警備員という仕事をやってみて、正直どうだったか 6
警備の仕事を始めたきっかけは、
本当に、現実的なものだった。
本業の仕事が、減っていた。
元請けの予定管理がけっこうずさんで、
「仮で、この日予定しておいて」「ごめん、仕事の予定が遅れる」という日が、
続くようになっていた。
月の売り上げは、
はっきりと下がっていった。
そんな中で、
声をかけてくれたのが、
所属している消防団の先輩たちだった。
団長、副団長。
もちろん、かなり年上の先輩だ。
私の体のことも、
今の仕事がきつくなってきていることも、
全部、知っていた。
何気ない会話の中で、
言われた。
「警備、やってみるか?」
聞けば、
同じ消防団から、すでに4人が働いているという。
団長、前団長も、そこにいた。
仕事内容は、
大学構内の施設警備だった。
主に、駐車場の管理。
不法駐車、駐車違反の対応。
大学職員、業者、工事関係者。
国内外からの大学見学のバスの入退場。
学生や職員の自転車の駐輪場管理。

シフトごとに分かれ、
それぞれが担当エリアを巡回する。
二つの拠点がある。
ひとつは、
モニターを見ながら車の入出庫を管理する場所。
行き先の建物が分からない人への案内。
料金システムが分からない人への説明。
もうひとつは、
出庫側のゲート管理。
ゲートを出てすぐ信号があるため、
バーを破損する車が後を絶たない。
それを防ぐのが、
重要な役割だった。
大学内だけを見れば、
警察で言う交通課のような仕事であり、
防災センターの車両管理に近い。
ただし、
覚えることは山ほどある。
イレギュラーやアクシデントは、
実際に起きてみないと分からないことばかりだ。
教える側は、
わざとイレギュラーを作って、
対応を覚えさせようとすることさえある。
そのたびに、
臨機応変な判断が求められる。
賃金は、正直、高くない。
世間で言えば、
リタイア組の仕事に見えるかもしれない。
でも、
現場には、大学院生や大学生、主婦もいる。
私のように、他にも本業を持ちアルバイトとして働いている人たちも。
サブの拠点では、
「勉強ができる」
「一人の時間が取れる」
そんな理由で働いている人もいる。
一方で、
メインの拠点では、
それなりのパソコン操作や、
対人対応の技量が必要だ。
この仕事をしてみて、
はっきり分かったことがある。
本業で、
「予定が飛んだ、延期、しばらく待って。来週まで待って、打ち合わせしてくるから」と言われるたびに、
以前は強いストレスを感じていた。
またか…。
安定した受註。その保証はない。
請け負うということは、
その時点で元請けに負けているということ。
でも今は、
その一言を聞いても、
前ほど、心が揺れなくなった。
「言わせておけ」
そう思えるようになった。
それに、ここで働く人たちはそれぞれにクセはあるものの、いい人たちばかりだ。
収入は、減る。
それでも、
次への準備ができる。
今書いている、このnote。
クリエーターとしての準備。
心理学の学習。
やれることは、まだある。
ただ、
時間は止まってくれない。
お金がなければ、
生活はできない。
親のこともある。
子供の高校生活も、これから始まる。
お金のために、
子供が野球を辞めることは、あり得ない。
なぜなら、
高校は野球特待生として進学している。
野球を辞めた時点で、
高校も退学になる。
親の都合で、
子供の将来を潰すことは、絶対にできない。
世間では、
警備という仕事は、
リストラ、リタイア、ドロップアウトと
結びつけられることもある。
でも、
それがどう見えるかは、どうでもいい。
説明する必要もない。

今はただ、
仕事をしない日を、
一日でも減らす。
できれば、なくす。
収入単価が低いなら、
それなりに働けばいい。
休みがなくてもいい。
今の体は、
まだ、これに耐えられる。
やるべきことは、
山ほどある。
※次回は、
「保険が、思ったほど助けにならなかった話」
について書く。
