見出し画像

#168 ハラスメントって言ったもん勝ちだよね

いやー、暑いですよね。暑いさなかにいろいろとまとめづらいのがあって、ちょっと時間かかりました。

2026年4月期のフジテレビ系ドラマ『夫婦別姓刑事』の撮影現場で起きた、俳優の佐藤二朗さん橋本愛さんのトラブルについて、事態の推移を時系列で整理してみました。

この騒動は、単なる当事者同士の衝突ではない、複雑な経緯があります。

撮影開始前:最初の「伝達ミス」

  • クランクイン前

    • 橋本さん側の要望: 過去に舞台で受けたハラスメントのトラウマから、演技中の身体接触にデリケートな事情があるため配慮してほしいと、所属事務所からフジテレビのプロデューサー(P)に事前に伝達されていました。

    • プロデューサーの判断: Pは佐藤さんのマネージャーにはこの件を伝えましたが、「佐藤さんの演技に制限をかけないようにする」という意図から、佐藤さん本人にはこの事実を伝えないことで事務所と合意してしまいました。この「本人への不開示」が、すべてのトラブルの引き金となります。

撮影開始後:接触とルール決定

  • 3月22日(第1話の撮影中)

    • 夫婦のコメディシーン(車内での運転シーン)の撮影中、何も知らされていない佐藤さんが、アドリブを交えた演技で橋本さんの顔(顎)や肩に触れました。

    • 橋本さんは予期せぬ身体接触に強いショックを受けました。

  • 3月23日(翌日)

    • Pから佐藤さんへ、初めて橋本さんのトラウマや要望についての事情が伝えられます。

    • 話し合いの結果、「肩と腕以外を触る場合は、事前の確認が必要」という厳しいルールが決定しました。

4月:楽屋での直談判と「言葉」の衝突

  • 4月8日(第1話の撮影後)

    • 事前の事情を知らされていなかった佐藤さんは、演技に制限がかけられたことに困惑・反発し、スタッフ同席のもと橋本さんの楽屋を訪れました。

    • その際、佐藤さんが「演技に制約があるなら事前に言うべき」「相手役にそこまで制約を設けるのであれば、俳優を続けるべきではない」といった趣旨の発言をします。

    • この厳しい言葉(キャリア否定ともとれる発言)を受け、橋本さんは涙が止まらなくなるほど深く傷つき、一時撮影に支障が出る事態となりました。

撮影中盤〜後半:徹底された隔離措置

  • 4月中旬〜6月

    • 双方の事務所やフジテレビが協議を重ね、直接の接触はNGに。

    • 演技時以外の対面も最小限に抑えるという「極めて異例の撮影環境」のまま、ドラマは最終回(6月23日放送)まで撮影を継続し、完走しました。

    • 一方で、フジテレビは外部弁護士による調査を開始し、佐藤さんの楽屋での発言を「ハラスメント(言葉による精神的苦痛)」と認定。佐藤さんに対して厳重注意処分を下しました。

7月:報道による表面化と泥沼化

ドラマが終了した直後、事態は一気に世間に露呈し、炎上へと発展します。

  • 7月1日

    • 『週刊文春』が、佐藤二朗さんによる橋本愛さんへの「爆弾ハラスメント(ボディタッチや楽屋での詰め寄り)」をスクープ報道。

    • 佐藤さん所属事務所の反論: 即座に約2000字の抗議声明を発表。「事実と異なる内容」「一方的な主張」とし、ハラスメントには当たらないと反論。佐藤さん自身も「真実が明らかになることだけを望む」とコメントしました。

  • 7月2日

    • フジテレビの声明: 報道を受け、ハラスメント認定と厳重注意の事実を公表。ただし、問題視したのは「ボディタッチ」ではなく、その後の「言葉(楽屋での発言)」であると説明しました。

    • 橋本さん所属事務所のコメント: 「フジテレビの報道(説明)が事実である」と声明を出し、双方の主張のズレが浮き彫りになります。

  • 7月7日

    • フジテレビが詳細な報告書を公開: 約5300文字に及ぶ詳細な時系列の経緯を公表し、自社のコミュニケーション不全(佐藤さんへの事前伝達不足)を認めつつも、最終的に佐藤さんの発言はハラスメントに当たると再度明言し、両者に謝罪しました。

    • 佐藤さんの激怒・X(旧Twitter)への投稿: 報告書を読んだ佐藤さんは激しい怒りを露わにし、自身のSNSで「なぜフジテレビは片方だけに寄り添うのか。もうフジとは関わりたくない」「映画『踊る大捜査線』の僕の出演シーンはすべてカットしてほしい」と投稿し、さらなる大騒動となりました(※投稿はのちに一部撤回・整理されています)。

この問題の本質は、「配慮を求めていた橋本さん」と「何も知らされずに演技をしてルールを突きつけられた佐藤さん」という、どちらも被害者になり得る状況を、フジテレビの“隠蔽・伝達ミス”が作り出してしまった点にあります。そのため、現在もネット上では局の危機管理体制に対する厳しい批判が続いています。

どのようなハラスメントだったのか?

フジテレビが発表した詳細な調査報告書(2026年7月7日公表)などによると、ハラスメント認定を受けることとなった佐藤二朗さんの具体的な発言内容と主張は、以下のように記録されています。
3月の撮影初期に「事前の合意なしでの接触NG」というルールが決まった後、納得がいかなかった佐藤さんは、4月8日に橋本愛さんの楽屋をスタッフ同伴で訪れ、直接対話を図りました。その際に、以下のような趣旨の発言をしたとされています。

フジテレビ報告書に記載された佐藤氏の発言(趣旨)

佐藤さんは、橋本さんが過去に舞台で受けたハラスメント被害(トラウマ)について、「あなたの過去の被害は不幸なことだけれども」と前置きした上で、以下の3点を伝えました。

  1. 事前の情報共有についての不満

  • 「(身体接触にデリケートな制約があることを)事前に言うべきであった」

  1. 第三者の意見の引き合い

  • 「自分の友人にも相談したが、その友人もあなた(橋本さん)の方がおかしいという意見だった」

  1. 俳優としてのスタンスに対する苦言

  • 「演技の相手役に対し、身体的接触に関する一定の制約を設けるのであれば、俳優の仕事を続けるべきではない」

  • 「(今回のような)夫婦役の出演依頼があっても、これを受けるべきではないと考えている」

なぜこの発言が「ハラスメント」と評価されたのか?

外部弁護士による調査を経て、フジテレビはこれらの発言をハラスメント(受忍限度を超える精神的負荷)と判断しました。その理由は以下の点にあります。

  • キャリアの否定: 「役者を続けるべきではない」「夫婦役を受けるべきではない」という言葉は、後輩俳優に対する過度な叱責や、キャリアの否定(威圧)にあたるとみなされました。

  • 「友人」の引き合い: 第三者の意見を持ち出して「相手がおかしい」と責め立てるアプローチが、橋本さん側を精神的に追い詰める結果(涙が止まらなくなり撮影に支障が出る状態)になったと判断されました。

これに対する佐藤二朗さん側の主張

一方で、佐藤さん側(および所属事務所)はこの発言の「文脈」や「真意」について、以下のように強く反論しています。

  • 役者としての純粋なディスカッションである:
    佐藤さん側は、決して威圧や人格否定をする意図はなく、「お互いに良い芝居(リアルな夫婦の空気感)を作るために、どうアプローチすべきか」という役者同士のプロフェッショナルとしての対話・意見交換の範疇であったと主張しています。

  • 事前のハラスメント報道への怒り:
    当初、週刊誌等で「ボディタッチ(セクハラ)」があったかのように報じられたことに対し、佐藤さん側は「事実無根」と激しく反発。フジテレビも「ボディタッチ自体はハラスメントとして問題視していない」と明言したものの、佐藤さんの「楽屋での言葉」のみを切り取ってハラスメント処分にした局の姿勢に、佐藤さん自身は「なぜ片方にだけ寄り添うのか」と強い憤りを露わにしました。
    フジテレビが最初に「佐藤さんにだけ事情を伝えない」という選択をしたことで、役者としてのプロ意識から直談判に及んだ佐藤さんと、トラウマを抱えながら防衛せざるを得なかった橋本さんの双方が傷つく悲劇的な結果となってしまいました。

何が悪いのか

ネット上、特に演劇ファンやオールドタイプのドラマ視聴者、そして佐藤二朗さんのファンを中心とした層において、橋本愛さんの「役者としてのスタンス」や「プロ意識」を疑問視し、批判的に捉える動き(いわゆる「叩き」のクラスタ)が存在するのは事実です。
彼らが特に問題視し、批判の根拠としている「芝居ファーストではない」という趣旨の発言や、そこから派生した議論の構図を整理しました。

批判の引き金となった「芝居ファーストではない」というスタンス

橋本さんは、過去のハラスメント被害によるトラウマを抱えていることから、自身の心身の安全や境界線(パーソナルスペース)を守ることを最優先にしています。ネット上で批判の的となったのは、こうした彼女の姿勢や、それに関連して報じられた(あるいは彼女自身が過去のインタビューやSNS等で発信してきた)以下のような価値観です。

  • 「作品や役よりも、自分自身の尊厳や心身の安全が最優先である」という姿勢
    これを一部の過激な層は「『芝居ファースト(芸術至上主義)』ではない=役者としての覚悟やプロ意識が足りない」と解釈しました。

  • 「嫌なら最初から受けるな」という論理
    佐藤さんが楽屋で放ったとされる「制約があるなら夫婦役を受けるべきではない」という言葉に強く共感する層は、「夫婦役のコメディであれば、アドリブや突発的なスキンシップ(顔や肩に触れるなど)が発生するのは当然。それを拒絶するなら、最初から仕事を引き受けるべきではなかった(現場に迷惑をかけるな)」という論理で橋本さんを叩く材料にしています。

橋本さんを批判するクラスタの主な論調

彼女のプロ意識を疑問視する声は、主に以下のような3つの論点に集約されます。

① 「現場の空気を壊した」「演出の幅を狭めた」という論

  • コメディにおいて演者の「生っぽい掛け合い」や「アドリブ」は重要な要素であり、それを「事前の合意がないからNG」と縛ってしまうのは、作品のクオリティを著しく下げるという主張です。

  • 結果として、ベテランである佐藤二朗さんの良さ(アドリブや勢い)を潰し、現場をピリつかせ、最終的に「隔離撮影」という異例の事態にまで発展させた原因は、彼女の「融通の利かなさ」にあるとみなす声です。

② 「自己管理・プロの割り切り」を求める精神論

  • 「プロの役者なら、私生活や過去のトラウマはカメラが回っている間は封印し、役に徹するべきだ」という、いわゆる昭和気質・体育会系的な役者観です。

  • 「仕事としてお金をもらっている以上、個人の事情を現場に持ち込んで撮影をストップさせるのはプロとして失格である」という厳しいバッシングに繋がっています。

③ フジテレビへの不信感が、なぜか橋本さんへの批判に転嫁

  • フジテレビの報告書が「佐藤さんのハラスメント」を強調する内容だったため、佐藤さんファンや「佐藤さんが嵌められた」と感じた人々が、その矛先を橋本さん(および彼女の事務所)に向けました。

  • 「テレビ局が橋本愛に忖度して、一方的に佐藤二朗を悪者に仕立て上げた」という陰謀論的な見方が加わり、「被害者面をしている」といった悪質なバッシングを加速させることになりました。

この批判に対する「擁護・反論」の視点

一方で、こうした橋本さんへの叩きに対しては、「あまりに前時代的で、人権意識を欠いている」として、彼女を擁護し、ネットの論調に警鐘を鳴らす声も非常に多く存在します。

「心身の安全」を守ることはプロ意識の欠如ではない
「どんな職業であれ、労働者が自らの安全や尊厳を守りながら働くのは当然の権利。役者だからといって、トラウマを刺激されるような恐怖に耐えて体を張ることを強要される筋合いはない」という、労働環境や人権の観点からの擁護です。

ネットの一部クラスタにおける橋本愛さんへの批判は、「芝居のためなら多少の犠牲や無理は厭わないべきだ」という古い芸術至上主義・精神論と、「事前に条件を提示して安全に働きたい」という現代的な労働環境のアップデートとの間にある、深いギャップを象徴するものとなっています。

一方で、佐藤二朗さんに対する批判の矛先は、彼の持ち味でもある「アグレッシブなアドリブ芝居のスタイル」と、良くも悪くも「自分が納得するまで相手と徹底的に話し合いたい」という熱血かつ愚直な性格に向けられています。
ネットや業界内で、佐藤さん側の非や問題点を指摘・批判しているクラスタの論点を整理しました。

「身体接触ありき」のアドリブ芝居への批判

佐藤二朗さんといえば、台本にない独特の間やアドリブ、そして相手にグイグイと迫るダイナミックな演技スタイル(身体に触れる、至近距離まで顔を近づけるなど)が最大の魅力であり、お茶の間に愛されてきた要素です。しかし、今回の騒動を機に、そのスタイル自体に潜む危うさが批判の対象となりました。

  • 現代の「インティマシー(身体接触)のルール」とのズレ
    近年の映像業界では、事前の合意のない身体接触(インティマシー・シーンに限らず、突発的なアドリブでの接触も含む)は避けるべきだというコンプライアンス意識が世界的に主流となっています。
    「何も知らされていなかった」という同情論はあるものの、「事前に本人の同意を得ていないのに、アドリブで相手の顔や肩を触る演技をすること自体、現代の撮影現場の感覚からするとリスク管理が甘すぎる」という指摘です。

  • 「相手に合わせる」柔軟性の不足
    いくらコメディや夫婦役とはいえ、相手役が若手女性俳優である場合、身体接触を伴うアドリブには慎重であるべきだったという意見です。「自分のスタイル(アドリブで触る演技)を押し通すことが、相手にプレッシャーや恐怖を与える可能性に思いが至らなかったのではないか」という、ベテランとしての配慮不足を突く声があります。

2. 「納得するまで追求したい」熱血な性格がもたらした災い

佐藤さんは、演劇に対して極めて真摯で、熱いパッションを持つ役者として知られています。妥協を許さず、疑問があればとことん話し合ってクリアにしたいという職人気質な性格ですが、今回ばかりはその「熱さ」が裏目に出てしまいました。

  • 「楽屋直談判」という手段の危うさ
    ルール変更に納得がいかなかった佐藤さんは、プロデューサーを通さずに(スタッフ同席の上とはいえ)橋本さんの楽屋を訪れました。
    佐藤さんとしては「良い芝居を作るために、膝を突き合わせてお互いの本音を話し合いたい」という、役者同士の対等なディスカッションのつもりでした。しかし、ベテランの男性大物俳優が、楽屋という閉鎖的な空間に乗り込んできた時点で、若手女性俳優である橋本さんにとっては「威圧(詰め寄り)」に感じられて当然である、という構造的なパワーバランスへの配慮が欠けていた点が厳しく批判されています。

  • 対話を重んじるあまりの「言葉の暴力」
    佐藤さんは議論を徹底的に追求する中で、「それなら役者を続けるべきではない」という極論に踏み込んでしまいました。
    本人は「役者論」を語ったつもりでも、相手にとっては逃げ場のない人格否定・キャリア否定の言葉に聞こえます。「自分の正義(納得いくまで話す)を貫くあまり、相手のメンタルや立場に対する想像力が及んでいなかった」という、コミュニケーションの取り方に対する批判です。

騒動後のSNSでの「激怒・猛反論」への疑問視

さらに火に油を注いだのが、フジテレビの報告書公表後に佐藤さんが自身のSNS(X)で行った感情的な投稿です。

  • 感情に任せたポストが「大人げない」との声
    「もうフジテレビとは関わりたくない」「映画の出演シーンをカットしてほしい」といった、感情を爆発させた投稿に対し、佐藤さんのファンは「人間味があっていい」「怒って当然だ」と支持しました。
    しかし、一般層や冷静な業界関係者からは、「どれだけ自分が被害者だと思っていても、公のSNSで制作側への恨み節を感情的に書き殴るのは、プロのベテラン俳優としてあまりに大人げない」「さらに現場を混乱させ、泥沼化させるだけだ」という冷ややかな目線も向けられることになりました。

佐藤二朗さんへの批判クラスタの主張をまとめると、「『芝居のためなら、熱くぶつかり合って本音で話すべきだ』という昔気質の演劇至上主義や、自身の成功体験(アドリブ芝居)に固執するあまり、現代のアップデートされたハラスメント意識や、相手との圧倒的なキャリア・パワーの差(立場的な優位性)に無自覚すぎた」という点に集約されます。

この性格の「熱さ」と「真っ直ぐさ」が、昭和〜平成の演劇界であれば「熱い役者魂」として美談になったかもしれませんが、令和の撮影現場においては「威圧・ハラスメント」と受け取られてしまう、時代の過渡期が生んだ悲劇と言えます。 

この二人がどちらが悪いのかというのは個人的には違うと思います。この騒動において、当事者である俳優二人の対立をここまで泥沼化させ、社会問題にまで発展させてしまった原因は、「フジテレビ(制作側)」および「外部弁護士(調査・対応側)」の危機管理やプロセスの不手際にあります。
両者がとった行動のどこに問題があったのか、客観的な視点から整理しました。

フジテレビ(制作側)の致命的な問題点

すべてのトラブルの「火種」を作り、それをさらに大炎上させたのは、フジテレビの致命的なコミュニケーション不足と保身的な事後対応です。

現場の安全と役者の尊厳を天秤にかけた「不開示」の判断

フジテレビ側は、クランクイン前に橋本さん側から「身体接触に関する配慮の要望」を正式に受け取っていました。にもかかわらず、「佐藤二朗の演技に制限をかけたくない」という極めて安易な理由で、佐藤さん本人にその事実を隠しました。

  • 問題点: 橋本さんの安全を守る義務を放棄したのと同時に、何も知らされていない佐藤さんに「後から加害者役を押し付ける」という、双方に対する背信行為です。この時点で、現場でトラブルが起きることは火を見るより明らかでした。

問題の矮小化と「後出しルール」による現場の混乱

最初の接触トラブルが起きた際、制作陣は当事者間のケアを徹底するのではなく、「肩と腕以外は接触NG」という現場ルールを後から急造しました。

  • 問題点: なぜそのようなルールが必要なのか、佐藤さんに対して納得のいく「事前の経緯」を丁寧に説明・ケアしなかったため、佐藤さんの困惑と反発を招き、結果として「楽屋での直談判」という最悪のトリガーを引くことになりました。

徹底的な「事後対応の迷走」と責任転嫁

週刊誌に報道されて以降のフジテレビの対応は、一貫して「自社の保身」と「その場しのぎの釈明」に終始しました。

  • 問題点:

    • 当初は「ボディタッチはハラスメントではない」と言いながら、後に「楽屋での言葉がハラスメント」と論点をずらして佐藤さんのみを処分。自らの「伝達ミス」という根本原因から世間の目を逸らそうとしました。

    • 最終的に5,300字に及ぶ詳細な報告書を出したものの、結果として所属事務所同士の主張の泥沼化を招き、佐藤さん本人から「もうフジとは仕事をしたくない」とSNSで絶縁宣言をされるという、キャスティング・マネジメントにおける最悪の結末を招きました。

外部弁護士(調査・評価側)の問題点

第三者として中立かつ客観的な調査を行うべき外部弁護士の対応についても、法的な整合性や「ハラスメント認定」のプロセスにおいて、いくつかの疑問点や問題が指摘されています。

「構造的要因(フジテレビの過失)」への評価の甘さ

弁護士は、佐藤さんの「楽屋での発言」を単体で切り取り、それが橋本さんに与えた精神的苦痛を根拠に「ハラスメント」と認定しました。

  • 問題点: ハラスメントの発生には、「佐藤さんが何日も理由を教えられず、演技を制限され、極限まで困惑していた」というフジテレビが作り出した異常な背景(情状酌量の余地)がありました。この「フジテレビの不作為(やるべきことをやらなかった過失)」と「佐藤さんの言動」の因果関係を十分に考慮せず、佐藤さん個人の「言葉の暴力」として一面的に断罪した判断は、中立性を欠く「トカゲの尻尾切り」に加担したと捉えられても仕方のないものでした。

業界・表現の現場における「対等性」の解釈ミス

弁護士は通常、一般的な企業組織における「上司と部下(パワハラ)」の構図をベースに判断を下しがちです。今回も、ベテラン男性俳優(佐藤さん)と若手女性俳優(橋本さん)という関係性から、一方向的な「威圧・ハラスメント」と認定しました。

  • 問題点: しかし、表現の世界における「役者同士のディスカッション(役者論のぶつかり合い)」は、一般的なオフィスの主従関係とは異なる特殊なプロフェッショナル同士の対話です。佐藤さん側が「良い作品を作るための職人同士の議論」と主張した背景にある「表現の現場の特殊性」を、法律家としての画一的な物差しだけで測り、一方を「加害者」として処理してしまった点は、業界の現実と乖離した判断だったという批判を免れません。

総括

この問題において最も責められるべきは、「要望を預かりながら当事者に伝えず、問題が起きたらルールを後付けし、泥沼化したら弁護士を使って片方に責任を押し付けた」フジテレビの危機管理・プロデュース能力の欠如です。
そして、その歪んだ構図を是正できず、形式的なハラスメント認定で幕引きを図ろうとした外部弁護士の調査プロセスもまた、佐藤さんの激しい憤りと、ネット上での「どちらが悪いのか」という不毛な対立を加速させる一因となってしまいました。

さて、以上のように導火線は多方向に広がっていたのがよく分かります。
これまでの経緯や複雑な構造を振り返ると、「すべての導火線に火をつけ、事態を修復不可能なレベルまで爆発させたのは、間違いなく『週刊文春』の報道である」という見方は、この騒動の本質ではないでしょうか。

フジテレビの致命的なミスや、役者同士のボタンの掛け違いという「可燃物」はすでに現場に転がっていましたが、それを世間に引きずり出し、当事者や事務所を過激な「自己防衛モード(泥沼の殴り合い)」に追い込んだのは文春のスクープでした。
文春の報道がどのような「火」をつけたのか、その役割と罪罪をまとめました。

「セクハラ・ボディタッチ」という歪められたフレーズの投下

文春が最初に報じた際のインパクトは、「佐藤二朗が若手女優に爆弾ハラスメント(執拗なボディタッチや楽屋での詰め寄り)」という極めてセンセーショナルな切り口でした。

  • 歪められた構図:
    実際には、佐藤さんの接触は「何も知らされていない中での、夫婦役としての芝居・アドリブ」でした。しかし、文春が「ボディタッチ(セクハラ)」を連想させるおどろおどろしい文脈で報じたことで、世間には一瞬にして「ベテラン男優が若手女優にいやらしく触り、怒鳴り込んだ」という最悪のイメージが刷り込まれてしまいました。

  • 佐藤氏を「絶対に退けない立場」に追い込んだ:
    役者としてのプライドや名誉を根底から覆すような報じられ方をしたため、佐藤さん側は「事実無根である」と2000字に及ぶ異例の猛抗議声明を出さざるを得なくなりました。もし文春が報じなければ、内々で処理・和解できていた可能性があった対立が、公の「名誉をかけた全面戦争」になってしまったのです。

フジテレビの「トカゲの尻尾切り」を加速させた

文春にスクープされたことで、フジテレビは「世論からの大バッシング」という最大の恐怖に直面しました。これにより、局は「自社の落ち度を隠しつつ、いかに早く事態を収束(火消し)させるか」という最悪の保身モードに突入します。

  • 形式的なハラスメント認定:
    文春報道によって世間の厳しい目が注がれたため、フジテレビは外部弁護士を使い、「言葉によるハラスメントがあった」として佐藤さんを早急に処分・謝罪する形をとりました。これは、文春に暴かれた「自社の事前伝達ミス」という大失態から世間の目を逸らし、「佐藤個人の問題」にすり替えるためのスピード決着(トカゲの尻尾切り)でした。

  • フジテレビにこの不条理な決断を迫り、佐藤さんの「もうフジとは仕事をしない」という怒りの絶縁宣言を引き出した元凶こそ、他ならぬ文春の報道圧迫だったと言えます。

ネット上の不毛な「叩き合い」という火に油を注いだ

文春は、詳細な事情(フジテレビの伝達ミスという構造的問題)よりも、「被害に怯える哀れな若手女優」と「傍若無人なベテラン大物男優」という、ウケを狙った単純な二項対立で記事を構成しました。
これにより、ネット上では冷静な議論が行われなくなり、以下のような極端な対立(二次災害)が生み出されました。

  • 「橋本愛はプロ意識が低く、わがままで現場を壊した」と叩くクラスタ

  • 「佐藤二朗は時代遅れのパワハラ親父だ」と叩くクラスタ
    誰も幸せにならない不毛なバッシングの応酬は、文春が世論の倫理観やゴシップ欲を刺激したことで発生したものです。

  • そもそも「爆弾ハラスメント」というあおり方が一番たちがわるいです。

文春は「正義の告発」ではなく「燃料の投下」だった

週刊誌側は「芸能界のハラスメントを是正するための義憤(ジャーナリズム)」という大義名分を掲げるかもしれません。
しかし今回のケースにおいては、撮影自体はすでに異例の隔離措置をとりながらも「完走」しており、現場での火種はなんとか燻(くすぶ)りながらも収まりかけていました。そこに文春がガソリンを注いで大炎上させた結果、傷ついた橋本さんのトラウマは世間に晒され、佐藤さんの名誉は傷つき、テレビ局の機能不全が露呈するという

「誰も得をしない壊滅的な更地」

が残されることになりました。

まさに、週刊文春というメディアの「売上と炎上至上主義」が、すべての火種を一気に爆発させた張本人であるという指摘は、この騒動の決定的な側面を表しています。

↓毎日暑いですよね。クリックだけでもお願いします。買ってくれたらなお嬉しいです。


いいなと思ったら応援しよう!