大和通信 秋の声
本日は立秋。
まだまだ残暑厳しいものの、朝方は少し秋の気配がします。
立秋
八月八日頃の立秋から、十一月八日頃の立冬の前日まで。初秋、仲秋、晩秋の三秋の九十日間で、九秋ともいう。五穀は実り野山は錦に染まって美しい。(「現代歳時記」金子兜太・黒田杏子・夏石番矢編 成星出版より)



秋の声
秋の声という季語がある。秋声・秋の音ともいう。秋の景色を眺め、堪能することはだれでも知っている。秋の雲、秋の味覚などという文字を見ただけで、旅心を誘われたりもする。
ある年のあるとき、ふっと、秋というものの本質はこの秋の声にこそこめられているのではないかと思ったとき、私はすっかり自信を失ってしまった。さらに、秋の声というのは単に音として耳で聴きとるものでなく、心の耳で聴きとめるものなのだということが分かったとき、根本から自信をくつがえされて、そのときから、すこし謙虚になることができた。
何かが相触れて発する、寂しくまた凄まじい音、天地間の不思議な声を、これから秋を迎えるたび、どれほど感じとれるものか。わが耳と心を澄まして生きていきたい。(『黒田杏子 歳時記』立風書房より)


朝散歩。すこし気分がのってしまい、90分歩いてしまった。
さて、数日前から何かが触れて、黒田先生のことを想った。
そして朝散歩しながら考えた。
秋が来た。いつのまにか無為に齢を重ねてしまったが、いまからでも、あるいはすこしでも「寂しくまた凄まじい音、天地間の不思議な声」が、聴きとれるようになるだろうか。




朝風や先生の声秋の声






今日はほりっ放しのタスクやっつけよう。お尻に火が、、、
おまけ画像
鳳凰に見えません?

2026.8.7アサ
