神は死んだ
神の死
「神は死んだ! 神は死んだままだ! それも、おれたちが神を殺したのだ!」と、ニーチェは神の死を宣告している。
さらに言う。
「神だって腐るのだ! 神は死んだ! 神は死んだままだ! それも、おれたちが神を殺したのだ。おれたちはみな神の殺害者なのだ! 殺人者の殺人者であるおれたちは、どうやって自分を慰めたらいいのだ?」
この言葉に、あなたはどのように反応するだろうか?
ねがわくば、躓かないでほしい。
ぼくは大学の1年の時に、ニーチェを読み、ほぼ10年間、ニーチェを読み続けた。その間、他の思想家、とくにサルトル、キェルケゴールや小説を読んだ。乱読に近い。しかし、その中で信仰を持った。奇蹟に近いだろう・・・。洗礼を受け、キリスト者になった。あまつさえ牧師になった。牧師にならなければ、ぼくは自死したかもしれない。神の憐れみによるほかはない。
パウロは自分の回心について語っていた所、「パウロ、お前は頭がおかしい。学問のしすぎで、おかしくなったのだ」とローマ総督フェストゥスに言われた。(使徒26章)
そういうぼくが、牧師職を辞した。隠退である。サバティカルではあるが・・・。こういう状況で復帰できるだろうか?
いまは、ニーチェを振り返り、神の死について、ぼくなりの「ニーチェ」を書いている。『牧師が説くニーチェ』だ。
