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#2|聞き書き|88才祖父|それがオレの人生の反省だ

今回は、戦後の青年期以降の話。
戦時中の話はこちら。

野球ボールの穴がいくつあるか知っているか?
108つ。数えたんだよ。穴を。1個縫うのに2時間かかるだよ。
練習して帰って勉強する時間なんてねぇよ。

野球一筋だった、祖父。
昔の野球ボールは糸が切れてしまうことが多い。
その糸を縫い直すのが1年生の仕事だったようです。

あ、もう12時だ。休憩しようか。
まだまだ話がいっぺえある。

祖父はもうノリにノッテいます。

本当は大学に行きたかった。もう少し勉強したかった。
だけど経済的に行けなかった。親がそれは無理だと。

市役所に入っても、野球部に入った。
それが毎日15時から練習するだ。仕事は17時までだけど、15時になったらグラウンドに行っちまうだ。黙認ってことだ。
誰も何も言わずに野球部を応援してくれた。
試合にも職員みんな応援にきてくれたよ。
呑み屋のママさんもみんなくる。呑み屋に行っても付けが効くし、付けを払ってまた付けてきちゃう。

公務員にもこんな時代があったんですね。

オレは、ケガもたくさんしたよ。
ファーストをやっていた時、ショートからの送球を捕ろうと手を出そうとしたら、ランナーとぶつかってミットをつけたまま腕が逆の方へ曲がっちゃった。曲がった腕を抱えてそのまま医者に行った。

昔はメガネをかけていたからボールがメガネに当たってガラスが目に入ってしまった。出血したまま眼科に行った。血が出ている目を見ながら先生が、
「たいしたもんだね、黒目に全然傷がついていない」っていっただ。
黒目に入っていたら失明だな。

私も体全体が不器用でケガが多かったですが、それは祖父から受け継いだ性質のようです。

オレは、少年野球の監督を10年間やった。
選手には毎日、日記帳を書かせただ。中身はなんでもいいだ。
今日はえらかったでも、今日はいい天気だったでもなんでもいい。
というのも日記を書こうとすれば、カバンを広げるじゃん。
そうしたら学校の宿題を思い出すじゃん。あ、宿題をやらないと、となる。
そうしたら学校の先生にオレが褒められた。
田中さん、いい教育ですねって。ハハハ。

オレはね、おふくろに
「沈黙は金」ってことばを教わった。

これは祖父の人柄をよくあらわした言葉です。

女房との出会いは、市役所の売店。
どっちからのアプローチかだって?
ううん、どっちかっていっちゃあ、オレだな。

祖父母の馴れ初めを聞けるのもたまらなくおもしろい。
照れくさそうにしていました。

息子が生まれたときに、女房へ何をプレゼントするか悩んだ。
けど、やれるものがない。だから、
「オレが一番好きでお前が一番嫌いなものをやめる」
と、いってタバコをやめた。

今回の聞き書きの中で一番好きな話です。

7年、認知症になった女房の面倒をみた。
最後は下の面倒まで。夜は途中で起きちゃう。
普通の会話をしていても全然違う話になっちゃう。

そうして施設に入れただよ。
施設に入っていたのは、11か月くらいだったな。
お見舞いに行って最後にオレにいった言葉は、
「お父さん、ごめんね」だった。

過去をクヨクヨして生きるなと。
そして将来をあんまり心配して生きるなと。
今日あることを喜んで生活しろと。
こういうことを実践してオレは生きている。
ケセラセラっていう歌があるじゃん。なるようになるさって。あの気持ち。

女房は黙ってオレについてきてくれたな。
62年間だよ。亡くしてみて思う。
夫婦喧嘩なんてほとんどない。
オレは亭主関白ってやつだった。

女房にはもう少し優しくすればよかった。
施設に入ってもらったけど、オレが苦労してでも、もう少し見てやりたかった。

だから、若いひとにいいたいのは、女房を大切にしろし。
亡くなってはじめてわかるよ。

それがオレの人生の反省だ。


祖母が亡くなってからの祖父は暗く沈んでいました。

家族に心配かけまいと気丈に振る舞っていましたが、明らかにこれまでの祖父よりも足取りが弱々しく感じました。
気の利いた言葉さえかけてあげられず、悶々とした日々を過ごしていました。

それからしばらく経った年末、毎年恒例の家族での餅つきのことでした。
朝早くから準備を進めていると、奥の部屋から見事な藍色の前掛けを腰に巻き、袖を力強くたくし上げた祖父が出てきました。

祖父は軽快にすたすたと歩き、のし板の前に音を立てずに座りました。
そのまま慣れた手つきで餅とり粉をのし板に広げ、出来あがった熱々の餅がのし板に載せられると、迷いなく素手で餅を伸ばし始めました。その一連の動きと顔つきは私が幼い頃見ていた質実剛健な祖父とまったく変わりがありませんでした。

その祖父の姿に見とれた瞬間に祖父への好奇心が、ぐわぁっと目の間に現れました。同時にこの瞬間を逃すと、祖父が私から遠くに離れて行ってしまう、そんな不思議な感覚におそわれました。
そうなると、いてもたってもいられず、恥を忍んで祖父に手紙を書き、この度話を聞く機会を得ました。

話を聞き終えて挨拶を済ませ、祖父の家を出るときには、
「おかげで自分の人生を初めて振り返ることができた。本当にありがとう。」と、くしゃっと笑ってくれました。

冬の暮れでしたが、私は頬と胸を赤らめながら気持ちよく自転車で家まで帰りました。

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