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1000円を握りしめて、おもちゃ屋を何周もした。



子どもの頃、おもちゃ屋へ行く日は特別だった。

今みたいに「これを買いに行こう」と決まっていたわけじゃない。

今日は何に出会えるんだろう。

そんな気持ちで、自動ドアをくぐっていた。

店内へ入ると、まず目に飛び込んでくるのは天井近くまで積まれたおもちゃの箱。

右を見ればベイブレード。

その隣にはビーダマン。

少し歩けばガンプラ。

ゲーム売り場には新作ソフトが並び、カード売り場では新しいパックが光っている。

子どもの僕にとって、おもちゃ屋は「欲しいものが売っている場所」じゃなかった。

夢が置いてある場所だった。



母子家庭だったから、子どもながらに母へ何でも「買って」と言えるわけではなかった。

だから、おばあちゃんがくれた1000円は特別だった。

財布に入れることもなく、ぎゅっと握りしめて店へ向かう。

1000円で何を買うか。

その日一番大きな悩みだった。

ベイブレードにしようか。

ビーダマンも気になる。

ガンプラもいい。

ムシキングを一回やってみようかな。

いや、もう一回ゲーム売り場を見てみよう。

結局、何も買わないまま店内を何周も歩いていた。

不思議なことに、その時間が一番楽しかった。

クラッシュギア
ビーダマン
ミニ四駆
ベイブレード




ムシキングもよく遊んだ。

カードが出てくるまでの数秒が、ものすごく長く感じる。

金色のカードが出るたびに周りから歓声が聞こえてきて、

「次こそは。」

そう思いながら何度も挑戦した。

でも、最後まで自分では金のムシを引けなかった。

特に欲しかったのは、タランドゥスツヤクワガタ。

今でも名前を覚えているくらいだから、本当に欲しかったんだろう。

結局、一度も出なかったけれど。




夏休みになると、母のいとこの家へ一週間ほど泊まりに行くことがあった。

その親戚は社長さんで、トイザらスへ連れて行ってくれた。

「好きなの選んでいいよ。」

その一言が、子どもの僕には魔法みたいだった。

デジモンアクセル。

ガンプラ。

ドラゴンボールのおもちゃ。

「あれも欲しい、これも欲しい。」

1000円を握りしめて悩んでいた自分からすると、まるで夢の国だった。

今思えば、おもちゃを買ってもらえたこと以上に、

あの「何を選ぼう」と本気で悩む時間が幸せだったんだと思う。

デジモンアクセル
トレジャーガウスト





もちろん、母との思い出もある。

クリスマスの朝、枕元に置かれていたプレゼント。

デオキシスとレックウザが描かれたポケモンカードの缶。

ニンテンドーDS。

そして『ポケットモンスター パール』。

あの頃は本気でサンタを信じていた。

でも今は、それを用意してくれた母の姿を想像する。

子どもの頃はプレゼントしか見えていなかった。

大人になってから、その裏側にあった気持ちに気づくことが増えた。



大人になった今は、自分のお金でおもちゃもゲームも買える。

欲しいものを我慢することも少なくなった。

それなのに、不思議とあの頃みたいな高揚感はなかなか味わえない。

何が変わったんだろうと考えた時、答えは意外と簡単だった。

あの頃、僕が夢中だったのは「買うこと」じゃない。

選ぶことだった。

何時間でも店内を歩いて、

「今日は何にしよう。」

そうやって迷っている時間そのものが、最高の遊びだった。



最近、カードショップで11円ストレージをめくっていた時、少しだけあの頃を思い出した。

「まだあるかな。」

「次は何が出てくるかな。」

そんな気持ちでカードを探している自分がいた。

遊び方は変わった。

欲しいものも変わった。

でも、好きなものを探している時のワクワクは、あの頃とあまり変わっていないのかもしれない。

あの頃、おもちゃ屋で何周も歩いていた子どもは、

30代になった今も、カードショップで何周も歩いている。

少しだけ、探しているものが変わっただけで。



あとがき

この記事を書いている途中、noteのスキが100を超えました。

正直、一番驚いているのは自分です。

「輪ゴムでまとめたデッキで、十分楽しかった。」を書いた時もそうでしたが、僕が一番届けたいと思っていたのは、攻略でもレビューでもなく、**「あの頃の記憶」**でした。

今回の記事も、誰かにとって「そうそう、こんな時間があったな。」と思い出すきっかけになれたら嬉しいです。

いつも読んでくださって、本当にありがとうございます。

また次の記事で。

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