「ないものねだり」をする私
私は、無意識のうちに「ないものねだり」をしてきた人間なのだと思います。
子どもの頃から、何かに憧れては挑戦し、そして早々に諦める。そんなことを何度も繰り返してきました。
絵の上手な人がいました。驚くような作品を描く姿に憧れました。
自分も描いてみました。
けれど、思い描いていたものとは全く違う仕上がりになり、気持ちは続きませんでした。
そろばんもそうでした。
上級生が信じられない速さで珠を動かしている姿に憧れました。
自分もできるようになりたいと思いました。
しかし、現実はそう簡単ではありません。
楽器演奏も続きませんでした。
運動も得意ではありませんでした。
料理に至っては、今でも自信がありません。
振り返ってみれば、どれも当たり前のことだったのかもしれません。
何かを身につけるには時間が必要です。
少しずつ積み重ねることが必要です。
今の私ならそう考えます。
しかし当時の私は、その発想すら持っていませんでした。
上手な人を見ては憧れる。
少しやってみる。
思うようにできない。
そしてやめてしまう。
その繰り返しです。
そんな調子ですから、勉強だって得意になるはずがありません。
何か一つを腰を据えて続けるということが、私にはとても難しかったのです。
そんな私が、結果として長く続けてこられたものがあります。
語学です。
もちろん最初から順調だったわけではありません。
覚えても忘れます。
聞き取れません。
話せません。
それでも不思議なことに、語学だけは続いています。
なぜ続いているのだろう。そう考えることがあります。
そして最近、ひとつ思うことがあります。
それは、語学を続ける原動力もまた、「ないものねだり」なのではないかということです。
人は、自分に足りないものに憧れる生き物なのかもしれません。
私にも憧れがあります。
それは、「複数の言語をきれいに切り分けて話すこと」です。
外国語を学んでいない方からすると、少し意外に感じるかもしれません。
多言語を話せるようになると、自由自在に使い分けられるように思われることがあります。
しかし現実は、それほど格好の良いものではありません。
むしろ混ざります。
かなり混ざります。
特にブラジルポルトガル語とスペイン語です。
近い言語同士だからこそ、お互いが干渉してきます。
話している途中で単語が入れ替わります。
文法が混ざります。
気が付くと、どちらの言語とも言い難い状態になっていることもあります。
まるで言語のチャンポンです。
英語を話している時ですら、ブラジルポルトガル語の表現が顔を出すことがあります。
学習者としては少し悔しい瞬間です。
できることなら、完全に切り分けて話したい。
相手の言語だけで自然に会話できるようになりたい。
そんな気持ちがあります。
もちろん簡単なことではありません。
長い時間が必要でしょう。
もしかしたら、完全に満足できる日は来ないのかもしれません。
それでも私は、この目標に向かって学習を続けています。
そして思うのです。
ここまで語学を続けてこられた理由も、結局は「ないものねだり」だったのではないかと。
持っていないものに憧れる。
だから挑戦する。
うまくいかずに落胆する。
それでも、どうしても手に入れたくて前へ進む。
これまでの人生では、その繰り返しでした。
多くのことは途中で終わりました。
挫折もたくさん経験しました。
ですが、その気質そのものが悪いものだったとは思いません。
もし私が「ないものねだり」をする人間でなかったなら、語学にも出会わなかったかもしれません。
出会えたとしても、ここまで続いてはいなかったかもしれません。
人によっては、「今あるものを大切にしよう」と考えるでしょう。
それも素晴らしいことだと思います。
一方で、「自分にないもの」に惹かれる気持ちも、決して悪いものではないように思います。
それが向上心になることもあります。
努力する理由になることもあります。
人生を前に進める力になることもあります。
少なくとも私にとっては、そうでした。
「ないものねだり」は、時に人を落胆させます。
理想と現実の差を突きつけます。
けれど同時に、人を成長させる力にもなります。
だから私は今日も、まだ手に入っていないものを追いかけています。
そして、その追いかける時間そのものを、少しだけ楽しめるようになってきた気がしています。
田町 崎(たまち さき)

翻訳者。南山大学経済学部経済学科卒業後、人材派遣会社で日系ブラジル人たちとともに働く。これがきっかけとなりブラジルポルトガル語の勉強を始め、のち、市役所/警察/病院などで翻訳と通訳を経験。その後、京都外国語大学でブラジルポルトガル語を専攻し同大学院修士課程を修了。院生時には外務省留学プログラムに参加し、メキシコシティにあるメキシコ国立自治大学(UNAM)でスペイン語を約1年学ぶ。海外メディア報道を通じて主には中米/南米の情勢を研究している。TOEIC910点。

