「誰も私の話を聞いてくれない」と嘆く人が、無意識に「孤独」を選んでしまう脳の罠。——終わりなきループを断ち切る関わりとは
昨日は、コミュニティナースの仲間たちと共に「月一回の寄り合いカフェ(暮らしの保健室的な場です)」を開催しました。
コミュニティナースとは、「職業(Doing)」としての看護師ではなく、まちに「ケアの心や、温かいお節介(Being)」を広げていくあり方を持った人たちのことです。昨日も、看護師や介護福祉士の仲間たちが場を開きました。
訪れた中には、いつも元気で明るく、誰とでも繋がれる方がいらっしゃいます。 「人からどう見られたいか」という自我(エゴ)の執着が微塵もなく、ただそこにいるだけで明るさと温かさとを、与えてくれる。その姿はまさに「ワンダーエイジング」の極みのようなあり方です。
そして、心の構造の「難しさ」を改めて考え出ました。
「私はいつも一人ぼっちなんです」という訴え
以前、あるシニアのお話を聴く機会がありました。その方は言いました。
「真剣に喋っているのに、周りの人はいつも私の話を聞いてくれないんです。気づくとみんなは他で楽しそうに喋っていて、私だけいつも一人ぼっちなんです」
そう嘆くその方は、ご自身の身の上話を、10分以上も一方的に話し続けました。
私は元新聞記者であり、人の話を聴くことそのものに喜びを感じる人間です。しかし、ただ頷いて聞くのではなく、「この人は今、どんな意識状態で、何の感情をエネルギーにしてこの話をしているのだろう」と、常に観察しながら耳を傾けています。
一息ついたその方に、私は静かに問いかけました。
「今、しばらくお話しされている間、あなたは私のことを感じていましたか? 孤独だとおっしゃっていましたが、あなたはこの10分間、私と『繋がろう』としていましたか?」
その方は、きょとんとした顔をしていました。おそらく、私の質問の意味が全く理解できていなかったのだと思います。
私はもう一つ、問いかけました。
「では、今度は私が話してもいいですか? 私の話も聞いていただけますか?」
すると、その方は間髪入れずにこう答えたのです。
「待って。まだ私の話が終わってないんです」
そして再び、自分がどれほど孤独だったか、どういうシチュエーションで人が離れていったのかという「過去の傷の反芻」を再開しました。
「孤独」という快楽。脳が作り出す不幸のループ
多くの高齢者の方と接してきて確信している残酷な真実があります。 それは「孤独に陥っている大半の人は、自ら無意識に『孤独になること』を選択している」ということです。
先ほどの方の脳内では何が起きているのか。 人間は、自分の中で「私は孤独で、誰にも理解されない」という強固なストーリー(居場所)を作ってしまうと、その世界に閉じこもることで脳が安心を覚えるようになります。
「ほら、やっぱり誰も私の話を聞いてくれない」
「ほら、また私は一人ぼっちになった」
孤独を感じること自体は、感情的には辛く悲しいはずです。しかし、脳は「自分の認識(パターン)が正しかった」と証明されるたびに、それを一種の「報酬」として受け取り、神経回路をどんどん強固に自己強化していきます。
他でもない自分自身が、「私は孤独だ」というストーリーを完成させるために、他者との繋がりを無意識にシャットアウトしている。これが、孤独という沼の正体です。
【脳科学的アプローチ】脳のフィルター「RAS」が仕かける罠
なぜこの方は、「孤独だ」「誰も話を聞いてくれない」と悩みながらも、自ら他者を遠ざけるような行動をとってしまうのでしょうか。
この背景には、脳の膨大な情報フィルター機能である「RAS(Reticular Activating System:上行性網様体起動系)」が深く関係しています。
私たちの脳には、毎秒莫大な情報が流れ込んでいます。その中から「自分にとって重要だと信じている情報」だけを拾い上げ、それ以外をノイズとしてカットする検問所の役割を果たしているのがRASです。
「どうせ誰も私の話を聞いてくれない」「私は一人ぼっちだ」という強固な思い込みを脳にセットしてしまうと、RASはその「孤独を裏付ける情報」ばかりを選択的にキャッチし始めます。
一方で、目の前の相手が自分に示してくれている関心や「繋がろうとしてくれているサイン」は、RASのフィルターによってすべて遮断(スルー)されてしまうのです。結果として、自分の脳内には「ほら、やっぱり誰も私の話を聞いてくれない」という世界だけが映し出されます。
脳は「自分の予測通りに世界を認識できたこと」に対して一種の安心感(報酬)を感じる性質があるため、孤独という認知パターンを繰り返すたびに、脳内の神経回路(シナプス)が物理的に強化されていきます。
悲しいことに、他でもない自分自身のRASの働きによって、彼女は「孤独という世界」を正確に作り続けていたのです。
「最後まで話を聴く」が正解ではない理由
一般的に対人支援やコミュニケーションでは、「相手の言葉を否定せず、最後まで聴き切る(傾聴)」ことが推奨されます。
しかし、これはあらゆる場面における「唯一の正解」ではありません。
脳のRASが「孤独・被害者パターン」に固定されてしまっている人の話には、構造的に「最後(終わり)」が存在しないからです。
延々と過去の傷や苦しみを再演している人に対してただ傾聴を続けることは、かえってその人の「孤独の神経回路」をより深く再強化させる片担になってしまう危険性があります。
だからこそ、対人支援においては傾聴だけでなく、時に「介入と意識の反転」が必要になります。
強固なRASのフィルターを書き換えるためのひとつのアプローチは、質問によって相手の意識状態を強制的に反転させることです。
「これまでの人生で、誰かと心から繋がれて嬉しかった記憶を教えてくれませんか?」
そう問いかけ、かつての「繋がりと喜びの感情」に一瞬でも浸ってもらう。そして、その美しい意識状態を取り戻した瞬間に、「その温かい気持ちのまま、今度は私の話も聞いてくれませんか?」とアプローチする。
どんな時も、私が「美しい意識状態」で在ること
もちろん、長年かけて構築された脳の神経回路は、一朝一夕に解けるものではありません。
大切なのは、相手に変化が起きようと起きまいと、話を聴く私自身が「苦しみの意識」に巻き込まれないこと。
「なんでこの人はこんなに一方的なんだ」とイライラ(苦しみの意識)で反応するのではなく。
無限の慈悲と、無償の愛と、喜びの「美しい意識状態(Being)」を保ったまま、ただその時間を共に過ごすこと。
自分のあり方を澄み渡らせておくことこそが、相手の強固なRASの罠を解きほぐす、最も静かで強力なアプローチなのだと、改めて深く実感した1日でした。
【今朝のあなたへ、小さな問いかけ】
「誰もわかってくれない」と不満を感じたとき、実はあなた自身が「相手をわかろうとすること(繋がること)」を拒絶していませんか?
あなたの脳は今、どんな「言葉のループ」を繰り返していますか? それは、あなたを幸せにするループでしょうか。
