チェコ映画傑作選②ズビニェク・ブリニフ監督『第五の騎士は恐怖』(1965)
【ズビニェク・ブリニフ監督『第五の騎士は恐怖』(1965)】
脚本も、映像も、本当によくできている。
かなりの伏線が張り巡らされていて、
「おお!こういうことか!」とわかるものと、
「よくわからないもの」がある。
「よくわからないもの」にもおそらく意図はあるわけで、
わたしが歴史的な背景を十分には知らないこともあるかもしれない。
実際、パンフレットを読んで、
「謎の享楽的パーティ」みたいなものが、自暴自棄になったユダヤ人たちの集まりだったと知る。
また、この作品は、「過去のナチスの支配への抵抗映画」でありながら、「現在(当時)のソ連の独裁体制への抵抗」でもあるそうで、
その辺のこともあって、多義的に受け止められるようになっている。
<以下、ネタバレ>
主人公の元医師ブラウン(ユダヤ系)は、
医師を辞めさせられていたのだけれど、
レジスタンスの負傷者らしき人の手当(銃弾を抜く)をしてくれと言われて、渋々、係わってしまう。
結果、最終的には、そのことで、秘密警察みたいな人間に捕まりかけて、、、という話。
最初の方で、同じ建物に住む(パンフレットによると建物の持ち主らしい)弁護士のカレル・ヴェセリーが、息子に、
「ほんものの英雄はどういう人?」と問われ、
【「必要のない生」を生きる者の反対で、
「必要のない死」を死ぬものだ】と応じる(パンフレット:遠山純生さんの解説より)。
まさに、医師のブラウンは、最初こそ、渋々巻き込まれてしまったわけだけれど、自分の信念(政治的信念というより、「医師としての信念」というところも絶妙)に忠実に生きることで、死に至る。
一方、弁護士のカレル・ヴェセリーは、対照的に「必要のない生」を生きているとも言えるし、
この人、一時、ブラウンを密告しかける。
そこにある両義性。
実際に密告したのは、同じアパートの別の人物であり、
この弁護士は、踏みとどまった。
とはいえ、保身のために同じアパートの人(友人?)を売りかけたこの人物を、観客はどうとらえていいかわからない。
この人物を責められるような高潔な人は、どれほどいるだろうか。
この弁護士こそ、裏主人公というか、立派な死を死んだ主人公よりも、
わたしたち観客に近い位置にいるような気がする。
物語は、だからキレイな抵抗映画として描かれつつも、
身体に残っているのは、この弁護士のモヤモヤなのだ。
わが事として。
※追記:
正確な文言は忘れたけれど、「義務を果たさない者は、皆、抹殺される」みたいな言葉が、ラジオか何かから聞こえていた。
ただ、医師ブラウンは、「自分の(個人の、医者としての)義務」を果たしたことで、殺される。
密告者の男は、社会的な(ナチの喧伝する)義務を果たすことで生き残る。
この辺も、絶妙な。
