9.習い事は“才能”じゃない。“人生設計”そのものだった
「意味ない」と思ってた習い事が、全部つながった話
自己紹介を見ていただいた方なら分かると思いますが、僕はこれまでにかなり多くの習い事をしてきました。
サッカー、サッカースクール、水泳、ピアノ、そして塾。
今振り返ると、親からとてつもない“他己投資”をしてもらっていたなと感じます。
ただ、当時の僕はその価値なんて1ミリも分かっていませんでした。
特に水泳は大嫌いで、行きたくなくて泣いていたし、ピアノも家にあったのに一度も自主的に練習した記憶はありません。サッカーは好きでしたが、中学生まで自主練なんてほぼゼロ。
正直、「やらされていた」が本音です。
それでも不思議と、小学生の頃から何をやっても“それなりにできる”感覚はありました。さらに、物事を柔軟に考えたり、少しクリエイティブに発想できる自分もいた。
当時は「これって遺伝かな」と思っていました。
でも今ならはっきり言えます。
あれは全部、“習い事の積み重ね”でした。
中でも、圧倒的に自分の土台を作ったのはピアノと水泳です。
ピアノはただの音楽じゃありません。
楽譜を読み、考え、指を動かし、表現する。この一連の流れは、「思考・感性・行動」を同時に使うトレーニングです。
つまりピアノは、
・論理的に考える力
・集中し続ける力
・自分を表現する力
をまとめて底上げしてくれる。
一見“おとなしい習い事”ですが、実はかなり本質的な力を育てていました。
一方、水泳は真逆です。
地味でキツくて、正直つまらない。でもだからこそ強い。
水泳で得たのは、
・圧倒的な基礎体力
・逃げない忍耐力
・自分と向き合う力
そして何より、「やれば伸びる」という感覚。
水の中で自分を追い込み続ける経験は、メンタルを確実に強くします。これは大人になってからも効き続ける“見えない資産”です。
そしてここに、塾とサッカーが加わります。
塾で身についたのは、「考える力」と「続ける力」。
分からない問題に向き合い、試行錯誤する。この経験が、“簡単に諦めない思考”を作りました。
サッカーは、「チームで結果を出す力」。
自分だけじゃ勝てない世界で、どう動くか、どう関わるかを考え続ける。この経験が、コミュニケーション力や状況判断力に直結しています。
ここまで来て、ようやく気づきます。
全部、つながっている。
ピアノで鍛えた集中力が塾に活きて、
水泳で作った体力がサッカーを支えて、
サッカーで学んだ連携が人間関係に活きている。
バラバラに見えていたものは、全部“線”だったんです。
当時は意味なんて分からなかった。
むしろ嫌々やっていたことの方が多い。
でも今なら断言できます。
「無駄だった習い事は、一つもない」
むしろ、あの遠回りこそが自分の強みを作っていました。
だからこそ今、「これ意味あるのかな」と感じている人に伝えたい。
意味は、後からつながる。
その瞬間には分からなくても、続けた経験は必ずどこかで効いてくる。
人生は、“やってきたことの総和”でできている。
そしてその総和は、想像以上に裏切らない。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この文章が、誰かの人生の考え方のきっかけになれば幸いです。
