読み終えても、犯人より「正義」が頭から離れない|13階段(高野和明著)
ミステリ小説としても、死刑制度をテーマにした社会派小説としても素晴らしい作品。
死刑囚が残した「階段を登っていた」という手がかりをもとに冤罪の真相を追うミステリの側面と、死刑制度に絡む社会問題(冤罪・死刑執行者の苦悩)が見事に融合する。
ミステリ目当てで読み進めたものの、読み終えたころには犯人探しよりも「死刑制度」や「正義とは何か」が頭から離れなくなっていた。
以下、ネタバレあり。
階段だけを手がかりに真相を追う
主人公は、殺人で服役し2年で出所した純一と、退職間近の刑務官・南郷。
ある日、この2人に弁護士を通じて高額の依頼が舞い込む。
事件当時「階段を登っていた」という死刑囚の証言のみを頼りに彼の無実を証明する仕事に携わることになる。
最終局面で転じていく真相
何時間にも及ぶ殺害現場付近の現地調査や、関係者への聞き込みの末、2人は死刑囚のいう「階段」を見事見つける。
「階段」付近の地中からは、真犯人の指紋がついていると思われる印鑑が見つかり、一件落着……と思いきや。
ここから怒涛のどんでん返しが続く。
誰が味方で誰が敵なのか、その構図が次々と覆されていく。
意外な人物が突然浮上し、読者も主人公たちとともにあっと驚かされる。
犯人探しが収束した先に待っていたのは、「正義とは何か」という問いかけだった。
死刑制度をどう考えるか
本作を読む前、私はどちらかというと死刑は反対派であった。
本書のテーマにもなっているように、冤罪の可能性があるからだ。
極悪人が裁かれないこと(もしくは極悪人となりうる人を抑圧できないこと)、と、善人が誤って裁かれてしまうこと、どちらがあってはならないかを考えた際に、後者だと考えていたから。
しかしながら、本書を読んで他にも多くの視点が欠落していたことに気づかされた。
まずは被害者の視点。そして執行者の視点だ。
被害者遺族の中には、自ら復讐したいと思う人もいるだろう。
けれども、それでは社会の秩序が乱れるため、近代法では国家が刑罰を執行することで、私的な復讐に代わる役割を果たしている。
死刑制度を廃止するということは、国家による最も重い処罰を求める道が閉ざされることになる。
もし自分の大事な人が、残虐な方法で殺されたとしたら。
死刑執行ですら足りないと感じるのに、それさえも行われないとしたら、この国の法律をどんなに憎むだろう。
しかし、死刑が実施されるということは執行する人がいるということだ。
これまでその存在を気にかけたことがなかった。
本書ではそこに暗く光を当てているのが非常に印象的だった。
執行する刑務官が抱える心理的ストレスはどれほどのものだろうか。
自分だったら。仕事だと割り切れるだろうか。
正義とは
結局、正義とはなんなんだろうか。
純一は性的暴行により精神的に患った彼女を思い、殺人を行った。
純一の彼女に性的暴行を加えた犯人の父親はその事情を知るよしもなく、復讐のため純一を殺害しようとした。
南郷は刑務官時代に職務として2人の死刑囚の死刑を執行し、ほとんど正当防衛の形で殺人犯を殺した。
正義を語るには善悪の定義が必要になる。
でも私は善悪など存在しないと思っている。
私には、あるのは利己性だけのように思える。
自分が犯されたくないから、犯したら懲罰を与えるという社会ルールに同調して参加しているだけだ。
だから社会ルールが正しく機能しなかった時、そのルールを外れてでも失われた自己の利を取り返そうとするのは当然なのではないか。
なんて。
あとがき
すっかり長くなりました。
1週間の沖縄旅行で、移動時間暇かなーと思って本書をお供に持って行ったのは、間違いだったね。
晴天のビーチパラソル⛱️に寝転びながら、死刑制度について考えてしまったもの。
一緒に行った人に何を読んでたの?と聞かれてあらすじを教えたけど、重すぎて引かれちゃったよ…。
(私だって、ただひとつの階段という手がかりから冤罪を晴らす、勧善懲悪な王道ミステリだと思って持ってきたんだもん…。)
あいにく台風が接近ということで、上陸する前に日程を3日ほど早めて東京に帰ってきました。
月曜から久々のお仕事…頑張ろう…。
