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自分で選ぶ人生は、ひとりでつくる人生ではない。― 振り返れば、キャリアの節目にはいつも誰かがいた ―【入口は選べなくても、次の一歩は選べる。⑪】

40歳になって、これまでのキャリアを振り返ることが増えました。

4社で働きました。

3回転職しました。

営業もしました。

人材業界にもいました。

新規事業にも関わりました。

商品企画も経験しました。

今はモビリティ領域で、法人向けのサービスに関わっています。

こうやって並べると、

自分で考え、

自分で選び、

自分で動いてきたようにも見えます。

でも、実際の感覚は少し違います。

自分の力だけで、ここまで来たとは到底思えない。

むしろ、

振り返れば、

キャリアの節目にはいつも誰かがいました。

自分より先に可能性を見てくれた人。

まだ何者でもなかった自分に、仕事を教えてくれた人。

「やってみないか」と声をかけてくれた人。

迷っているときに話を聞いてくれた人。

そして、

自分が次へ進もうとしたときに、

背中を押してくれた人。

自分で選んできた人生ではある。

でも、

ひとりでつくってきた人生ではなかった。

今は、そう思っています。

20代の頃、まだ自分のキャリアをうまく言葉にできなかった

就職活動をしていた頃、

私は東京しごとセンターでキャリアコンサルタントの方にお世話になっていました。

当時の私は、

自分が何をしたいのか。

どんな仕事に向いているのか。

どういう会社を選べばいいのか。

そういうことを、今ほどうまく言葉にできませんでした。

就職活動もうまくいっていませんでした。

自信もなかったと思います。

そんなときに、

話を聞いてくれる人がいることは、

思っていた以上に大きなことでした。

答えを全部教えてもらったわけではありません。

でも、

自分の中にあるものを少しずつ整理しながら、

「では次にどうするか」を考える時間を持てた。

20代の頃の自分にとって、

そういう人がいること自体が支えになっていました。

今、自分がキャリアについて文章を書いたり、

誰かと話すことに意味を感じるのも、

もしかすると、

あの頃の自分が誰かに話を聞いてもらった経験と、

どこかでつながっているのかもしれません。

一社目では、仕事だけではなく、社会人としての基本を教わった

一社目では、

営業の仕事を一から教えてもらいました。

顧客との向き合い方。

社内での動き方。

仕事の進め方。

数字への責任。

報告すること。

約束を守ること。

営業のいろはだけではなく、

社会人として働くとはどういうことなのか。

そういうことを、

上司から一つずつ教わった記憶があります。

当時は、

それが特別なことだとは思っていなかったかもしれません。

会社に入れば、

誰かが仕事を教えてくれる。

分からなければ聞く。

怒られることもある。

できるようになれば、次の仕事を任される。

その繰り返しでした。

でも、

今になって振り返ると、

社会人になったばかりの自分に、

時間を使って仕事を教えてくれた人がいたから、

その後の土台ができたのだと思います。

自分一人で身につけたものではありません。

「異動したい」と言い続けていた

3社目では、

広島で営業をしていました。

仕事には向き合っていましたが、

ずっと同じ場所で同じ仕事を続けたいとは思っていませんでした。

私は少し飽き性なところがあります。

仕事がルーティンになってくると、

新しい刺激を求めたくなる。

環境が変われば、

また一から覚えなければならない。

人によっては、

それを避けたいと思うかもしれません。

でも私は、

むしろ、

自分にはどこまでできるのかを確かめたい

という気持ちの方が強かった。

広島だけではなく、

もっと大きな市場でも営業を経験したい。

いつか本社でも仕事をしてみたい。

そんなことを、

上司との面談で話していました。

同僚にも話していました。

会議の場で、

「異動したい人はいるか」

と聞かれたときに、

一人だけ手を挙げたこともあります。

その後、

先に大阪へ異動していた当時の上司から声がかかり、

私も大阪へ異動することになりました。

この経験から今でも思うことがあります。

自分が進みたい方向は、口にした方がいい。

黙っていても、

誰かが自分の希望を完全に理解してくれるわけではありません。

やってみたいことがあるなら、

言葉にして周囲へ伝える。

その方が、

機会が来たときに、

誰かに思い出してもらえる可能性があります。

ただし、

その前提として、

今いる場所の仕事には向き合う。

「次へ行きたい」と言いながら、

目の前の仕事を疎かにするのではなく、

今いる場所でも成果を出そうとする。

その姿を見ている人がいるからこそ、

次の機会につながることもあるのだと思います。

自分が狙った扉は開かなかった。でも、別の扉が開いた

その後、

私は営業以外の仕事にも挑戦したいと思うようになりました。

社内FA制度を使い、

DXに関わる部署への異動に手を挙げました。

でも、

その希望は通りませんでした。

自分なりに考えて、

自分で手を挙げた。

それでも、

その扉は開かなかった。

当時は、

少なからず残念だったと思います。

ところが、

そのあと、

別の機会がやってきました。

採用時から関わっていた事業部長が、

その後役員となり、

新規事業推進の仕事に声をかけてくれました。

「やってみないか」

と。

自分が狙っていたDXの部署とは違いました。

でも、

会社として新しい成長機会を探し、

既存事業とは違うことをゼロから考える。

営業だけではなく、

企画にも関わる。

市場を探す。

新しい売上をつくる。

これまでの会社の常識をいったん外して考える。

その話を聞いて、

私はやってみたいと思いました。

同じ仕事を続けるより、

自分の可能性を確かめたい。

そんな気持ちもありました。

そして、

この新規事業の経験が、

その後のキャリアに大きく影響しました。

もし、

自分が希望したDXの異動だけにこだわっていたら。

もし、

声をかけてもらったときに断っていたら。

今とは違うキャリアになっていたかもしれません。

自分が叩いた扉は開かなかった。
でも、別の誰かが、違う扉を開けてくれた。

人生には、

そんなこともあるのだと思います。

チャンスは、自分でつかむものだけではない

よく、

「チャンスは自分でつかめ」

と言われます。

それも大切だと思います。

自分から動く。

手を挙げる。

やりたいことを伝える。

新しい場所へ行く。

何もしなければ、

何も起きないこともあります。

でも、

自分のキャリアを振り返ると、

もう一つの側面があります。

チャンスは、人から渡されることもある。

自分では思いつかなかった仕事。

自分では見えていなかった可能性。

「あなたなら、これをやってみたらどうか」

と、

誰かが先に見つけてくれることがあります。

そんなとき、

大切なのは、

全部受け入れることではない。

でも、

「自分が考えていた道とは違う」

という理由だけで、

すぐに閉じてしまわないことだと思います。

自分では気づいていない可能性を、

誰かが見てくれていることもあります。

ただし、会社員には「選べない機会」もある

一方で、

すべての異動や機会を、

自分の意思で選べたわけではありません。

3社目で、

新規事業推進の部署が発展的に解消されたとき、

私は商品企画への異動を告げられました。

希望していた異動ではありませんでした。

内示の段階で、

ほかの可能性はないか、

営業へ戻れないか、

直談判もしました。

でも、

会社の決定は変わりませんでした。

会社員である以上、

異動を断れないこともあります。

そこで私は、

商品企画へ異動しながら、

同時に転職活動を始めました。

この経験から分かったことがあります。

人から差し出された道を受け入れることと、
自分の人生の判断を他人に任せることは違う。

会社の決定に従わなければならない場面はある。

でも、

そのあとどうするかまで、

すべて会社に決めてもらう必要はありません。

一度はその環境に入る。

そのうえで、

自分はここに残りたいのか。

次へ進みたいのか。

そこは、

自分で考えることができます。

結婚してから、キャリアは自分一人の問題ではなくなった

そして、

転職を考えるようになったとき、

もう一人、

大きな存在がいました。

妻です。

結婚する前なら、

転職も、

勤務地も、

自分の意思だけで決めることができました。

でも、

結婚してからは違います。

自分が仕事を変えれば、

妻の生活も変わる。

勤務地が変われば、

住む場所も変わる。

収入が変われば、

家庭にも影響します。

結婚してからのキャリアは、自分だけの人生ではない。

配偶者の人生も一緒にあります。

3社目で不本意な異動になり、

このまま残るのか。

転職するのか。

迷っていたとき、

妻は転職することを受け入れてくれました。

もし、

「今のままでいいじゃない」

と言われていたら、

違う判断をしていた可能性もあります。

自分で決めた転職ではあります。

でも、

自分一人だけで決めた転職ではありませんでした。

それは、

今振り返ると大きなことだったと思います。

「自分で選ぶ」と「一人で決める」は同じではない

このシリーズでは、

「自分で選ぶ」

ということを何度も考えてきました。

会社が決めた道を、

そのまま人生の道にしなくてもいい。

周囲の価値観だけで、

自分の人生を決めなくてもいい。

私は今でもそう思っています。

ただ、

自分で選ぶことを、

「全部、自分一人で決めること」

だとは思わなくなりました。

誰かに相談する。

誰かの言葉を聞く。

自分では見えていなかった可能性を教えてもらう。

家族と話す。

背中を押してもらう。

そして最後に、

自分で引き受ける。

それでいいのだと思います。

むしろ、

人生の大きな選択ほど、

自分一人だけで完結しないことがあります。

親からも、多くの機会をもらってきた

振り返れば、

親からも多くの機会を与えてもらいました。

学ぶこと。

挑戦すること。

進学すること。

やり直すこと。

若い頃の私は、

自分が何を持っていないかばかり見ていた時期もありました。

もっと勉強ができていれば。

もっと違う大学へ行けていれば。

もっと早く気づいていれば。

そんなことを考えていました。

でも40歳になった今は、

少し違う見方もできます。

自分が持っていなかったものだけではなく、

自分が与えてもらっていたものも、確かにあった。

それを使い切れなかったこともあった。

遠回りもした。

でも、

その機会まで最初から自分で用意したわけではありません。

多くの人に支えられながら、

今の自分があります。

自分の人生の主語は、自分でいい

今でも、

自分の人生の主語は、

自分でいいと思っています。

会社ではありません。

上司でもありません。

親でもありません。

世間でもありません。

自分の人生を最終的に引き受けるのは、

自分です。

でも、

自分の人生の登場人物まで、自分一人である必要はない。

今は、

そう思っています。

自分で手を挙げたから開いた道もありました。

声をかけてもらったから進めた道もありました。

仕事を教えてもらったから身についたものもありました。

転職を認めてもらったから選べた道もありました。

話を聞いてもらったから、

立ち直れた時期もありました。

自分の人生ではある。

でも、

いろいろな人の手が、

少しずつ入っています。

振り返ったとき、誰の顔が浮かぶだろう

もし、

これまでのキャリアを振り返る機会があったら、

「自分は何をしてきたか」

だけではなく、

もう一つ考えてみてもいいのかもしれません。

自分が迷っていたとき、誰が話を聞いてくれただろう。

自分より先に、自分の可能性を見てくれた人はいなかっただろうか。

あのとき声をかけてくれた人がいなかったら、今の自分は同じ場所にいただろうか。

挑戦するとき、背中を押してくれた人は誰だっただろう。

そうやって振り返ると、

自分の人生の見え方が、

少し変わることがあります。

うまくいかなかったこともある。

選べなかったこともある。

遠回りもした。

でも、

その途中で、

誰かに助けてもらった。

誰かに拾ってもらった。

誰かに機会をもらった。

その積み重ねで、

今ここにいる。

40歳になった今、

私は、

「自分の力でここまで来た」

とはあまり思いません。

いろいろな人に助けてもらいながら、ここまで来た。

その方が、

自分の実感に近い。

そして、

そう思えるようになったことで、

これまで歩いてきた人生を、

以前より少しだけ肯定できるようになった気がします。

自分で選ぶ人生は、

ひとりでつくる人生ではありません。

もし今、

次の一歩を迷っているなら、

自分の中だけで答えを出そうとしなくてもいい。

あなたの周りにも、

まだ自分では気づいていない扉を、

一緒に見つけてくれる人がいるかもしれません。

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