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【自薦ヘルパー】11年やっても怖さは消えない

みなさんこんにちは!単身赴任ヘルパー・ジークです!いつも読んでいただき、ありがとうございます☺️

自薦ヘルパーとして重度訪問介護の現場に入って、介護の仕事自体は12年になりました。

慣れたかと聞かれたら、慣れました。でも怖くなくなったかと聞かれると、そこは違います。怖いままです。

ただ、新人の頃と今とでは、怖いものが入れ替わっていました。今日はその話を書きます。

💡 新人の頃に怖かったもの

自薦は、当事者さんと2人きりで長い時間を過ごす働き方です。同じ空間に先輩もいなければ、あとで報告する上司も横にいません。

入りたての頃に一番強かったのは、痛い思いをさせたらどうしよう、不快にさせたら次はもう呼ばれないんじゃないか、という不安でした…。逃げ場のない部屋で1回しくじったら取り返しがつかない。その感覚が、いつも頭の隅で鳴っていました。

いま思い返すと、あの頃の怖さは中身がはっきりしています。切られること、責められること。つまり全部、僕がどうなるかの話でした。

相手の体を心配しているつもりで、本当に守りたかったのは自分の立場でした。当時は気づいていません。

💡 当事者さんは、その怖さを使う

ところが長く自薦を使っている当事者さんは、こちらのガチガチな緊張をあえて緩めてきます。

食事介助でも、スプーンの角度やタイミングに絶対の正解があるのに、最初から細かく指定してこない。僕のやり方で一口運ばせて、案の定ズレる。そこで切り捨てず、「今の角度だと上顎に当たるから、次はもう少し下から差し込んで」と、しくじった直後に返してくれます。

移乗も同じです。手の位置が数センチずれて、脇に余計な力が入ってしまう。その時も「痛い」ではなく、「今、脇が詰まった感じがしたでしょ?」と聞かれます。僕の手にまだ感覚が残っているうちに、角度が急すぎたことを教えてくれます。

味付けを間違えて出し直す時も、なんで間違えたの!とは聞かれません。次はこれくらい薄めて、とだけ返ってくる。責める時間を削って、その分を修正に回している感じでした。

うまくいった日は、何が良かったのか分からないまま過ぎていきます。しくじった時の重さと嫌な抵抗感だけが、手のひらにはっきり残る。思い出すと今も嫌になります…。それを承知の上で、失敗のほうを教材に使われていました。


💡 怖がっているのは、こちら側だけじゃない

ここまで書くと、当事者さんが最初から余裕たっぷりだったように読めますが、実際は違います。

僕の感覚では、ここまで腹をくくって人を育てられるようになるまで、3年から5年はかかります。自分の生活の土台を組み立てながら、同時に他人を自分の手足として育てていく。とても片手間でできる作業じゃないです。

だから最初の時期は、自薦の経験が長いヘルパーを事業所から入れて生活を回しながら、時間をかけて自分の育て方を組み立てていく方もいます。新人を試せる余裕は、その時間の先にやっと出てくるものです。

僕が怖がっていた頃、向こう側も別の怖さを抱えていた。そう考えると、あの「間違えて当たり前だから」は、失敗されるかもしれない介助を新人へ一度任せ、その場で直す覚悟の言葉でした。

💡 頼まれていない介助は、今も怖い

そのうえで、現場の責任のかかり方に、きれいごとは通用しません。

ヘルパーが良かれと思って、頼まれていないことを勝手にやる。それでトラブルになった時、かぶるのは指示を出していない当事者さんではなく、動いた側です。気を利かせたつもりでも、勝手に動いた結果が相手の体へ出る。そこは今も怖いです…。

重度訪問介護を使うのは、厚生労働省の説明で障害支援区分4以上とされている方たちです。日常のほとんどの場面に人の手が入っています。その生活の上で、僕のひと判断が結果へ直接つながります。

失敗が歓迎されているのに、結果の責任はこちらに来る。矛盾しているようで、現場ではこの2つが同時に成り立っています。

理屈は分かります。自分で決めて自分で暮らす、という形を守るには、決めた人と動いた人の線を引いておく必要がある。線が曖昧なままだと、ヘルパーの気配りが増えるほど、当事者さんの生活は他人の判断で埋まっていきます。

新人の頃の僕は、この線を「見張られている」と受け取っていました。今は逆で、頼まれた範囲なら一度試し、ズレたところを本人に直してもらえる。その順番だったと分かります。


💡 怖さの向きが変わった

11年やって、怖さの総量はたぶん減っていません。減ったのは、自分の立場を心配している時間でした。

今の怖さは、体に残るかどうかへ向いています。さっきの持ち方で肩に負担がかからなかったか、あの角度で飲み込みにくくなかったか。夜勤明けに部屋へ帰ってから思い出すのも、だいたいそのあたりです。

言葉にすれば同じ「怖い」ですが、中身は別物になりました。新人の頃は自分の明日が怖くて、今は相手の今日が怖い。

向きが変わったのは、うまくいった日じゃなくて、しくじって手のひらに感触が残った日のほうでした。

夜勤で仮眠を取る時、横になっても意識の半分は呼吸音のほうへ置いたままになります。あれも怖さの一種ですが、新人の頃に握りしめていたものとは種類が違います。

💡 消えたら、たぶん見ていない

慣れというのは、怖さが消えることじゃないのかな?と思っています。新人の頃は次の勤務へ呼ばれるかを怖がり、今は肩へ負担をかけなかったか、飲み込みにくくなかったかを怖がっています。

もし本当に何も怖くなくなったとしたら、それは技術が完成したからではなく、相手の体を見なくなっただけ。少なくとも僕の場合はそうなります。

だから、いまだに手のひらへ残る嫌な感触は、無くさないでおこうと思っています😅 あれがある間は、まだちゃんと見ている証拠だと受け取ることにしました。

もし「ここが気になる」「実際どうなの?」といったことがあれば、ぜひコメント欄で教えてください。僕の見てきたことや、これまでの体験ベースのお話にはなってしまいますが、少しでもお役に立てれば嬉しいです。皆さんと情報交換できるのを楽しみにしています!😊

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