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チェコ映画傑作選③ヤン・ニュメツ監督『一口のパン』(1960)/『夜のタイヤモンド』(1964)

【ヤン・ニュメツ監督『一口のパン』(1960)11分】

ヤン・ニュメツ監督が卒業制作で作った短編。
1アイデアの11分。学生映画とは思えない精度。
とてもよくできている。



【ヤン・ニュメツ監督『夜のタイヤモンド』(1964)67分】

『一口のパン』の続きのようでもある、脱走シーン。

のっけから『アンダルシアの犬』みたいな蟻の描写(意図的に重ねたオマージュだろう)。

ひたすら逃げ続ける中で、回想シーンみたいなのがフラッシュバック(モンタージュ)する。

このまま、最後まで逃走だけかと思いきや、かなり経ってから、
物語も展開しはじめ、、、


<ネタバレあり>

映像の絶対的な「不可能性」は、身体性の欠如。
すべては、記号としての読解に過ぎない。
その限界がどうしてもある。
(生身の人間がそこにいる演劇と対比すれば、よくわかるはず。
 たとえ、ドキュメンタリーだったとしても、
 そこには「過去」という「距離」があり、
 フィクション同様に、「生身」ではありえない。)

それは、アドルノではないけれど、強制収容所・絶滅収容所における「表象不可能性」の問題でもある。

「だからこそ」というべきか、
飢えと、水分の枯渇を、これでもかと描く。
川の水を呑んだり、、、

やっと民家(農家)を見つけ、押し入って脅し、食糧を奪う。
いや、奪うというより、もらうに近い。

そこで、パンを口に頬ばるも、
唾液もない口の中に放り込まれたパンは、
口の中の水分を更に奪い、口内をボロボロにする。
そして血だらけになる。

結局、それを示して、改めて牛乳ももらうのだけれど。

また、降ってきた雨を、天を仰ぎながら呑んだり。

その後、狩りをしている老人たち(あるいは自警団?)にみつかり、追われる。
逃げおおせたと思うも、(靴が合わず?)足を悪くしている関係で、
来たトラックの荷台に飛び乗ることもできず、
結局、捕まる。

で、老人たち(警察らしきも)は、脱走者2人を壁向かって手をあげさせ立たせている。
その一方で、狩り後の宴会ということなのか、ビールを呑んでいる。
歌を歌い、踊りも踊っている。

このコントラスト。

そんな物語の合間、合間に、過去の映像がフラッシュバックされる。
特に、ナチの将校みたいな若者が笑顔で歩いている姿がとても印象に残った。
このシーンは、最重要なラスト前にもう一度繰り返される。

ナチス政権下などを描いた作品で、こういう「朗らかな笑顔」のナチ党員が描かれたことがあっただろうか?少なくとも、わたしは初めて観た。
衝撃だった。
「これこそ、リアル」だと思った。

この物語自体、誰が、何から脱走しているのか、明示はされないのだけれど、
パンフレットによると、主人公たちが回想(?)シーンの中で着ているジャケットの背中に大きく描かれた「KL」の文字は、ドイツ語の強制収容所を意味する「Konzentrationslager」の略らしい。

いろんな視方ができる映画ではあるけれど、やっぱり、これはナチの話なのだろう。

ナチの将校の朗らかな笑顔を見るにつけ、
「これが当時の日常だったのだ」と思う。

そう思った瞬間、今の自分が映画から照射される。

たとえば、20年前、
「殺傷能力のある武器を日本が輸出する(2026年4月21日改定決定)」日が来るなんて現実に起こるとは、想像もできなかった。
2014年4月に「防衛装備移転三原則」が閣議決定され、公然と武器の共同開発や輸出がはじまることになり、その頃から、ここに向かっていることは明らかだったけれど。

2014年の時、周りは誰も騒いでなかったけれど、わたしはこのことを声高にfacebookやtwitterなどに書いていた。

でも、この10年で変わったのは、政権だけではない。
わたしは、殺傷能力のある武器輸出を認める閣議決定がされた際、SNSにも何も書かなかった。もう諦めていた。どうにもならない。止められない、と思っていた。いや、今でも思っている。

それが、ナチの若い将校らしき人物の笑顔に重なる。
これが日常なのだ。

一部の人以外、誰も危機感さえもっていない。
いや、何より、わたし自身、諦めている。
そういうものだと思っている。

変な言い方だけれど、あの1シーン(繰り返されるから2シーンと言うべきか)があるだけで、
わたしはこの映画の圧倒的な価値(重み)を感じる。

あの、人間の仕業とは思えない絶滅収容所の現実は「表象不可能」かもしれない。
でも、そんな現実の一方で流れていた、朗らかな時間、日常の時間は、「表象可能」である。

その圧倒的な凄みを、この映画に感じました。

とんでもない映画を、ありがとうございました。

と書きながら、「では、抵抗するか」と問われたら、
少なくともわたしは、2014年の時のようには、しないだろう。

ただ、
【決して長くとはいわぬ。ごくわずかでよい。抵抗せよ。】石原吉郎(1959年のノートから)

※石原吉郎は、シベリア抑留を経験した詩人。

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