【J★K】両手にギターを持つ男(1)
スイスからイタリアに向けて登山鉄道を行く。
そのセカンドクラスのコンパートメントで奇妙な男に出会った。彼と話していたおかげで「夢のアルプス越え」の車窓を殆ど憶えていないのは不覚である。
ところで彼がどう奇妙かって、異常に荷物が多いのだ。バックパック一個、ギター三本、エフェクター入りジュラルミンケース一個、手荷物一個。
この引っ越しのような態で、少し苦い汗の匂いをたてながら彼は「いいかな?」と言って僕の居る部屋に入って来たのだ。
彼はプロミュージシャンだった。
挨拶時にご丁寧に名刺まで貰った。『Marchinho Eiras』とあって、ギターを二本抱えた男のイラストが描かれている。だが、ピンと来なかった。
話によるとブラジル出身で、ブラジルのメタルバンド『アングラ』のメンバーとも知り合いだとか。『アングラ』は知っていたが、そこまでハマッてもなかったので、やはりピンと来なかった。
因みに彼の得意分野はメタルではなく、どちらかと言えばボサノバやジャズの方らしい。
ボサノバ……『イパネマの娘』くらいかな。
ジャズ……え、フランク・シナトラってジャズで合ってるよね……あれ、品虎?
こんな訳で微妙に噛み合わず、楽しいはずの音楽の話はすぐに途切れてしまった。
マズイッ!
ミラノまでまだ遠いッ!
間が持たないぞ?
しかし彼には話したいことが沢山あったので良かった。
「僕のギターの演奏方法はね、ちょっと特別なんだよ」
彼はケースからエレキギターを一本引き抜くと、サッとチューニングしてから軽く演奏してくれた。
驚いた。彼はフレットをハンマリングし、ギターをピアノのように弾くのだ。
「わー、凄いッ!」
目を丸くした僕に、彼はニマニマしながらもう一言加えた。
「ライブではギターをニ本下げてね、それをチェンジしながらやるんだよ」
「うへぇ~ッ!」
だからこんなに荷物が多いのかと納得。
でもそれ、ダブルネックのギターなら一本で解決するんじゃないかな? 僕は疑問に思って、その事を彼に訊いてみた。
すると彼は屈託なく一言、
「ただのパフォーマンスだよ」
と応えたのだった。
なるほどー。
