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草弦ギター(ショートショート)

 楽器屋に行くと、ギターの弦が並んでいるコーナーに、不思議な名前の弦が売られていた。
「草弦」と、パッケージには書かれている。
 店員さんに声をかけて、それがどんなものか教えてもらうことにした。
「この弦は、草原に吹く風を混ぜ込んだ金属を使っているんです。これによって奏でられたメロディは、草原を吹き抜ける風みたいにどこまでも自由に響き渡るとか」
「へえ、それはいいですね」
 僕は感心した。どこまでも響くメロディ、とは。何だか詩的で曲の歌詞にでもできそうだ。
「ただ、過去にあったらしいという、信じがたい噂が一つありまして……」
「噂、ですか?」
 店員さんは「ええ、実は……」と声を小さくして話し始めた。
「過去に、それは腕の立つギタリストがいたらしく、彼が奏でるメロディは、草弦がなくても、まるで草原を吹き抜ける風みたいだったとか。それでですね、彼はある日、草弦を使ってギターを弾いたんです。
 するとあら不思議。彼が演奏に使ったギターが、まるで草原を駆ける馬のように、彼の元から離れて、遠くまで走り去っていったとか」
「そんなバカな」
 あくまで噂話。どちらかと言うと、おとぎ話みたいな話なので、もちろん信じるつもりは始めからないのだけれど、それにしたって突拍子がなさすぎる。ううむ、と唸っている間にも、店員さんは続ける。
「彼の元々の技術と、草弦との相乗効果で、ギターに魂が宿ったというもっぱらの噂です」
「いや。……ええ?」
 思わず変な含み笑いをしてしまう。
「それぐらいギターの音に変化を与えてくれる「草弦」、一度試してみてはいかがですか?」
 店員さんは僕に、それをお勧めしてくる。しばらく唸る。いや、いつも通りの弦でいいかな。持ち合わせも、いつも通りのものを買う分しか持ってきていない。
「またどこかのタイミングで……」
 とりあえず、いつくるか分からない「どこかのタイミング」を利用して、今回はいつも通りの弦を購入した。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
 店員さんの声を背に聞きながら、店から出る。
 その瞬間だった。どこからともなく、パカラッ、パカラッっと軽やかな足音が聞こえてきた。何となく、妙な予感がして、そっと、音が聞こえる方を見た。
 いつからそうしているのか、定かではない。ただそこには、軽やかな足取りで馬のように走り回る、一本のギターの姿があった。


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