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【自分の投稿は消させるのに⁉️】他人への誹謗中傷はインプ稼ぎで万々歳の議員ってどうなの?

私は、自分のことを棚に上げて、人の揚げ足取りばかりするような議員の姿勢が好きではありません。

自分がつらい立場になって、そこで初めて「人からこういうことをされるのは苦しい」と気づくことは、あるのかもしれません。

自分が受けた痛みを訴えるのであれば、過去に自分が他人に向けて発信してきた言葉についても、同じ基準で振り返ってほしいと思います。

今回、まさにそう感じる出来事がありました。

これは一度、きちんと物申しておこうと思い、記事にすることにしました。


座間市議会議員のかたおか将志氏という方がいます。

NHK党と関わりが深い方のようです。
しかし、私とは、これまで何の接点も面識もありません。
向こうからポストしてこなければ、存在すら知りませんでした。

2024年の兵庫県知事選挙以降、斎藤元彦候補者ではない、別の候補者の応援投稿をしていた私に対して、攻撃的な絡み方をしてくる人だという認識を持つようになります。

中でも、私に関する映像を取り上げてコメントを付けて投稿し、炎上を煽り、その反応を楽しんでいるかのように見えるものもありました。

そして今回、この片岡氏自身が、

「いわれのない誹謗中傷を受けたことは、とても悲しかったです」

という趣旨の発信をしているXの投稿が流れてきました。

ふーん、という感じです。

それを見て、私はこう思いました。

「それなら、あなたも私に関する投稿について、一度考えていただけませんか。」

この人が突然投稿した映像とコメントによって、事情を知らない人たちの間に、私について一面的な印象が広がりました。その結果、私は多くの誹謗中傷を受けることになりました。

私からすれば、それこそ、自分の置かれていた事情や経緯を知らないまま評価され、批判されるという経験でした。

その投稿とは下記の内容です。

これを見てもわかるように、この投稿はかなりのインプレッション数を稼いだようです。

これだけ反応が集まれば、さぞご投稿者は、満悦だったのではないでしょうか。


なぜ、私はカメラから顔を背けていたのか

問題となった映像では、私がカメラから顔を背ける場面が使われています。しかし、その場面だけを見ても、そこに至るまでの経緯は分かりません。

私は、単に「説明から逃げるため」にカメラから顔を背けていたわけではありません。その前段には、取材をめぐる一連の悪意を感じる経緯がありました。

議会へ撮影許可の申請で示されていた事案と、その後に使用された映像の事案には【相違】があるものでした。

その日現れたテレビ局の取材では、強引にカメラを向ける場面があり、委員会の進行にも支障が生じました。そのため、複数の議員から注意があり、最終的に取材陣が退場することになったという経緯もありました。

さらにその後も、私は取材に応じない意思を示していましたが、複数回にわたって待ち受ける形でカメラを向け、最終的には隠し撮りをした映像を使用されました。

こうした一連の取材対応に対して、私は次第に強い不信感と怒りを感じるようになりました。そのため、私はその取材に応じる意思は一切なく、カメラを避けていたのです。

私がカメラから顔を背けていたのは、そうした対応を繰り返していた取材陣に対して、拒否の意思を示していたにすぎません。


一部分だけを切り取れば、伝わり方が変わる

ところが、その経緯を知らないまま映像の一場面だけを取り上げ、

「問題から逃げている」
「説明責任を果たしていない」

という印象につながるコメントが付けば、それを見た人はどう受け取るでしょうか。

実際、その投稿に対する反応を見ても、私に対する議員としての姿勢に対して、批判的な受け止めが広がっていました。

その後も、私がカメラから逃げるように見える姿を、おもしろおかしく切り取り、拡散する人が増えていきました。

反響が大きく、インプレッションも伸びる。そうした「数字が取れる題材」として、繰り返し利用されていったように感じています。

映像そのものが実際に報道されたものであっても、その前後の事情を示さず、一場面だけを切り取って人物像を評価すれば、実際とはまったく異なる印象を生み出すことがあります。

私は、それを身をもって経験しました。


「誹謗中傷されて悲しかった」のであれば


話は冒頭に戻ります。

だからこそ、今回の片岡氏のポストにあった、
「いわれのない誹謗中傷を受けたことは、とても悲しかった」
という言葉を読んで、私は強い違和感を覚えました。

これまでにも、片岡氏の発信について「事実と異なるのではないか」と他の人から指摘されている投稿を目にしたことがあります。

自分がされて嫌だったことについては必死に訂正や削除を相手に求める一方で、他人に向けた発信については、指摘を受けてもそのままにしておく。

もし、他者へ「デマだ」と削除を要求するのであれば、他人に対して自分がしてきた発信についても、同じ基準で振り返るべきではないでしょうか。

「自分について事実と違う印象を広げられれば苦しい。」
それは大いに理解できます。

では、他人に対して自分が発信した内容についてはどうでしょうか。

の投稿によって相手がどういう思いをしたのか。また、事情を知らない人たちから、どのような言葉を向けられることになったのか。


しょせん他人事ですから 〜とある市議の本音

私は、自分が直接絡まれた場合を除いて、他県の議員である片岡氏の発信を、わざわざ自分のSNSで取り上げたことはありません。

そもそも、普段から片岡氏の発信に関心を向けているわけではないからです。しかし、反対に、私については関心を向けられていたようです。

この際なので、今回は、この件について私からポストしてみました。

自分事では「いわれのない誹謗中傷を受けて悲しかった」と感じるのであれば、自分が他人に向けて発信した投稿によって、相手にも同じような苦しさや悲しさを与えることがあるということについて、一度立ち止まって考えていただきたいと思います。

そして、自分の意図とは異なる内容が広く拡散されることを「嫌だ」「つらい」と感じたのであれば、現在も残されている私に関する投稿についても、同じ基準で振り返り、削除を含めた対応をしていただきたい。

もし、自分に向けられたマイナスな印象の投稿については何としてでも削除を求める一方で、自分が他人について発信した不適切な投稿については【知らん顔】するというのであれば、議員としてその姿勢には大きな疑問を感じます。

結局、「自分のこと」と「他人のこと」で基準が違うと判断します。

なお、片岡氏の投稿で取り上げられているニュース報道の映像は、現在、著作者のサイト上では掲載されていないものです。

その映像が、片岡氏の投稿内で二次利用されたままです。

元の報道掲載のURLはこちらです。
https://news.ntv.co.jp/n/ytv/category/society/yt00f5efd1e65e47799fbd85d24ce0ce7c

また、上記の投稿で使用されている、私が映ったテレビ局の報道については、人権侵害としてBPOに申し立て、受理された申立書も自身のホームページで公開しています。

当時の取材や報道について、私がどのような点を問題として申し立てたのか、その経緯も含めて、私が当時の取材対応について申し立てた内容や、そこに至るまでの詳しい経緯については、それに詳細に書いています。

SNSを、誰かを誹謗中傷したり攻撃したりするための手段として使うことに注力するのではなく、その背景にある事実関係や、そこに至るまでの経緯も含めて見ていただきたい。

そう強く感じています。

ただ、すべての人に理解してもらえるとは思っていません。

事実関係をきちんと確認しようとしてくださる方に、事実が伝われば、それで十分です(*^^*)

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