吉村昭「酒癖の悪さに、つらい過去なんて関係ない」
吉村昭「酒乱になった原因なんて無い。あれは生まれつき」
『私の好きな悪い癖』224ページ
●尾崎放哉についての小説 吉村昭『海も暮れきる』についての講演録
●尾崎放哉の酒癖
酒の癖が悪いことが放哉を破滅させた最大の原因なんですね。学生時代に、沢芳衛という従妹に惚れ、結婚したいと強く願ったんですが、周囲の者は、血族結婚はよくないと反対したんですね。それで放哉は、沢芳衛と結ばれることを諦めた。つまり失恋をした。それが放哉を酒癖の悪い男にした、これが半ば定説みたいになっているのです。
でも、そういうことを説く方は、お酒飲みじゃないですね。
私の周りにもちらほらいます。そういう人は、失恋したとかなんとかで酒癖が悪くなるなんていうことはない。あれは生まれつきのものです。生まれたときからの病いみたいなものです。ああいう人たちは断酒しなければダメなんです。一滴酒が入れば暴れるとか、いろいろですが、放哉の場合は、人を突き刺すような鋭いことを人に向かって言う。
私はこの小説を書くのに、ある人をモデルにしました。その人は酒を飲んでいると、だんだん顔色が青白くなってくるのです。そして頭が冴えてくるのです。それで、人の弱点をうまく突くようなことを言うんですね。それを言われちゃったらもうおしまいだというようなことをニターッと笑いながら口にするんです。こういう酒癖の悪い人たちはもうどうにもならない。相手の頭の上からビールをかけるとか、すごいことをする……。尾崎放哉も日記に書いているのですが、この町の料理屋を飲み歩き、ある店では、芸者さんに向かって、「芋掘りみたいな面をして…肥桶でもかついでいる方が似合う」と毒づいたり、また別の店へ入っていって、そこの初老の主人が「帝大を出られて、大会社のお偉い重役であられたそうですね。頭休めにこの島へおいでになっておられるのですか」って言うと、「頭休めとは考えたじゃないか。顔に似合わず小知恵が働くな」なんていうような調子でやるんですね。
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