ニューヨーク)を最低1年間は休まず毎日続けよう」と自らに誓い、撮影と投稿を地道に継続したのです。後に彼は「最初の半年は本当に辛く、当時を思い出すと今でも涙が出そうになる」と振り返っています。それでも活動を続けられたのは、「自分が心から楽しいと思えることをしている」という情熱と、「いつか必ずこのプロジェクトを成功させる」という信念があったからに他なりません。

始めてから約1年が経過した2011年後半、HONYに転機が訪れます。ブランドンはただ写真を撮って投稿するだけでなく、被写体となった人とのちょっとした会話から引き出した“物語”を写真に添える手法を思いつきました。例えば街角で出会ったホームレスの男性に夢を尋ね、その答えを紹介したり、公園で遊ぶ子供が語った将来の目標をエピソードとして付け加えるようにしたのです。すると、この“小さな物語”が見る人の心に深く刺さりました。ニューヨークという街で生活する様々な人々の人生の断片が写真とともに次々と共有され、見る者に強い共感や感動を与えるようになったのです。名も知らぬ人々の声にスポットライトを当てた投稿は次第に拡散され、HONYのFacebookページにはまたたく間に数百万のフォロワーが集まりました。2013年には投稿をまとめた写真集『Humans of New York』が出版され全米ベストセラーとなるなど、HONYは一大ムーブメントへと発展しました。さらにHONYは社会に良い影響ももたらします。ある奨学金を夢見る少年を紹介した投稿では「彼を応援したい」という読者から寄付金が殺到し、結果的に100万ドル以上の奨学金が集まったというエピソードも生まれました。ブランドン自身も2015年に国連と協力し、世界20か国を巡って各地の人々の声を紹介する企画を行うなど、活動の場を世界に広げています。

HONYの成功は、「誰もが物語を持っている」ことを証明しました。無名の人々の日常や想いにスポットライトを当て、それを飾らずありのまま伝えることで、SNS上に大きな感動と共感の渦を生み出したのです。ブランドン・スタントンは写真の専門教育を受けておらず、見よう見まねで始めたプロジェクトでしたが、持ち前の人懐っこさと情熱が被写体との信頼関係を築き、引き出された真摯な言葉が世界中の読者の胸を打ちました。2023年現在、HONYのFacebookページのフォロワー数(いいね数)は約1,800万人、関連するInstagramアカウントにも1,300万人以上のフォロワーが存在し、その総影響力は3,000万人を超えるとも言われます。「SNSでは心温まるコンテンツは拡散しない」という定説を覆し、人々の心に訴える物語であればプラットフォームを問わず支持されることを示したHONYは、SNS時代におけるストーリーテリングの可能性を大いに示唆しています。

ナス・デイリー(Nas Daily):毎日1分動画で世界を巡り掴んだ成功

ナス・デイリー(Nas Daily、本名:ヌセイール・ヤッシン)は、Facebookで「1000日間毎日1本の1分動画を投稿する」という前代未聞のチャレンジをやり遂げ、グローバルなファンベースを築いたインフルエンサーです。イスラエル生まれのアラブ系パレスチナ人である彼は、ハーバード大学卒業後ニューヨークの企業でソフトウェアエンジニアとして働いていました。安定した高給取りの生活を送っていましたが、25歳の時、ふと「このままで人生が終わっていいのか?」という思いが頭をよぎります。そこで思い切って退職し、自分自身に「1000日間、毎日1分の動画を作って世界中を旅する」という大胆なミッションを課しました。家族や友人からは「無謀すぎる」と心配されましたが、彼は僅かな貯金を元手に2016年夏、旅に出発します。

最初の頃の動画はシンプルな旅の記録で、正直あまり注目されませんでした。それでもナスは1日も欠かさず動画を撮影・編集・投稿し続けます。移動中のバス車内や宿泊先のベッドの上でもパソコンに向かい、翌日の1分動画を仕上げていきました。旅が進むにつれ、各国で出会ったユニークな人々や文化、抱えた問題などを「これは皆に伝えたい!」と思うたび、1分間に凝縮してポジティブな視点で紹介するようになります。例えば、美しいビーチの裏にある環境汚染の問題や、ある貧しい村の子供たちの笑顔、国ごとに異なる挨拶の習慣など、多彩なテーマを明るい語り口で届けました。そうした努力を重ねる中で少しずつファンが増えていき、100本、200本と動画本数を重ねる頃には熱心なフォロワーが現れ始めます。特に300本目あたりの動画が大きくバズり、そこからフォロワー数は加速度的に増加しました。

そして2019年、約3年近く毎日投稿を続け、1,000本目の動画を公開してこの挑戦を完走した時、Nas DailyのFacebookページは約1,000万人ものフォロワーを抱えるまでになっていました。累計動画再生回数は60億回以上とも言われ、一介の個人が作る1分動画が世界中の人々の日課となったのです。挑戦を終えたナスは、その後自身のメディア企業を立ち上げ、引き続きクリエイターとして活動する傍ら、オンライン動画制作スクール「Nas Academy」を開校し次世代の育成にも力を入れています。

Nas Dailyの成功要因は、明確な目標設定と圧倒的な継続力、そしてグローバルな視点で一貫してポジティブな物語を届けたことにあります。1分という短い尺にこだわったのは、スマホ世代の集中力に合わせる工夫でした。また「毎日投稿」と公言したことでフォロワーとの間に暗黙の約束が生まれ、「今日のNasの動画は何だろう?」と世界中の人々が日々チェックする習慣を作り出しました。さらに、彼自身が多様性を体現する存在(パレスチナ系イスラエル人)であったことも発信内容に説得力を与えています。国籍や宗教を超え「どんな人とも友達になれる」と信じて行動し、それがそのまま動画のテーマとなっていたのです。Nas Dailyの物語は、情熱と行動力があれば個人がSNS上でグローバルメディアになり得ることを証明し、多くの若者にインスピレーションを与えました。

インフルエンサー成功の共通点:戦略・情熱・コミュニティ

ここまで様々なインフルエンサーの成功物語を見てきましたが、背景や分野が違っても共通しているポイントがいくつか浮かび上がります。

1. 情熱と継続: どのインフルエンサーも、もともとは「好き」「楽しい」という純粋な動機で発信を始めています。PewDiePie(ピューディパイ)はゲームへの情熱、ヒカキンは音楽や動画制作への好奇心、ケイラはフィットネスへの愛と指導熱、Nas Dailyは世界を旅して伝えたいという衝動――初めに強い情熱があり、それが長期間の地道な継続を可能にしました。フォロワーがほとんどいない時期にも諦めず投稿を続けられたのは、この情熱が原動力となったからです。そしてその継続力が、ある日訪れる転機(バズる動画やメディア露出)を確実に掴む下地になりました。

2. 創意工夫と独自性: 成功者たちは決まって自分ならではのアイデアや個性を発揮しています。MrBeastの桁外れな企画、カビー・ラメの言葉に頼らない笑い、ジャスティン・ハルパーンの家庭内ジョーク、渡辺直美の型破りな自己表現など、一見ニッチだったり奇抜だったりするアイデアで他と差別化しました。初めはそれが理解されなくても試行錯誤を重ね、自分にしか出せないコンテンツを磨き上げています。また、新しい機能やプラットフォームをいち早く取り入れる柔軟さも見られました(例:HONYが写真にストーリーを添える形式へ発展させたことや、Yuyaが当時まだ珍しかった動画コンテストに挑戦したこと)。創意と独自性こそが、フォロワーの心に刺さるコンテンツを生む源になったのです。

3. コミュニティと共感: SNSは双方向メディアです。成功したインフルエンサーたちはフォロワーとの絆を大切に育んでいました。ケイラ・イチネスが#BBGコミュニティを形成したように、ファン同士がつながり共に盛り上がれる場を提供しています。チャーリー・ダメリオもハイプハウスで協力して盛り上げたり、ヒカキンはコメント欄で視聴者の声に耳を傾けたりしました。フォロワーは単なる数字ではなく、一人ひとりが物語の一部となってインフルエンサーを支えています。またHONYに代表されるように、人々の共感を呼ぶストーリー性やポジティブなメッセージを発信し続けたことも、長期的な支持につながりました。「この人を応援したい」「明日も投稿が見たい」と思わせる関係性を築けたことが、彼らを真の意味で影響力ある存在に押し上げたのです。

4. データと戦略: 情熱任せのように見えて、実は多くの成功者が裏で緻密な戦略を立てています。MrBeastは徹底的にYouTubeのアルゴリズムや視聴者の反応を研究しましたし、キアラ・フェラーニは読者の反応を分析しながら投稿内容を進化させていきました。Instagramの最適な投稿時間やハッシュタグ選定、YouTube動画の効果的な編集やサムネイル、TikTokのトレンド把握など、データに基づく改善を繰り返しています。加えて、ある程度成功すると自分だけでなくチームを作り専門家の助言を取り入れるなど、プロフェッショナルな運営に移行したケースも多いです。ヒカキンが所属事務所を共同設立して効率的に活動するようになったり、Nas Dailyが会社組織を作ったりしたのはその例でしょう。感性とデータの両輪で戦略を練ったことが、ただの「バズ」で終わらない持続的成長を可能にしました。

5. タイミングと運: 忘れてはならないのは、運や時代の巡り合わせも確かに存在するという点です。例えばジャスティン・ハルパーンはTwitter黎明期という追い風、Yuyaはスペイン語圏でYouTubeが普及し始めた時期に始めた先行者利益がありました。チャーリー・ダメリオもコロナ禍で世界中の若者がTikTokに殺到したタイミングを捉えています。ただし、彼らは幸運が訪れた瞬間にそれを活かせるだけの準備と実力を備えていたからこそ成功できたとも言えます。運任せではなく、「チャンスの女神」を迎え入れる土台を日々築いていたのです。

終章:ゼロから始まる次の成功者はあなたかもしれない

「インフルエンサーの成功物語」を振り返ってみると、一人ひとりの道のりは実に多種多様ですが、その根底には共通するテーマが流れていました。それは、情熱を持って継続し、創意工夫を凝らし、人と繋がること。このシンプルな原則が、デジタル時代においても不変の成功要因であることが浮き彫りになったのではないでしょうか。

かつては特別な才能や業界でのコネクションがなければ難しかった大衆的成功も、今やSNSという開かれた舞台において、誰にでもチャンスがあります。もちろん全員がチャーリー・ダメリオやMrBeastのように何千万ものフォロワーを得られるわけではありません。しかし、たとえ1万人でも1千人でも、自分の発信を待ち望んでくれるフォロワーがいるというのは素晴らしいことです。ある主婦が料理動画をコツコツ投稿して数千人のファンを獲得し、その支えで料理本を出版できた例や、地元の風景写真を発信する無名の学生がフォロワー1万人を超えて町おこしのPRに抜擢された例など、規模の大小を問わず「ゼロから成功」を掴んだ物語は世界中に存在します。

本レポートで紹介したインフルエンサーたちも、最初の一歩は皆等しくゼロからでした。スマートフォンやカメラの向こう側にいる見知らぬ誰かへ向け、最初の投稿ボタンを押した瞬間から彼らの物語は始まっています。そこに必要だったのは「やってみよう」という勇気だけです。その小さな一歩が積み重なり、やがて数百万もの人々の心を動かすコンテンツへと育っていったのです。

読者の中に「自分も何か発信してみたい」と考えている方がいるかもしれません。ぜひ今回紹介したストーリーを参考に、小さくても一歩を踏み出してみてください。最初の投稿が反応ゼロでも落ち込む必要はありません。紹介した誰もが通った道です。大切なのは、あなたならではの発信を楽しみながら続けること。そこに共感してくれる人はきっと現れます。そして、その一人ひとりとの繋がりを大事に育てていけば、フォロワーの数以上に大きな財産が得られるでしょう。

インフルエンサーたちの成功物語は、決して特別な人だけの物語ではありません。情熱と創意、そして人を思いやる心があれば、誰にでもチャンスが開かれている——SNS全盛の今だからこそ、生まれるべくして生まれた新しい夢の形なのです。今日も世界のどこかで、新たな「ゼロからの成功者」が歩み始めていることでしょう。そして明日、それは私たち自身になるかもしれません。さあ、あなたの物語もここから始まります。これから紡がれていく成功物語に、思いを馳せずにはいられません。

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