私たちは、いつから「疲れているのが普通」になったんだろう。
Threadsを見ていて、思わず二度見した。
1984年、1985年、1986年、1987年、
1988年生まれ。
私とほぼ同世代の人たち。
そこに並んでいたのは、こんな声だった。
「朝起きた瞬間から疲れている」
「寝ても疲れが取れない」
「絶好調の日が年に数日しかない」
「旅行から帰ったら2〜3日疲れている」
「体力がない」
私は、
「……え?」
となった。
うちら、まだ40歳前後やで?!
もちろん、身体の状態は人それぞれ。
病気がある人もいる。
睡眠が足りない人もいる。
生活環境も違う。
誰かの不調を「運動不足」の一言で
片づけたいわけではない。
それでも・・
私は、ちょっとショックだった。
40歳。
もう身体を諦める年齢なんだろうか。

先日、京都の地下鉄で
姿勢のきれいな
70代後半くらいの女性をみかけた。
この駅ではだいたいの人が
エレベーターを待っている。
若い人たちですら待っている人がいる。
その方は荷物を持っておられた。
壁に寄り掛かって
エレベーターを待っていた
若い人の横を通り過ぎ、
荷物を持って、ゆっくり階段を上っていた。
でも、軽やかだった。姿勢もきれいだった。
もちろん、若い人と同じ速さではない。
でも、自分の足で、自分の身体を運んでいる。
それが、すごく格好よく見えた。
介護予防の現場でも、
80代の方たちを私は見ている。
もちろん個人差はある。
だけど、比較的元気な方が多い。
だからこそ、同世代の声が余計に刺さった。
「なんでこんなに早く、
身体を諦めてるんだろう?」

「40歳だから疲れる」
「歳だから痛い」
「更年期だから仕方ない」
「歳だから代謝が落ちた」
そんなふうに説明することはできる。
でも、それだけで自分の身体を
分かったことにしていいんだろうか。
身体は、突然40歳になった日に
変わるわけじゃない。
毎日の生活の中で、
座る。
歩く。
歩かない。
力む。
眠る。
休む。
動く。
そういうことを繰り返しながら、
少しずつ変わっていく。
だから私は、
「年齢のせいかな」
と思ったときほど、
「今、この身体では何が起きているんだろう?」
と、一度立ち止まってみても
いいんじゃないかと思っている。
ちなみに私は1986年生まれ。
今年40歳になる。
そして、私自身も昔から身体のことが
分かっていたわけではない。
というか、今でも探求中です(笑)。

太極拳や気功を始めてから、
重心。
足の裏。
力み。
呼吸。
身体のつながり。
そういうものを、
自分の身体で探るようになった。
すると、自分の身体を見る目が
少しずつ変わっていった。
そして不思議なことに、
人の身体を見る目も変わっていった。
「この人は、これができない」
ではなく、
「なぜ、今この動きになっているんだろう?」
と考えるようになった。
「もっと頑張ればできる」
だけではない。
その人の身体が今どうなっているのかを見る。
私は今、運動を教えることよりも、
身体を観察することを一緒に覚えていく。
そんな感覚のほうが近いのかもしれない。
40年、生きてきた。
そして、ここから先もまだ何十年も、
この身体を使う。
80歳になったとき、
自分の足で歩きたい。
旅行に行きたい。
階段を上りたい。
自分のことを、
自分でできる身体でいたい。
だから、80歳になってから考えるのではなく、
今から少しずつ、
自分の身体を知っておきたい。
もちろん、筋トレが必要な人もいる。
ウォーキングが必要な人もいる。
ストレッチが必要な人もいる。
休むことが必要な人だっている。
だから、
「もっと運動しましょう」
だけでは、身体の話は終わらないと思う。
運動しているのに疲れている人もいる。
運動したら体調を崩す人もいる。
筋力はあるのに、
身体をうまく使えない人もいる。
だったら、方法を増やす前に。
一度、
「今、自分の身体はどうなっているんだろう?」
と見てみる。
そこから始まってもいいんじゃないかと思う。

今回、同世代の声を見てショックだった。
でも、そのショックのおかげで、
ひとつ気づいた。
私は、身体を変える方法を
増やしたいわけじゃない。
自分の身体を、自分で分かる人を増やしたい。
そのためにまず、
身体を見る。
そんなことを、最近ずっと考えている。
