仕事嫌い、実験助手をやっています
会社嫌い、仕事嫌いを公言し続けている、フツーのサラリーマン渡辺拓朗です。
そんな僕でも、嫌々やるよりは、少しでも楽しみながら仕事をしたいと考えています(たぶん、本当)。
「あいつ、普段仕事してねーよな」と、noteの読者には思われていると思いますが、まあ、間違ってはいません。
そんな僕が、実際に毎日どんな仕事をしているのか、今日は書いてみようと思います。
僕は、某企業の研究所で、実験助手の仕事をしています。
研究員ではありません。あくまで助手です。
つまり、お手伝いさんです。
研究員が考えたレシピをもとに、実験をします。
そこまで詳しいことは書けませんが、今、僕が所属している研究テーマでは、薬品を混ぜ合わせて液を作り、それをフィルムなんかに塗ります。
そして、出来上がったサンプルを測定機にかけて、データを集める。
実験の途中で気づいたことや、測定結果を、素早く正確に研究員へフィードバックする。
それが、僕の主な仕事です。
ただし、実験というのは、毎回きれいに終わるわけではありません。液同士を混ぜただけで、明らかに失敗することもあります。固まってしまったり。
フィルムに液を塗るだけでも、きれいに塗れることもあれば、クシャっとなってしまうこともあります。
どうやったらきれいに塗れるのか。どの塗布機を使えばいいのか。塗る速度や条件をどう変えればいいのか。
こういうところは、助手側がそれぞれ工夫します。
この液と、このフィルムの組み合わせなら、たぶんこの塗布機がいい。
いや、もしかしたら、こっちのほうがいいかもしれない。
頭の中でイメトレを繰り返し、過去の経験から予想して、選択します。
一発でビンゴになることもあれば、見事に外れることもあります。
このあたりは、研究所で働いているというより、図画工作の時間に近いな、と感じることがあります。
すでに作成条件が確立されているものなら、決められた通りに、いかに正確にやるかが大切です。
でも、僕が担当する研究テーマは、商品化にはまだまだ遠く条件が決まっていません。なので「どうやったら、ちゃんとできるんだろう?」そう考えながら、手を動かす必要があります。
そして、ここで僕が一番大切にしているのが、「推測」と「考察」です。
というより、むしろ、それ以外はたいして気にしていない、と言ったほうが正しいかもしれません。
例えば、研究員から、こんな実験依頼が来たとします。
「液を5本作って、それぞれフィルムAとフィルムBに塗って、10枚のサンプルを作って測定してください」
普通に考えれば、液を5本作って、それぞれをフィルムAとBに塗ります。
10枚のサンプルができます。
それを測定します。
これで一日仕事です。
もちろん、本来はこれだけやればいいのです。実際、助手の多くは、与えられたレシピを正確に丁寧に、素早く遂行することにやりがいや誇りを持つ人も多いと感じています。
でも。
僕はそれを、とてつもなく退屈に感じてしまいます。
で、そんな僕のやり方。
「この10水準の中で、今日いちばん重要なのはどれだろう?」
例えば、5種類の液を「あ」「い」「う」「え」「お」とします。
過去の実績や、今回のレシピの違いなんかを見ていると、どうやら「う」が今日の実験の核になりそうだ、と目星をつけます。
そして、まず「う」だけ作ります。
フィルムAについては、「う」に近い組成の液を過去に塗ったデータがあるので、未知の領域であるBだけに塗ります。
そして、最速で測定してしまいます。
一本だけなので、小一時間で終わります。
さて。
ここからが「考察」です。
なぜ、こういうデータになったのか。過去のデータと比べて、どこが違うのか。レシピのどの部分が効いているのか。
最近は、AIに相談する機会も多いですね。
実はここまで考えると、残り9水準がどうなるのかも、ある程度予想できちゃいます。
やっぱり、全水準必要だなと思えば、残り9水準に取り掛かるし、場合によっては、「これ、残り9水準を全部やる必要ないんじゃない?」という結論にたどり着くこともあります。
その場合は、研究員にすぐ報告します。
「今回の結果を見る限り、この方向だと全滅ムダ撃ちになる可能性があるので、いったん残りは止めて、レシピを考え直しませんか?」
とか。
逆に、「この結果なら、こんな水準を加えてみたほうが面白そうですよ」と、こちらから提案することもあります。
つまり僕は、目の前に置かれたレシピを、忠実に実施するだけのマシーンにはならないようにしています。
ここまでずいぶん偉そうなことを書きました。
ここまで読んで、「あれ、渡辺のヤロー、結構ちゃんと仕事してるじゃん」と思ったあなた。
あざーっす。
でも、ちょっと待ってください。何か忘れていませんか?
そうです。
僕は仕事嫌いです。
なので、正直に白状すれば、10水準全部やるのが、かったるいのです。面倒なのです。やらなくていいものであれば、やりたくない。
実は、そんな不純な動機に突き動かされているだけなのです。
ただ、このやり方には、当然リスクもあります。
僕の推測が外れていて、実は残り9本の中に、とんでもない正解が含まれている可能性だってあります。
僕が「これはやらなくていいだろう」と推測したばかりに、大事なものを見逃してしまうことは、十分に起こりえます。
だからこそ、研究員との日頃の意思疎通や、信頼関係が大切になります。実験前に、今回の目的の真意を、お互いに共有しているのも前提となります。
そして、研究所一筋20年以上の経験があったとしても、僕のスタンスは、あくまで助手です。
だから、僕からの発言は、必ず「提案」に留めます。
決定権は、常に研究員に委ねます。
そこは、きちんと線を引くようにしています。
もし、このスタンスで仕事ができないのだとしたら、全部機械化すればいいと思っています。決められた手順を正確に繰り返すだけなら、機械のほうが圧倒的に得意な分野です。
人間がやる意味があるとすれば、たぶん、その手前、数値になる前にこそあると思います。
測定結果が出る前。
そこに至るまでの過程にある、ほんの小さな違和感や、過去との違いを感じ取ること。
「なんとなく、いつもと違う気がする」という、まだ数字にはなっていないものを拾うこと。
そして、それを自分の中で考えて、言葉にすること。
「なんか変かも」ではなく、「○○だから、いつもと違うように感じます」と伝えること。
そこにこそ、人間がやる意味があるんじゃないかな、と僕は思っています。
そして最近、その変化を「言語化する」という部分で、副業ライターとして文章を書いていることが、意外と本業にも役立っていると感じちゃったりする時もあったりして。
文章を書くことと、実験をすること。
一見、まったく違いますよね。
でも、よく考えてみると、見て、感じて、考えて、推測して、検証して、言葉にする。
やっていることは、実は、一緒。
まあ。
そんなことを考えながら、今日も僕は、できるだけ仕事を減らす方法を考えています。
理由は簡単。
僕、仕事嫌いですから。
