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【歴史】長岡宮の巨大建物は何か―最新発見を多角的に読み解く

   今回の長岡宮西端で発見された長大建物跡について、記事では「馬寮」との関連が示唆されていますが、まず確認しておきたいのは、記事中の専門家が用いる「馬寮」という語が律令制の官司=役所を指している点です。馬寮は兵部省に属し、駅馬・軍馬・調教・飼育を統括する行政機関であり、『延喜式』などの史料からも、複数の部屋を持つ方形の役所建物が想定されます。したがって、今回のような南北に極端に細長く、内部が完全に素通しの建物は、制度史的に想定される馬寮(役所)とは構造的に一致しません。
    ところが、記事本文では「馬寮=厩舎」と理解しているように読める箇所があり、この点で制度史的な誤解が生じています。平城宮の馬寮地域の発掘報告では、役所建物と厩舎建物が同じエリアに存在するため、便宜的に「馬寮地域」と呼ばれていますが、これはあくまで考古学的な区分であり、制度史的な「馬寮=役所」とは区別されるべきです。記事中の今井氏の発言は、制度史的な意味での馬寮(役所)を念頭に置いたものであり、厩舎そのものを指しているわけではありません。
    では、今回の建物を厩舎とみなすことは可能でしょうか。平城宮の馬寮地域の調査を長年主導した中山修一氏は、厩舎建物には馬を繋ぐための間仕切りや柱列が必要であり、内部が完全な大空間になることはないと指摘しています。今回の建物は南北55メートル超という規模を持ち、内部に柱を欠く完全な大空間であり、厩舎としては規模が過大で、構造的にも用途と整合しません。
    行政官司としての馬寮(役所)とみなすことも困難です。山中章氏は、古代官衙建築の平面構成が原則として方形であり、複数の部屋を持つことを示しており、細長い平面は行政機能に適しません。また、清水みき氏は、長岡宮の官衙配置が宮域中心部に集中する傾向を指摘しており、今回のような宮域外縁部に馬寮(役所)が置かれる可能性は低いと考えられます。したがって、今回の建物は「厩舎としては大きく、馬寮(役所)としては小さい」という評価が成立し、どちらの建物類型にも当てはまらないという点が重要です。
    では、この建物は何を意味するのでしょうか。ここで注目すべきは、宮城外縁部における饗宴・遊興空間の存在です。長岡宮研究の基礎を築いた中山修一氏は、宮域の外縁部には中心儀礼空間とは異なる性格の施設が置かれる可能性を指摘しており、また、平城宮・平安宮の研究でも、池や庭園を伴う饗宴空間が宮城外縁部に配置される例が知られています。こうした施設は、細長い平面や大空間を持つことが多く、内部に柱を欠く広間的構造を備えることもあります。今回の建物が宮域の西端に位置することは、中心儀礼空間から距離を置いた饗宴施設の配置原則とも整合します。
    建築構造の観点からも、外側柱列のみで屋根を支える構造は、倉庫建築や堂建築とも異なり、むしろ大人数の集会・饗宴を想定した広間的建築とみる方が自然です。倉庫であれば重量物を支えるために内部に補強柱を設けるのが一般的であり、堂建築であれば桁行方向に柱列を持つことが多く、今回のような完全な素通し構造とは異なります。
    以上を踏まえると、今回の建物を馬寮(役所)とする理解はやや難しく、厩舎とみなすにも規模・構造の点で無理があります。むしろ、宮城外縁部に設けられた饗宴・遊興空間、あるいは行幸時の接待施設とみる方が、建物の特異な構造・位置・規模を最も合理的に説明できると考えます。
    今後、周辺の池・庭園・関連建物の有無が明らかになれば、長岡宮における宮城外縁部の空間構成、とりわけ饗宴空間の実態が大きく前進する可能性があります。

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