【思弁SF】予定に組み込まれた祈り
2050年 春
バスを降りる。
私はそのまま歩いた。
視界の端には残り時間が表示されている。
レンズ越しの景色に、それは自然に溶け込んでいた。
いつから表示されていたのかは覚えていない。
気付けばそうなっていた。
前の予定が終われば次が始まる。
大抵はその程度の認識だった。
今日も同じだった。
休日。
天気は良い。
特に急ぎの予定もない。
だからこの時期になると毎年現れる予定が、今日に割り当てられたのだろう。
詳しい条件は知らない。
知る必要もなかった。
今まで不便を感じたことがなかったからだ。
人の流れが前から来る。
皆どこかへ向かっている。
私もどこかへ向かっている。
向かう先に迷ったことはない。
ふと考える。
今向かっている場所は何だろう。
仕事ではない。
買い物でもない。
病院でもない。
それでも毎年訪れる。
理由は知らない。
だが、それらとは少し違う気がした。
視界の中央に文字が浮かぶ。
「到着しました」
私は足を止めた。
小さな墓地だった。
「献花を行います」
案内に従い、花を供える。
「一礼してください」
頭を下げる。
「手を合わせてください」
両手を合わせる。
子供のころから繰り返している動作だった。
なぜ来るのかは知らない。
特に気にしたこともない。
必要だからやる。
それだけで十分だった。
私は墓石を見つめた。
墓石の周囲には情報が浮いていた。
氏名だったか。
系譜だったか。
血縁関係だったか。
だが私は焦点を合わせなかった。
いつもそうだった。
隣に、同年代くらいの女性が立っていた。
同じ花。
同じ動作。
同じ時間。
私は声をかけた。
「この墓、誰の墓か知っていますか?」
言った瞬間に気づいた。
多分意味のない質問だ。
答えは予想できる。
推奨されたから。
最適と判定されたから。
声をかけた瞬間、視界の端で何かが動いた。
『注:予定外の会話』
ほぼ同時に、女性のグラスの縁が一瞬だけ黄色く明滅した。
見知らぬ男性からの接触。
システムとしては妥当な反応だった。
黄色は赤ではない。
数秒後、結果が表示される。
危険度:低
推定関係:遠縁親族
遠い親戚らしい。
私はその表示を読んだ。
そうか。
それだけだった。
他人が少しだけ他人ではなかった。
その程度の情報だった。
女性が答える。
「わかりません」
「たぶん、親族だと思います」
予想通りだった。
会話は終わった。
続ける理由がなかった。
視界の端で解析結果が更新される。
会話分析完了。
新規判断ロジック:検出されませんでした。
記録更新:不要。
私は思わず苦笑しかけた。
確かにその通りだった。
女性は立ち去る。
私も墓から離れかけて、なんとなく振り返った。
なぜ振り返ったのか、自分でもわからない。
墓は静かにそこにあった。
誰の墓なのか知らない。
なぜ参るのかも知らない。
それでも毎年訪れる。
効率でもない。
適性でもない。
最適化でもない。
何か別のものだった気がする。
その何かが思い出せない。
遠い昔、両親に教えてもらった気がする。
私はもう一度墓へ視線を戻した。
墓石の周囲に薄く情報が浮いている。
氏名。
系譜。
血縁関係。
管理記録。
私は焦点を合わせようとした。
文字が少しだけ鮮明になる。
あと少しで読めそうだった。
その瞬間。
次の予定時刻が近づいています。
推奨ルートを更新しました。
表示が切り替わる。
墓石の情報が薄れる。
焦点が外れる。
何を見ようとしていたのか、一瞬わからなくなった。
親切な補助だった。
いつも通り。
何も間違っていない。
私は顔を戻した。
前はグラスが示していた。
墓は、いつの間にか後ろになっていた。
背後に何かを残した気がした。
だが、それが何だったのかは思い出せなかった。
次の目的地まで徒歩七分だった。
