「ちゃんとしてるね」と言われるたび、少し疲れていた。
「ちゃんとしてるね。」
そう言われるたび、
少しだけ、
息を止めていた。
遅刻もしない。
約束も守る。
頼まれたことは、
なるべく断らない。
忘れ物をしないように、
何度も確認する。
だから、
そう言われることは、
少なくなかった。
でも、
家に帰ると、
なぜか何もしたくなくなる日があった。
靴を脱いで、
バッグを置いて、
そのままソファへ座る。
まだ夜は始まったばかりなのに、
一日が終わったような疲れだけが、
静かに残っていた。
その理由は、
長い間わからなかった。
ちゃんとしていることは、
悪いことじゃない。
むしろ、
そうありたいと思っていた。
でも、
ある日、
ふと思った。
私は、
ちゃんとしていたんじゃない。
ちゃんとして見えるように、
ずっと気を配っていた。
迷惑をかけないように。
空気を乱さないように。
期待を裏切らないように。
小さな気遣いを、
ひとつずつ重ねていた。
その積み重ねは、
誰にも見えない。
だから、
「ちゃんとしてるね。」
という言葉は、
頑張りを認めてもらえた言葉でもあり、
頑張り続けていた証でもあった。
ある日、
少し疲れていた。
返事が短くなった。
笑顔も、
少し少なかった。
「今日は静かだね。」
そう言われただけだった。
責められなかった。
困られもしなかった。
その瞬間、
肩の力が、
少しだけ抜けた。
ちゃんとしていなくても、
関係は壊れないことがある。
疲れている日がある。
言葉が少ない日もある。
何も話したくない日もある。
その全部が、
同じ私だった。
「そのままでいいよ。」
そう言われたわけではない。
それでも、
そう思える人の前では、
もう頑張り続けなくてもよかった。
「ちゃんとしている私」を、
守り続けなくてもよかった。
帰り道。
信号待ちで、
ビルのガラスに、
自分が映った。
少し疲れていて、
少し静かで、
少し力の抜けた顔。
でも、
その顔を見て、
安心した。
ちゃんとして見える私じゃなかった。
ちゃんと、
息をしている私だった。
その日から、
「ちゃんとしてるね。」
という言葉を聞くたび、
少し違う景色が見えるようになった。
あの日から、
「ちゃんとしてるね。」
と言われても、
少しだけ、
肩の力を抜けるようになった。
ちゃんとしていることより、
今日も、
ちゃんと息ができていること。
今は、
そのほうを大切にしている。
ちゃんとしているとは、
ちゃんと息ができる自分でいることだった。
こちらも読んでいただけたら嬉しいです🌸
「一緒にいても、自分らしくいられる人」がいるだけで、心は少しずつ力を抜けるようになります。そんな安心について綴ったエッセイです。
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