知能爆発の入り口で考える① 「ツルハシ銘柄」の一歩先を読む
2,000ドル規模のトークン費用。
10年以上進展のなかった数学と理論計算機科学の問題に、OpenAIの社内モデルが解決または大きな進展をもたらしたと発表された。その探索にかかった費用である。査読はまだ進行中で、成果の最終的な評価は今後変わりうる。それでも、この価格で研究の最前線が動いたという事実は残る。
前回、この発表に将棋AIと同じ既視感を覚えたことを書いた。
人間が積み上げてきた探索範囲を、機械が外側から踏み越える。将棋で一度見た光景が、数学で戻ってきたように見えた。
今回は、その先を株式市場の側から考える。ただし新しい銘柄を勧める記事ではない。私はFIREを控えていて、個別株をこれ以上増やすつもりはない。技術の進歩によって産業のボトルネックがどこへ移るのか、考えるのはそこだけである。
この記事でいう「知能爆発」とは何か
知能爆発と聞くと、AIが自分のコードを書き換え、短期間で人間に理解できない超知能へ跳ね上がる場面を想像する人もいると思う。もともとこの言葉は、人間を超えた機械がさらに優れた機械を設計し、その繰り返しで知能の進歩が加速するという考え方を指している。
この記事では、それより少し広い意味で使う。
AIが数学やプログラミング、物理学や化学、材料や半導体設計の研究を進める。その成果が新しいアルゴリズム、半導体、材料、研究装置へ反映され、次世代のAIをさらに強くする。AIだけで閉じた自己改良ではなく、人間と大学と企業と製造設備を含む研究開発システム全体に正のフィードバックが生じる状態の事を指して使う。
完全な知能爆発が起きたと断定するつもりはない。ただ、その循環の一部はすでに動き始めているように見える。だから私は今を「知能爆発の入り口」と表現する。
将棋の次に、数学で起き始めたこと
将棋AIの進歩は、基本的に将棋の中で閉じていた。強くなったソフトが強いソフトを直接設計するわけではない。人間の棋力と定跡は塗り替わったが、それは将棋という盤の上の出来事だった。
数学とアルゴリズムは違う。そこで得られた成果は、AIそのものを作る技術へ還流しうる。計算量を下げるアルゴリズム、暗号や符号の理論、最適化の手法は、そのまま次の学習と推論の効率に効いてくる。数学の進歩は物理学や化学にも波及し、材料と半導体と量子計算の側にも回っていく。
2026年時点でもモデルの進歩は速い。私は2026年後半から2027年にかけて、研究の速度そのものがもう一段上がると見ている。これは予測であって、確定した見通しではない。
では、この変化は株式市場のどこに利益を生むのだろうか。
「ツルハシを買え」はもう知られている
AI投資の世界では、すでにツルハシ側が注目されている。GPU、半導体製造装置、データセンター、電力、冷却、ネットワーク。ゴールドラッシュで金を掘るより、ツルハシを売る側が確実に儲かるという古い教訓である。
これは正しいが、もう誰でも知っている。株価にも織り込まれている。
知能爆発を前提にするなら、考えるべきは今不足しているツルハシではない。技術が進んだ結果、次に不足する工程はどこかということだ。
「ツルハシ銘柄」の一歩先を読むとは、次に人気化する銘柄を当てることではない。ボトルネックの移動を読むことだと思っている。
AIが速くなるほど、現実世界が詰まる
研究という営みは、仮説を立て、試料を作り、実験し、測定し、解析して、また次の仮説へ戻る循環でできている。
AIが強くなると、この循環のうち情報だけで完結する両端が劇的に速く、安くなる。仮説を立てる工程と、出てきたデータを読み解いて次の仮説へつなぐ工程である。材料候補も反応条件も装置設計も、机上でいくらでも量産できる。
一方、現実世界で試料を作り、加熱し、壊し、測る速度は同じようには増えない。装置の台数と処理時間と人手に縛られている。
だから、ボトルネックは知能の不足から現実世界の処理能力不足へ移る。AIが候補を100倍作れても、実験できる数が従来のままなら、研究全体は100倍にならない。
AIが考える速度が、現実世界が答える速度を上回る。この記事で言いたいのは、その一点である。
半導体では、検査が答え合わせを担う
分かりやすい例が半導体だと思う。
AIが新しい回路設計や製造条件を提案しても、実際に作られたものが設計どおりか、欠陥がないか、量産に耐えるかは、作って測るまで分からない。そこで欠陥検査、寸法計測、膜厚と組成の測定、歩留まり解析、先端パッケージの検査が必要になる。
検査装置は、完成品を最後に見るだけの機械ではない。作って、測って、条件を直して、また作る。この学習ループを成立させるための装置である。AIが提案する条件が増えるほど、答え合わせの回数も増える。
KLAやアドバンテストのような企業がこの領域にいるが、ここでは例示にとどめる。決算やバリュエーションの話は別の記事の担当だ。ボトルネックが価格に表れる産業と、そうでない産業の違いについては、以前に医療と対比して書いた。
研究室でも、構造は同じである
化学や生命科学のラボオートメーションも、業界が違うだけで構造は同じだと思う。AIが実験条件を決め、ロボットが試料を扱い、分析装置が測定し、データが構造化され、AIが次の実験を決める。
注目すべきなのはロボットアーム本体だけではない。試料の前処理や精密な分注、分析装置とそこに消えていく試薬と消耗品、測った値を次に使える形へ揃える工程、そして機器同士をつなぐ部分にも、それぞれ固有の難しさがある。品質保証と再現性を支えているのはそうした地味な工程で、人手が残っていて代替しにくいところほど、詰まったときに全体が止まる。
派手ではない。ただ、AIが仮説を増やすほど、この循環を高速化する設備の重みは増していく。
現場にいる人だけが持っている情報がある
私は大学を離れて長く、今の実験機器には詳しくない。だから個別企業の優劣は断定できない。
一方で、日常的に機器へ触れている人には、決算資料からは出てこない情報があるはずだ。予約が取れない装置はどれか。測定より前処理に時間がかかっていないか。人間の手作業が残っている工程はどこか。故障すると研究全体が止まる機器は何か。消耗品や保守契約が継続的に必要か。他社製へ切り替えにくい理由は何か。そしてAIが候補を増やしたとき、最初に足りなくなる処理能力はどれか。
毎日使っている装置を投資対象として見る人は少ない。しかし、この機器が止まると研究全体が止まるか、という問いで眺め直すと、産業の支配点が見えてくることがある。私が薬局の窓口で見ているものも、そういう類の情報だと思っている。
考えることと、買うことは別である
私はFIREを控えていて、個別株はこれ以上増やさない方針でいる。TSMCや半導体製造装置の関連企業はすでに持っているので、AIから製造と検査へ向かう流れには一定程度乗っている。ラボオートメーション関連を追加で買う必要は感じていない。
それでも、技術の進歩によって利益の源泉がどこへ移るのかを考えること自体は面白い。株式市場は、次に買う銘柄を探す場所であるだけでなく、技術と資本と人間の判断を観測できる巨大な実験場でもある。
AI時代のツルハシは、GPUだけではない。「一歩先を読む」とは、次に上がる銘柄を当てることではなく、次のボトルネックがどこへ移るのかを考えることだと思っている。
買うかどうかは、その後の別の判断だ。ただ、実験や研究の現場で機器に触れている人なら、自分の周囲にある「次のボトルネック」を投資の視点から眺めてみるのも面白いのではないかと思う。
📌 この記事を書いている人 会社員(薬剤師)として働きながら、2025年に金融資産1億円に到達した個人投資家です。医療現場の感覚と投資家の視点で、AI時代に何が変わるのかを記録しています。
▼ はじめての方へ:「普通の薬剤師が資産1億円に届くまで」
▼ このnoteについて:「試して、やめて、残ったもの――投資歴15年の現在地」
▼ X: https://x.com/aipharmainvest /質問箱: https://note.com/qa/tanaka936 この記事の内容に誤りがあれば、コメント欄またはX、あるいは質問箱でお知らせいただけると助かります。確認のうえ、必要に応じて追記・修正します。
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本記事は、筆者個人の投資経験と考え方を整理したものであり、 特定の金融商品・銘柄の購入を推奨するものではありません。 投資判断は、ご自身のリスク許容度、投資目的、資産状況を 踏まえて行ってください。
