漫画の「時間」と「リズム」について、七夕の朝に考えたこと
【7/7配信】漫画の「時間」と「リズム」について、七夕の朝に考えたこと
おはようございます。
■ 今日は七夕です
大阪は朝から曇り空。この調子だと星は見えなさそうです。
≪それは新暦で、旧暦であれば晴れます!≫
なるほど、そういうことなんですね。旧暦の七夕には期待しましょう。
マンションの玄関に住人有志の方によって大きな笹飾りが出ています。
「理事長も短冊を書いて、盛り上げてください」と言われました。
マンションの理事長として短冊に描きました。
キュアアルカナ・シャドウを(笑)。

マンションの子どもたちに受けようと。
アルカナ・スターレインな感じで、紫の蛍光ペンで星をいっぱい散らして。
『鬼滅の刃』の猗窩座が「お前も星にならないか」とやっている短冊も考えたのですが、小さな子どもが怖がったらいけないので却下しました。
≪アルカナシャドウ可愛いです≫
≪盗まれそう(笑)≫
ありがとうございます。盗まれるのは、それはそれで構わないです(笑)。子どもが持って行ってくてくれたらむしろうれしい。
■ 今週のお仕事:「豊中の健康マージャン」のミニキャラ
(CLIP STUDIOの画像)
「豊中の健康マージャン」のイラスト案件、ミニキャラを6種類描くことになっています。
このテラちゃんは「とよま~(豊中の健康マージャン)」の新キャラです。
これまでも、お店のマスコット「とよま~らいおん」やレギュラーイベントのイメージキャラクターなど、いろいろ描かせていただいています。
僕が描いた「とよま~」のキャラクターイラストは、お店のサイトでご覧いただけます。
≪LINEのステッカー転用を前提のデザインですか?≫
この絵はLINEスタンプ用の絵でもあります。
LINEスタンプで「豊中の健康マージャン」と検索すると出てくるはずです。
■ 膨らませすぎ
昨日、○○さんから「作品のメインの部分に集中すべきだ」というご意見をいただきました。
仰る通りでした。
アイデアを後から後から付け足してしまって、話がどんどん膨らんでしまっている。
連載漫画ならそれでいいのですが、一本でまとまっていないといけない作品では、そんなやり方での膨らみ過ぎはマズい。
焦点がはっきりしなくなります。
メイドの躾け場面を見せたいのか、不思議な世界観を見せたいのか、作品のメインがはっきりしなくなる。
それから、時系列の構成では読者を待たせ過ぎですね。
もっと、読者が期待しているシーンがまずある、という形にしたいですね。
サビのフレーズから始まる歌のように。
設定のアイデアやイメージは「出汁」にしてしまわないとダメだ、そう気がついて。
昨日から全面的な作り直し作業をしております。
≪たくし上げってロマンがありますね。大好物です!≫
■ 紙の漫画とデジタルコンテンツ、「時間」の違い
僕はずっと紙の書籍で漫画を描いてきたので、「ページは限られている」というのが骨の髄まで沁み込んでいます。
省略。圧縮。飛躍。
そういった創作技法もまた、ページ数が限られている紙の書籍・雑誌で、面白い作品にするための方法でもありました。
ただ、こんなことも思うのです。
その昔、手塚治虫先生が今のストーリー漫画の形式を描き始めた時、先達の漫画家たちからの否定的な反応もあったと言われています。
一枚の絵でユーモアや風刺を鋭く描く、それこそが漫「画」ではないのか。
それを、こんなに何ページも使って…、と。
『新宝島』のオープニング。
ケン一くんが猛スピードで自動車を走らせている。
ケン一くんの顔にアップになっていったり、視点が回り込んだりしながら、その様子が何ページも連続していく。連続する時間が描かれているのです。
「まるで映画だ!絵が動いているようだ!」
藤子不二雄少年たちを大いに興奮させたこの漫画の革命です。
しかし、一枚の絵でユーモアや風刺を鋭く描くことこそが漫画だとするなら、
描くべきものをギリギリまで煮詰められない故の邪道ということになります。
ページ数の多い漫画雑誌というものが、日常にあふれるようになるのはまだ未来でした。
だから僕としては悩むのです。
僕が人生の多くの時間をかけて骨身に沁み込ませた、漫画技法はすべて、紙書籍というメディアの制限によるものかもしれない、と。
デジタルにはページ制限はありません。
むしろ長い方が読者に喜ばれる傾向がはっきりあります。
コロナ禍でリアルイベントが次々と中止になり、作品を紙の同人誌と両立させることを前提としなくなっていった時期、FANZAなどの作品のページ数は爆発的に増えました。本当に爆発的に。
同人作品が「薄い本」である必要がなくなったのです。
数十ページどころか、数百ページ。千ページを超える作品さえどんどん登場してきました。
作品の形式がデジタルデバイスに特化して進化したのです。
紙雑誌のページ数制限に縛られる必要がないデジタルデバイスゆえの作品や表現も次々と現れています。
藤本タツキ先生の『ルックバック』も。
タイザン5先生の『タコピーの原罪』も。
創作技法の正しさは、不変のものではないのです。
■ 「いらない場面」が気になってしまう性分
僕には職業病的な習い性があります。
商業誌で漫画を描くことを稼業にしてきたせいで、「いらない描写」がすごく気になってしまうのです。
漫画に限らず、ドラマでも映画でも。
「この場面は、なくても成立するだろう」
「この会話、特にいらないだろう」
「余計な説明」
「いつまでやっているんだ」
と、「いらない描写」だと感じてしまうと、
何かとんでもない間違いを見せられている気持ちになってしまうのです。
だから僕はあまりゲームができません(笑)
ゲーム世界の中での時間を楽しむものが多いのですが、
自分はすぐに「こいつとの会話、実は全然いらないんじゃないか。話を進めてくれ」となってしまって(笑)
≪発表媒体と読者層の違いでは?≫
まさにです。
紙はページ数が限られているけれど、デジタルは本当に長い。
作品が提供する「時間」そのものが違うのだと思います。
■ リズムを作る
漫画を演出していて面白いのは、情報量と時間のコントロールです。
コマとページで、漫画の語り口・文体を作っていく。
作品の時間を作る。リズムを作る。
ここ1〜2年、僕はコマではなくスワイプで作品の「時間を作り出す」「リズムを作る」ことに挑戦しています。紙書籍ではなく、スマートフォンをデバイスとした作品作りです。
まだまだ研究中ですが、この探求は実に面白い。
作家というのは、それぞれ独自のリズムを持っています。
浦沢直樹先生の漫画は、リズムがすごく安定していて、何巻でも何巻でもいくらでも読めてしまいます。
福本伸行先生の漫画は、複雑な場面でも、引き込まれてスルスルと読めてしまう。
これはコマ割りと絵とページ構成、言葉のリズムの作りが見事だということです。
高橋留美子先生もあだち充先生も、それぞれ固有のリズムを持っている。
語り口と言ってもいいかもしれません。
上手い人の漫画は、読み始めると心地よく、その語り口でいくらでも読めてしまう。
■ 北野武映画の歩き
≪小説でいえば復活の日で吉住がワシントンDCから南米の果てに移動が10pもないみたいデスね。≫
映画版ではそこが大クライマックスで、誰もいない世界を主人公がずっと歩いていく場面が長く描かれます。
映画『砂の器』の遍路の親子が日本を旅する場面も同様で、原作小説には存在しません。圧倒的な音楽と映像で見せる場面です。
これもまた、作品形式が提供する時間の違いですね。
≪北野映画の歩くシーンとか、無駄だけど見させますよね≫
これがいいんですよね、北野映画の歩き。
『その男、凶暴につき』の、主人公が朝出勤してくる場面。エリック・サティの「ジムノペディ」が流れる中、ただ歩いてくるだけなのに、めちゃくちゃ印象的です。
北野武監督は「動いているものを見るのは人間の脳にとって楽だが、動いていないものをじっと見るのは負担がかかる」という趣旨のことをおっしゃっていた記憶があります。派手に動かせば動かすほど、観客に与える映画の印象はむしろ薄くなる、と。
北野映画では登場人物たちが、ずっと歩いている、ダラッと歩いている。
こっちはそれをじーっと見ることになる。
これが独特の映画体験になる。
一方では、「視聴者は興味が持てなかったらすぐに次の動画にスワイプしてしまう。変化のない動画に許された時間は最大2秒」とTikTokなんかでは言われます。
TVでも視聴者が同じ画面で耐えられる時間は5秒とか7秒とか言う話があるそうです。
■ 再び作業
(CLIP STUDIOの制作画面)
制作中の新作『雛の館』に戻ります。
時系列の構成でヒロインが物語の舞台になる館に来るところからではなく、ついにヒロインが伯爵に召されて馬車に乗り、震えているところから始まるに構成に変更しよう…と考えていました、
しかし、今朝、話しながら思ったのですが、
馬車も、伯爵の元へ向かう場面も、何もかもカットしていいのかもしれません。
作品のメインは、ヒロインが性的に妖しく開花させられていく過程です。
≪私はこれから伯爵さまにからとか≫
そうです。
いきなり「とうとう私は伯爵様に躾を仕上げてもらうことになったのです」というところから始めてしまっていい。
状況説明は一切せず、一気に本番の場面に入ってしまう。
≪馬車に乗ってるシーンをワンカット入れればOKでは≫
そのワンカットすらいらないかもしれません。
馬車を描くの大変だし(笑)
伯爵の前に来るまでの出来事は、回想とナレーションで処理する。それでイケるんじゃ。
さらに省略したいなあ。
ああ、
結局、自分は紙書籍漫画の技法が骨まで沁み込んでしまっています。
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七夕の朝から、創作について熱く語り合う配信になりました。
今朝もお付き合いいただき、ありがとうございました。
どうぞ良い一日をお過ごしください。
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